猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS2

『機動戦士ガンダム DIVIDED HISTORY』 

第0話 「訪問者と闖入者のすれ違い SIGHT―2」



 マナミは赤い大地の地平を眺める。
 火星に本格的な開拓の手が伸びたとはいえ、まだ半世紀も経っていない。そのため、未だこの星には未開の地が多く広がっていた。
 そんな赤い土ばかりの大地を見下ろす高さに、マナミはシートに座って浮遊している。と言っても、別に飛行機能のある椅子に座っているわけではない。
 彼女がいるのはMSのコックピット内。シートを中心に球状を成すコックピットは、周囲の壁が全てモニターとなっている。
 そのため、あたかもシートに座ったマナミが中空を漂っているように見えるのだ。これは『全天周(マルチ)モニター』と『リニアシートシステム』の併用であり、機体各所に取り付けられた複数のカメラから送られる映像を投影し、パイロットに360度の視界を提供している。
 手元のパネルを操作する事で動くMSは、人類が生み出した造物の中で最も重厚で繊細な道具と言えるかもしれない。だが、その主な使い道が戦争というのは、人類の救い難い一面を示すものであるかもしれない。
 マナミが乗る灰色のMS『キュベレイMk―Ⅴ』は火星の赤い大地に佇んでいる。鳥のくちばしの様な頭部の先端。3つの瞳が光点となって輝き、それぞれがせわしなく上下左右に動いて周囲を窺っていた。
 マナミのいるコックピットに周辺の地形情報などが転送され、独自に解析が行われる。
 周囲のモニターが映しているのは実際の映像ではなく『限りなく実像に近い高精度のコンピューター・グラフィック』である。
 実像でない分、常に周囲の正確な状況を把握できるよう機能するため、煙等が立ち込めていてもそれらを取り除いた映像を見る事ができるのだ。
 不意にロックオン警報がけたたましく鳴り、マナミの鼓膜を激しく揺さ振った。
 地面に突き刺さっているかのような赤茶けた岩壁の隙間から、黒い影が躍り出る。一瞬、マナミはソレを狼と見間違えた。4脚で移動するソレは、確かに狼や犬のような獣型に見えなくもない。だが、獣が地面を滑るようなホバー移動などするはずはないし、第一、背中に2門のビームキャノンを背負っているはずもない。そもそも獣にしてはサイズが大き過ぎる。
 マナミはキュベレイを地面と水平に移動させる。脚部バーニアや肩部バーニア、スラスターなどの噴射機関を使用したホバー走行だ。
 黒い獣型のソレが背中のキャノンから眩い光芒を放つ。メガ粒子と呼ばれる細かなエネルギー物質を、ビームとして収束発射する兵器である。この時、放たれたのは拡散型であったため、細い光が幾重にも周囲に広がった。
「……く!」
 迫る光芒にマナミは呻く。
 ビームの発射前に移動したので、多くの光は見当違いの方向へ飛んでいくが、キュベレイの進路上に数本の光が横切った。
「わ……!」
 だが、ビームがキュベレイを捉える寸前、その軌跡が突然方向を変えてキュベレイから逸れた。
(た、助かった……)
 うっかり失念していたが、マナミは自分が乗っている機体に搭載されている『Iフィールド・バリアシステム』の存在を思い出す。
 Iフィールドとは、高エネルギー体であるメガ粒子を偏向、収束させる作用があるのだが、それを周辺に障壁のように張り巡らせるシステムをIフィールド・バリアと呼ぶ。
 キュベレイの両腕には『Iフィールド・ジェネレーター』という装置が取り付けられており、そこから目に見えぬ障壁を発生させている。これによってMSの使用するビームライフル程度の攻撃ならば遮断する事ができるのだが、戦艦クラスのビーム砲となると防ぐ事は不可能であり、さらに実弾兵器、至近距離からのビーム射撃、メガ粒子がサーベル状に固定されたビームサーベルなどによる近接攻撃には効果が無い。その上、稼動時間の短さ。稼動後の冷却時間の長さなど、問題は山積みだ。従って、あまり期待できる機能ではない。
 マナミはキュベレイの機体各所のバーニアを調節しながら、黒い獣との距離を離す。
 意識を、この機体のある武装に集中させた。脳裏であの黒い獣をイメージする。
(いけ……!)
 マナミが心の中で命令するが、正確に言うばそれは銃の引き金を引く行為に該当する。キュベレイの肩を覆っている大きなバインダーが前後に開き、裏側に仕込まれていたカプセル状の物体が左右から2基ずつ、計4基が射出された。それは『サイコミュ』と呼ばれる脳波コントロールシステムによって制御された特殊兵装『ファンネル』である。
 サイコ・コミュニケーターシステムというのが正式名称で、パイロットの脳波で小型兵器を遠隔操作するのだが、その小型兵器は初代のキュベレイのそれが漏斗に近い形状をしていたため、ファンネルと呼ばれるようになった。
 ミノフスキー粒子の影響下において、その影響をほとんど受ける事無く稼動するのが強みだが、一方で扱う人間に特殊な適正が必要なので、使用者が限定されるという欠点がある。
 従来のファンネルは小型のビーム砲台で、パイロットが命じた目標を死角から射撃するのだが、キュベレイMk―Ⅴのそれはミサイルである事から『ファンネルミサイル』と呼称される。普通のミサイルと異なり、カプセルのような外観をしているのが特徴と言えるだろう。
 黒い獣は地面を滑り、迫るファンネルミサイルの回避を試みるが、ファンネルは獲物に群がる魚のように追いすがる。
 獣が跳躍した。
 跳び上がった獣の姿が見る見る内に人型に変わる。機械で構成された全高約16メートルの巨人。人間の瞳のような対のカメラアイを持つMS『G・I・A』――通称ガイア。
 火星の重力下における戦闘を前提としているガイアは、獣にも似た4脚形態に変形する事で、反動の強い火器を高速移動しつつ使用できる、強襲型の機体である。
 変形を終えたガイアが頭部のバルカン砲門から弾丸を雨のように発射し、迫るファンネルの迎撃を行う。脳波でコントロールされたファンネルは回避を試みるものの、重力下では思うように機動性が発揮できないため、全て撃墜されてしまった。ガイアは脚部バーニアを吹かして素早く移動し、破壊したミサイルの破片を回避する。
 マナミは歯噛みし、キュベレイの背部に下げられたビームキャノンを起こす。2本の筒が、鳥のくちばしのようなキュベレイの頭部を挟み込むように、砲門を前方に向ける。だが、狙いを付けようとした時、ガイアが腰部に取り付けられていたビームライフルを手に取り、その銃口をこちらに向けているのに気付いた。
(……やば!)
 ライフルより威力に勝るキャノンだが、速射性能では劣る。マナミは攻撃意思をすぐに引っ込めて手元のパネルを操作し、キュベレイに回避運動を取らせる。ガイアのライフルが閃光を放ち、一瞬前までキュベレイがいた空間を焼いて赤い大地に突き刺さった。
 さらにビームを放ちつつ、ガイアが接近してくる。キュベレイは肩のバインダー及び背部の菱形コンテナに収納されているファンネルミサイルや、肩から背部に下げられている可動式のビームキャノンが主な武装であり、どちらかと言えば先行する味方機の援護が主眼となるだろう。1対1では明らかに分が悪いが、それでも腰部に収納されている小型のガトリング砲や腕部に取り付けられているIフィールド・ジェネレーターと一体型のビームサーベル発生装置など、接近戦に対応する事も可能だが、パイロットのマナミにその意思は無く、距離を保とうと後退した。しかしガイアは既に格闘戦の間合いまで迫っている。
「……く!」
 腰のガトリング砲で弾幕を張ろうとするが間に合わない。ガイアが腰のビームサーベルを抜き放ち、Iフィールドで固定されたメガ粒子を振るうまで、数瞬の出来事だった。
  
   

「戦闘終了。ガイアの勝利です」
 ガラスで仕切られた室内。
 コンピューターと向かい合っていた社員の声に、モニター内で繰り広げられていた擬似空間での戦闘を見届けたデニル・カルバーンは、持っていた密閉型コップのストローからコーヒーをひと口啜った。
 厚いガラス越しに見えるのは、様々な太さのコードに繋がれた球状の物体。それはMSのコックピットと全く同じ構造になっており、擬似的な戦闘訓練を行う事ができる。
 現在稼動しているのは、右の壁際にある2つの球。
「やはり純粋な戦闘能力はガイアの方が優れているようですね」
「パイロットの腕もあるでしょう。ルーシェ少尉はガイアの性能を把握するのが早い……」
 コンソールパネルの前に座っている部下達は、モニターに映されていた擬似空間での2体の戦闘を見て、それぞれ感想を口にする。
 ガイアに関しては満足すべきデータが得られたようだ。もう一方に関してデニルは部下に尋ねる。
「キュベレイの方は?」
「戦闘データの方は今ひとつ……ですが、パイロットとサイコミュとの相性は良いようです。システム側からの拒絶反応も見られません」
「そうか……」
 それを聞き、軽く安堵の息を漏らすデニル。
 サイコ・コミュニーケーターシステムは優れた性能を持ってはいるが、扱える人間が限られている。どうやらマナミ・ササミヤ伍長は問題無くシステムに馴染めるらしい。
「これなら、サイコミュを応用したレーダーを搭載する事も可能かと思われます。あれはファンネル以上にパイロットに負担が掛かりますが……」
 脳波コントロールシステムはミノフスキー粒子等で無線誘導兵器がほぼ無力化された現在においてもその影響を受けずに済むが、パイロットの脳とシステムを直接リンクさせるのだ。扱えたとしても、パイロットには負担が掛かり、1歩間違えれば命に関わる。故に、キュベレイMk―Ⅴに搭載されているのは今の所、ファンネルミサイルのみだが、この調子であれば開発されたばかりの新しいサイコミュを応用したレーダーシステムも搭載できるかもしれない。
「しかし、戦闘能力はルーシェ少尉の方が優れているというのに、サイコミュを扱えないとは惜しい……」
「いや、ササミヤ伍長にガイアを押し付けるのは酷だろう。さっきの擬似戦闘を見れば……」
 その言葉に僅かながら笑い声が零れた。殊更、マナミの事を侮蔑したわけではないが、ステラの腕でキュベレイを扱う事ができたなら、キュベレイMk―Ⅴはより強力な兵器になっていたに違いない。
「まぁ、人には向き不向きがあるからな……ササミヤ伍長のサイコミュとの相性だって大したものさ。あまり高望みが過ぎると、本人達が迷惑がるぞ?」
「そうですね。しかし……」
 部下の1人が怪訝そうな表情でデニルを見る。
「何だ?」
「……これだけあの2人の適正が高いっていうのは偶然なんでしょうか?」
「どういう意味だ? それは」
 デニルの問い掛けに、その部下は胸に抱いた疑惑を自分でも上手く言葉に出来ないらしく、首を傾げた。
「いえ、他意は無いんですが……あの2人、特にルーシェ少尉の能力が私には異常に思えるんです」
 ステラの新型機体に対する順応の速さは、確かに感嘆以上に疑惑を誘う。一体、あの金髪の少女は何者なのだろうか。
「さてな……ニュータイプってやつかもしれん」
 デニルの言葉に、その部下はニュータイプという言葉の意味を胸中で反芻する。
 宇宙世紀0058年。
 宇宙へと進出した人類――スペースノイドの自治権確立を目指したジオン・ズム・ダイクン。彼が提唱した『生活圏を広げた人類の新たな進化系』という概念、それがニュータイプである。曰く『宇宙という広大な生活圏を得た人類は認識力が拡大し、肉体的、精神的にあらゆる事柄を理解でき、それが人間同士の相互理解に新たな方向性を与えてくれる』というのだ。
「サイコミュはニュータイプでなければ扱えないと聞きますが、そうなると、ササミヤ伍長の方がニュータイプなのでは?」
「さぁな」
 デニルは以前、別の部下に話した『ルーシェ少尉とササミヤ伍長が改造人間ではないか』という噂を思い出すが、口にはしなかった。
 ジオン・ズム・ダイクンが提唱していたニュータイプなる概念。それはいつの頃からか、異様なまでに優れた能力を持つ兵士、特にMSパイロットに対して使われる用語となっていた。背景を知らない者にとってニュータイプというのは、超能力者のように思われるのが現状である。実際、この場にいるほとんど人間がそういった認識を持っている。
(ニュータイプねぇ……)
 デニルは何気なくシュミレータールーム内を映したモニターに視線を投げる。2つの球のハッチが開き、中から赤い軍服を着た少女が1人ずつ出て来る光景は、見方によっては卵から赤い雛が孵るようにも見えた。その雛達がニュータイプなのか改造人間なのかは不明だが――。
(まぁ、考えても仕方ないか) 
 2人が何者であるとも、ネオ・ジオン軍の『火星派』である事、そして自分達がその火星派と協力関係にある事に変わりは無い。自分は与えられた仕事を行うまでだ。そうでなければ首になってしまう。火星独立などよりも、彼には自分の生活を守る方が大事だった。
「よし、次はガイアとキュベレイの試運転に入るぞ。今の擬似戦闘のデータ整理と機体状態のチェック、急げよ?」
 部下に指示を出し、彼は手元のコーヒーカップに口を付ける。ずいぶんと放置していたため、黒い液体はすっかり冷たくなっていた。
 

 
「あ……」
 マナミはシミュレーション装置から降りた瞬間に軽い眩暈を感じ、こめかみを押さえてその場に屈む。
「大丈夫か?」
 装置の調整を行っていた整備員の1人が声を掛けてくる。
 程なくして三半規管が機能を回復し、マナミは立ち上がって苦笑いを浮かべた。
「は、はい、すいません……」
 反射的に謝ったが、直後に一体何に対して謝ったのか自分でも分からなくなる。だが、整備員の方は気にした様子もなく、気さくに笑いかける。
「さっきは惜しかったな。接近された時、逃げずに格闘戦を挑んでれば、勝てたかもしれないぞ?」
「はぁ……」
 とりあえず相槌を打つが、無茶は言わないで欲しいとマナミは思った。まともな1対1でステラに勝てる者は、少なくともマナミの部隊にはいない。そんな相手に自分の最も苦手な格闘戦を挑もうと考えるほど、マナミにチャレンジ精神は無い。
 宇宙空間を想定したシミュレーションも行ったが、その時は今よりも健闘した。ファンネルは無重力空間でこそ真価を発揮する兵器であり、3次元的な軌道を描いてガイアを追い回した。さらにガイアの変形機構は地上戦用のものであり、宇宙空間では役に立たないので、能力は半減といったところか。それでもマナミが負けてしまったのは、キュベレイの機体性能を生かせなかった点と、逆にステラがガイアの機体性能を水準以上に引き出していた点にある。
「しかし、大したもんだな。その歳で軍の下士官なんて……」
「は、はぁ……ありがとうございます」
 『そんな事はないです』と謙遜するのも妙だったので、とりあえずそう言って軽く頭を下げる。これが同じ軍の人間ならば、この後に嫌味や皮肉を込めた台詞を吐いてくる事がある。そんな時は同じ部隊の人間が間に立ってくれた。その役割を担うのは、よく世話を焼いてくれるニコル・アマルフィ軍曹である場合が多い。他にもMS部隊長も庇ってくれたりするが、ごく稀に横合いから口を挟み、マナミに不平を鳴らしている軍人を徹底的に貶しては撃退している人物がいる。ふと、その人物――ステラの方を窺うと、彼女はベンチにて休憩中だった。用意されていた密閉型コップを手に持っている。
 整備員との会話を終え、マナミはステラが座っているベンチに歩み寄ると、さり気無く隣に腰掛けた。そしてマナミが何を話そうか考えつつ、時間が無為に過ぎていくというのが常だ。だが――。
「マナミ……気分はどう?」
「え……!」
 突然、ステラから声を掛けられ、内心マナミは焦る。彼女の方から話しかけて来る事など滅多に無い。ステラはマナミの方を見ておらず、手元のカップに視線を落としている。おそらく、サイコミュを使用した後にマナミの体調に問題が無いかどうかを聞いているのだろう。
「は、はい、大丈夫です……」
「さっきの眩暈は?」
「あ……」
 普段から他人に関心が無いように見えないステラだが、こちらのしっかりと見られていたらしい。
「サイコミュの副作用ではないの?」
「はい、多分そうだと思いますけど……でも、もう大丈夫です。サイコミュって言ってもシュミレーションですから」
「そう……」
 マナミが虚勢を張っていないのを見て取ると、ステラはそれ以上何も言ってはこなかった。
(どうかしたのかな……?)
 マナミは胸中で首を傾げる。ステラは自分を心配してくれているのだろうか。先日のホットミルクの件といい、この頃のステラはどうも普段に無い行動ばかりしている。彼女は別に悪意を持って他人と接する事は無いのだが、今のように他人を気遣うという事もしない。つまり、あまり他人に干渉しないのだ。普段ならば。
 ステラのそんな性格を知っているだけに、マナミは困惑した。いつも食べている料理を、違う味付けで口に入れた気分だ。
 後輩の困惑など何処吹く風といったように、ステラは手元に視線を落としたまま微動だにしない。何を考えているのか、マナミには推察できなかった。
 
 

 資源衛星タナトスⅦから数百キロ離れた宇宙空間。
 いつかの戦闘で破壊されたムサカ級軽巡洋艦の、辛うじて人工物である事が分かる残骸。火星の衛星軌道に乗って孤独なセーリングを続けるその残骸に、まるで死体に巣食う虫のように蠢く複数の影。
 人の姿をしていたが、全高15メートルを上回る人間など存在しない。それはネオ・ジオン軍の量産型MSデミックである。およそ40年ほど前のジオン公国軍量産型MS『ザク』や、25年前の政権樹立以前のネオ・ジオン軍主力兵器であったMS『ギラ・ドーガ』の流れを組むバランスの良いMSである。
 その内の1機が、頭部のカメラアイである単眼を左右に動かし、周囲を見渡す。
「見えるのは赤い土の塊と黒い海と岩塊ばかり……ああ、絶景かな絶景かな」
 あまりやる気の無さそうな声で、ルナマリア・ホーク軍曹はぼやく。綺麗に整った癖の無いショートボブの赤毛は密かな自慢なのだが、今は緑のヘルメットで覆われている。
 そこはデミックの胸部内にあるコックピット。緑色のノーマルスーツを身に着けてシートに座る彼女は、宇宙空間の中に身を置いていた。だが、それは偽りの光景であり、そこは間違いなくMSのコックピットなのだ。全天周モニターで囲われたコックピットはあたかもシートに座ったパイロットが宇宙空間を漂っているようにも見える。
 先日、17歳になったばかりのルナマリアは、妹に対して誕生会を企画するように頼んだ。同じ部隊で仕事をしている妹は忙しいからと断り、姉の誕生日を祝うという一大行事を軽んじていたため、半ば脅迫に近いやり方でけしかけたのである。
 そんなに祝って欲しいなら自分で企画すればいいのに、と文句を言っていた妹の顔を思い出す。
「馬鹿ね。自分で企画する誕生会なんて間抜け過ぎるじゃないの」
『何か言ったか? ホーク軍曹』
 通信機から聞こえる若い男性の声に、ルナマリアは不機嫌さの微粒子を含んだ口調で答える。
「いいえ何も。ただ、隊長の身を案じておりまして」
『そうかそうか。そいつは感心。例え心にも無い事だとしても、な』
「それはどういう意味でしょうか? フラガ少尉」
『そのまんまの意味だ。しかし、隊長の奴は大丈夫かね? 1人で乗り込むなんて……』
「さて、隊長の考えは判りかねますが、あの人なら問題ないでしょう」
 言いながら、ルナマリアはその人物を脳裏に浮かべ、不機嫌さの水位が上昇するのを感じた。
 そう、誕生会を楽しみしていたルナマリアの気分を完膚無きにまで破壊してくれたのが、彼女らの隊長の一言である。
 ――資源衛星タナトスⅦに不穏な動きがあるので、出撃する――
 彼女らの部隊は『ネオ・ジオン地球方面軍第7機動歩兵部隊』であり、本来は地球圏にいるはずなのだが、火星方面のネオ・ジオン軍部隊との戦闘が激化の傾向にあるため、このような赤い惑星までやってきたのだ。それは自体は別に不満ではない。火星圏のコロニーや出来たばかりの火星都市には、地球圏のコロニー郡や月都市よりも面白いものがたくさんある。だが、よりにもよって彼女が誕生日を迎える時に、超過勤務付きの仕事を持ってくる事は無いではないか。 
(だいたいどこからの情報よ……これで誤報だったら厳重抗議決定ね)
 情報の出所は教えてもらえなかった。聞こうとしても、隊長から『知る必要は無い』と言われては強くは言えない。
『……まぁな、俺らの中では潜入任務とかに1番向いてるのって隊長だし……』
 ルナマリアの胸中で渦巻く感情を他所に、ムウ・ラ・フラガは諦めたように呟く。彼は今頃潜入任務に勤しんでいるであろう隊長から、部隊の代理指揮と母艦への連絡係を命じられていた。
 
 

 周囲には見渡す限りの紅い海。
 鼻を衝く強烈な鉄の臭い。
 足の裏に紅い液体が張り付き、気色が悪い。
 その紅い液体に塗れ、何かの固まりが無数に転がっている。それは心なしか、人間の臓器にも思えて……。
 
 目を開けると、暗い天井が見えた。
(また……嫌な夢……)
 時折見てしまう紅く、おぞましい夢。
 昔はそのせいで眠る事が怖かった。今ではそれほど恐ろしいと感じてはいない。鬱陶しいだけだ。自分の臆病な性格を考えると、大した進歩だと思う。
 胸元に手を当てると、肌着越しにいつも身に着けているロケットの感触がある。
 昔は怖い夢を見る度に飛び起きては、姉のベッドに潜り込んだものだが――。
「う……!」
 頭の奥に針を刺されたような鋭い痛みが走り、マナミは思考を白紙に戻す。昔を思い出そうとするとこれだ。
 痛みを誤魔化すように寝返りを打つと、すぐに頭痛は消えた。
 だが、そこでマナミは奇妙な違和感を覚える。
(あれ……?)
 隣のベッドが空だった。眠りの世界に引き擦り込まれる寸前、そこには確かにステラがいたはずだが……。
(……トイレにでも行ったのかな?)
 とりあえず、そのように結論付けて再び眠りの世界へ続く扉を開けようと、瞼を下ろすマナミ。ところが、いつもなら眠りの世界に誘われるはずが、その誘いに応じて旅立とうとしたマナミの意識を繋ぎ止める者がいる。それは空腹という名の妨害者だった。妨害者は不逞にも、空虚な胃袋から音を鳴らして主人の安眠を邪魔したのだ。
(お腹空いたなぁ……) 
 確か部屋の付近に自販機が置かれていた。とりあえず、糖分の多い飲み物でも買って空腹を紛らわせた方が良さそうだ。
 ベッドから起き上がったマナミは、自分が肌着だけしか身に着けていない事を思い出す。いくら場所が近くても、このような格好のまま外は歩けない。とはいえ、タナトスⅦへの出向が決まってから準備の時間が全く無く、短期間の滞在という事もあって、外を出歩くのに適しているのは軍服くらいしか持っていない。
(どうしよう……)
 たかが飲み物を買うために、わざわざ似合いもしない軍服に着替えるか、空腹を我慢して睡眠に戻るか――悩む時間は少なかった。
 再び音を鳴らした腹を押さえ、マナミは仕方なくクローゼットから赤色の軍服を引っ張り出す。所詮、人間は3大欲求には逆らえないのだ。
   


 ステラ・ルーシェは、普段から睡眠時間は少ない方である。夜中に目が覚める事などさほど珍しくはない。必要な睡眠時間には個人差があり、彼女にとってはこれで充分なのだ。
 とりあえず、目が覚めた場合において彼女が行うのは、飲み物の購入か読書か片付いていない仕事の続きのいずれかなのだが、今はそれらの選択肢を選ぶ気にはなれない。
 然したる目的も無く通路を歩いていたステラは、ふと視線を流した窓の外に奇妙な物を発見する。
(……?)
 小さな物体が窓の外を横切り、タナトスⅦの外壁に取り付く。
 この窓はタナトスⅦの外壁のカメラからの映像を映し出していたはずだが、はてどの辺りであったか。窓の隅の番号を確認し、ステラはタナトスⅦの構造を思い出す。この衛星の内部構図は暗記済みだ。頭の中でその作業を続ける一方、体の方はタナトスⅦへと通じる重力変換通路へと向かっていた。
(あの番号は……格納庫付近の外壁ね) 
 特に何かを思ったわけではない。ただ先ほどの物体が気になったのと、退屈だったので衛星内の様子でも見に行こうと考えたのだ。
 
 
  
 格納庫には相変わらず、ガイアとキュベレイ、そして数機のデミックが並んでいる。
 ガラス越しにそれらを眺め、ステラは無重力に任せて体を前に進ませていた。時間帯からして、職員はほとんどが休んでいる。格納庫には僅かに作業に従事している者がいるだけだ。
 唐突に通路の途中のドアが開き、中からノーマルスーツを着た人間が1人躍り出た。
MSという概念が出来て以来、人間用の宇宙服をノーマルスーツと呼ぶようになった。MSのパイロットなどが着用するタイプはパイロットスーツとも呼ばれ、通常のノーマルスーツよりもスマートな作りとなっている。
 ステラの目の前に躍り出たのは、パイロットスーツ姿の人間だった。
「……!」
 一瞬、表情を硬化させるステラ。
 パイロットスーツは壁のリフトグリップを掴んで格納庫に通じるドアまで移動する。
 現在、このタナトスⅦでパイロットスーツを着用できるのは、ステラとマナミだけのはずだ。何より、彼女らのパイロットスーツは火星方面軍の基本色である赤だが、目の前のスーツは緑――地球方面軍のものだ。
「侵入者……!」
 呟いてから腰に携帯していた拳銃に手を掛けかけた時には、既に遅かった。
   


「わ……!」
 強烈な振動が、部屋から通路に出たマナミを襲った。よろめいて、その場に尻餅をついてしまう。平衡感覚が鍛えられていない己の身体能力に嘆く一方で、マナミの思考は現状の把握を求める。
「何が……」
 マナミが呟きかけた途端、警報が鳴り響く。
 緊急のアナウンスが流れた。
『緊急警報! ネオ・ジオン軍地球派の兵士がタナトスⅦ内部に侵入! 各員は速やかに持ち場に付け! 繰り返す……』
「侵入者って……」
 あまりに突然の事態に、マナミの思考は現状の把握を拒み、混乱する。だが、アナウンスの最後に『ステラ・ルーシェ少尉とマナミ・ササミヤ伍長はノーマルスーツ着用の上、格納庫まで来るように』と流れ、マナミは慌てて重力ブロックとタナトスⅦを結ぶ通路に向かった。



 ステラは急激な振動にバランスを崩し、通路の天井に背中をぶつける。侵入者はその隙に格納庫へと入って行ってしまった。
『対空レーダー機器、及び弾薬庫で大規模な爆発が発生! 敵の工作と思われるので、手の空いている者は至急消火作業に向かえ!』
 アナウンスを聞きながら、ステラは先ほどの侵入者が出てきたドアを開ける。そこはMSを初めとするハードウェアの運用におけるデータ管理を行う部屋なのだが、室内にいた3人の職員が生気を失った顔で中空に漂っていた。頚動脈に切断された痕があり、そこから血液が無重力空間に飛沫となって零れ出ている。3人の職員が死後の世界へと旅立った後なのは明白だ。
 それらの光景を認めて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるステラ。殺された人間に同情などしないが、いくらなんでも警備が杜撰過ぎる。新兵器開発に予算を回した結果、保安設備がいい加減なものになってしまったのだろうか。
 通路端のリフトグリップを掴み、侵入者の後を追って格納庫に入る。既に数名の整備員が犠牲になったらしく、先ほどの職員達と同じように赤い液体を周辺に零しながら無重力空間に漂よっている。
「そこのノーマルスーツ! 止まれ!」
 腰の銃を抜き、MSが固定されているハンガーへと向かう緑色のノーマルスーツに向ける。だが、ノーマルスーツを着た何者かは一瞬振り返っただけで動きを止めず、1番近くにあったデミックのコックピットに体を滑り込ませた。
「ち……!」
 今から撃っても間に合わない。そう感じたステラは銃を仕舞い、床を蹴った。動き出すデミックを避けるように移動すると、前方のハンガーにガイアが固定されていた。
(仕方ない……!)
 侵入者は地球派に間違いない。MSを動かしている以上、外に出るつもりだろう。無論、このまま帰すわけにはいかない。幸い、ガイアの試運転は終わらせてある。後はシミュレーション通りに動くかどうかだ。出来れば扱い慣れたデミックに乗りたいところだが、今から乗り換える余裕はない。
 ガイアのコックピットシートに座ってベルトで体を固定する。
 システムを立ち上げると、ガイアの頭部に、人間のような対の瞳に光が灯る。全天周モニターに映し出されたのは、格納庫から宇宙空間へと通じるエアロックを強制的に開閉させるデミックだった。
「ノーマルスーツを着ていない者は避難しろ!」
 外部音声のスイッチを入れて怒鳴ると、通信機から声が聞こえてくる。
『おい、少尉。何をしている』
「デミックを追います。あれには地球派の兵士が乗っているんです」 
『待て! ガイアにはまだ給弾もしていないぞ! 武装用のバックパックだって……』 
「乗り換えている暇はありません。デミックの武器を使わせてもらいます。場所は?」
『たく、可愛げの無いガキだな……分かったよ! 』
 ステラの淡々とした口調に悪態をつきながら、通信の向こう側にいる男は武器の場所を指示してきた。コックピットのセンサーが外部の気圧変化を警告する。デミックがMS用の操作ハンドルで開けたエアロックから、格納庫内の空気が宇宙空間に吸い出されているのだ。固定されていなかった物資、工具などの備品、そして遺体となった整備員達と彼らの血液が空気と共に虚空へと放り出されるのを見ながら、ステラは通信で指示されたコンテナからデミック用の武器を、ガイアの黒い手を使って取り出す。ビームを発射可能なライフルとグレネードが取り付けられたシールドをガイアに持たせた。
「他に武器は?」
『整備点検中だったんだ。まともに使えるのはそれだけしかない』
「了解。残弾及び状態チェック……ガイア、出撃します」
 あくまで淡々とした口調言いながら、ステラは開け放たれたエアロックから、ガイアを永遠の闇へと跳躍させる。そのガイアの出撃を確認し、エアロックが再び鉄の扉によって格納庫と宇宙空間とを隔てた。
   


『暗号通信をキャッチ……隊長からだ!』  
 巡洋艦の残骸に隠れていた第7機動歩兵部隊。
 隊長代理を任されていたムウ・ラ・フラガ少尉がデミックのコックピットで、不敵に口の端を吊り上げた。その声を通信機越しに聞きながら、ルナマリアは小さく嘆息する。
(こんなに手際が良いなら、私達なんかいらなかったじゃない……)
 ならば自分は何のために、せっかくの誕生日を潰してまでこのような辺鄙な場所にいるのだろう。
 ムウのデミックからデータが送られて来た。
『隊長は赤いデミックに乗ってるらしい。すぐに回収に向かうぞ!』
「了解」
 棒読みに返答し、パネルに手を掛ける。
『追っ手がいるみたいだ。各機、監視衛星と資源衛星の迎撃システムに気を付けろ』
 ムウの搭乗するデミックがバックパックのブースターを吹かし、残骸の隠れ家から飛び出す。他の機体の後に続き、ルナマリアが最後尾に続いた。
「さてと……過重労働に行くとしますか」
 誰にも聞こえないように不満気に呟く。 
   


 ガイアのカメラアイが、赤いMSの背中を拡大した映像をコックピットに投影する。暗い宇宙空間の中で強く光る背部バーニアは調整された状態で映されるため、眩しさで視力を失う事は無いものの、それでもまるで磨きたてのダイヤのような錯覚をステラに抱かせた。
『重要な情報を持ち出された可能性が高い! あの機体は破壊しろ!』
 通信機からはデニル・カルバーンの金切り声。自分達がここを尋ねた時とは態度が全く違う。地球派の侵入を許したとあっては、火星派に傾斜している本社からどのような処分を受けるか分かったものではない。必死になるのは仕方が無いだろう。
 ステラは格納庫から持ち出したデミックのビームライフルとシールドの状態を確認する。
 ガイアは武器の本格的な実装を未だされておらず、他のMSの武装を使用するしかない。メガ粒子を携帯可能なビームライフル。アンチビームコーティングが施されたシールドの裏には、グレネードランチャーが4発ほど。ガイア自身の武装で使用可能なのは、腰部に差し込まれているビームサーベル発生装置のみである。
『今確認したのですが、強奪されたデミックには武装はされていません。反撃の可能性は極めて低いと思われます』
「了解」
 オペレーターの情報に明瞭な返事を返すステラ。それが分かれば十分だ。
 ビームライフルに問題が無い事を確認し、ステラはガイアを加速させた。未完成な状態なのでスペック上の速度には及ばないが、それでもデミックをライフルの射程に収める事はできる。
 ビームライフルと連動した機体の火器管制システムが、赤いMSをロックオンする。識別信号上は味方機をロックオンしているためにコンピューターが警告を発するが、無視した。
 ステラの操作でガイアが手にしたライフルの引き金を引く。
 銃口から続け様に3発のビームが放たれ、3本の光の矢となってデミックへと向かっていく。だが――。
(……かわした!?)
 デミックは優雅と言って良いほど無駄の無い動作で3発のビームを立て続けに回避した。ダイヤのような輝きが、拡大された映像の中で揺らめく。その動きから、あのデミックを操っている者がかなりの手練れである事が分かる。
 デミックが急激に方向を変える。ステラは遅れまいとガイアを方向変換させると、レーダーが警告を発した。
(これは……)
 レーダーの反応を見て、ステラは胸中で舌打ちをする。
 前方、逃亡するデミックのさらに向こうから4つの機影が接近して来る。地球軍の象徴たる緑色の塗装が施されたデミックだった。当然ながら、いずれの機体も武装している。
(地球派!?)
 ステラは今更になってパイロットスーツを身に着けなかった事と、間に合わせの武装で出撃した事を後悔するが、彼女の体は既に来るべき敵に備え、ガイアの機体前面の姿勢制御用スラスターを軽く吹かしてブレーキをかけさせていた。前面に投げ出されそうになるステラの体を、シートのベルトが強引に繋ぎ止めた。
 赤いデミックと入れ替わるように、緑のデミックがステラのガイア目掛けてビームライフルを次々に発射する。
 今度は実際に舌打ちをして、ステラは迫る光芒の回避に全力を注いだ。
 
   
 
 自分達の放ったビームが回避される様を見て、ルナマリアは驚愕するよりも先に感心した。
「すごいですねぇ、あのMS……何だかガンダムに似てるように見えるんですけど?」
 その呟きに、通信機から雑音混じりの声が入る。
『口よりも手を動かせ! それにガンダムはあんなに暗い色はしてないだろ』
 ルナマリアの台詞にいちいち丁寧に注意と返答を行うムウは、先頭に立って黒いMSに狙いを定める。
 だがネオ・ジオン軍MSの単眼と違い、そのMSは人間のような双眸のカメラアイを持ち、益々あの伝説のMSを連想させた。
 さらにこちらのロックオンを巧みに外していく手並みは、見事としか言い様が無い。
(まさかアムロ・レイが復活したとか?)
 そんな考えが脳裏を過ぎるが、それはさすがに有り得ないだろう。アムロ・レイは伝説となったMSガンダムのパイロットとして広く知られているが、彼は宇宙世紀0093年に勃発した『3月戦争』にて、ネオ・ジオン軍との戦闘中に戦死したはずだ。生きていたとしても、もはやMSを操縦できるような年齢ではない。
 ガンダムに似た黒いMSは反撃をほとんど行わずに逃げの一手に回っているようだ。4対1という状況であれば無理からぬ事ではある。ルナマリアが先ほどから考え事をする余裕があるのも、そうした理由からだ。無論、彼女とてただ手を拱いているわけではなく、隙あらば直撃させようとロックオンマーカーで黒いMSを追い続けている。
『散開しろ! 俺が引き付……からその……囲むんだ!』
 先ほど放出したミノフスキー粒子が戦闘濃度を超えたらしく、通信機にノイズが混じり始めた。
 ムウが黒いMSとの距離を詰める。だが、その動きと見て取った黒いMSは腰から細い筒を抜いた。ビームサーベル発生装置だ。ビームのメガ粒子を剣状に停滞させる武器であり、MSの近接用兵器の代表格である。
 そのビームサーベルを抜き放った黒いMSは、こちらの予測を超えた機動性でムウのデミックに肉迫した。
『何……!?』
 驚いたのはムウだけではない。その機動に思わずルナマリアも息を飲む。どうやら、見掛け倒しというわけではなさそうだ。
「フラガ少尉! これでは援護できません! 距離を取って下さい!」
 通信機に怒鳴る。だが、こちらが放った妨害電波やミノフスキー粒子の影響で通話状態は悪く、ろくに声が拾えない。
 ルナマリアは苛立ちに呼吸を荒げる。包囲するために散開したというのに、これでは各個撃破の悪い見本になってしまうではないか。
 資源衛星タナトスⅦの外壁にある自衛砲座の1つがこちらに発砲してきた。
 隊長代理の判断ミスを内心で罵倒しながら、ルナマリアは対応に追われる。自衛目的とはいえ、漂って来る残骸や岩石を破壊するのが主なので、MSの装甲などは易々と貫通できるだろう。ミサイル兵器も使用してくる可能性はあるが、幸いミノフスキー粒子の影響によってミサイルによるロックオンは時間がかかるはずである。動き回っていれば掴まらないだろう。とはいえ、対空用の散弾式ミサイル等が放たれる可能性もあるので、油断は禁物だ。もっとも、基本的に民間施設であるタナトスⅦにそのような実戦向けのミサイルがあるかどうかは疑問だが。
 ムウが強引な動作で黒いMSと距離を離し、味方MSがビームライフルで狙い打つ。だが、黒いMSは機体を翻してビームの一閃を回避した。外れたビームがタナトスⅦの外壁に連結されている居住区に突き刺さり、光の花を一瞬だけ咲かせると共に鉄の破片を撒き散らす。



 慌てふためきながらも衛星内に向かう途中、マナミは突然襲い掛かった衝撃と振動にバランスを崩した。
 凄まじい爆発音の後、照明が消えて視界が暗転した。
「な、何……」
 床に倒れ、パニックに陥るマナミ。
 どこかで何かが爆発したのは分かる。それもかなり近い。それ以上の事は彼女にはまだ理解できていない。
「こっちだ! 直撃があったぞ!」
「くそ、他人の施設だからって遠慮無く撃ちやがって!」
 付近から怒声と悪態と慌しい足音が響いた。
 マナミは立ち上がり、それらが聞こえた方向へと向かう。視界が利かない以上、耳に頼るしかない。ステラと違って未だタナトスⅦの内部を把握しきれていないマナミにとって、トラブルが起きた際は、誰かがいるであろう場所に行く事が1番の解決策である――はずだった。
 しばらく壁伝いに移動し、人がいると思われる区画までやって来ると、焦げ臭さが鼻を衝く。
 多くの人間が携帯用の照明器具を片手にせわしなく動き回っている。そのせいか、周囲の状況が薄暗く照らされていた。
 床――外壁が、まるで外から何かが突っ込んだように破損し、周囲に甚大な被害を与えていた。臭いの元凶と思われる黒く焦げた破損箇所は、すでに硬化剤によって塞がれているが、周囲の人々の話し声に耳を傾けると、穴が開いた際に何人かが宇宙空間に投げ出されてしまったらしい。いや、正しくは吸い出されたと言うべきか。
 真空中に吸い出される事を免れた人々もいたが、むしろこちらの方が悲惨な状態にあるようだ。
(どうなってるの……?)
 周囲を移動する人々を窺いながら、マナミは声を掛けるべきかどうか迷う。すると次の瞬間、消えていた照明が復帰した。 
「ひ……!」
 悲鳴が喉に詰まり、不発に終わる。
 明るさが戻った時、マナミが目にしたのは一面の地獄だった。彼女が考えていたよりも動いている人間はずっと少なかったのだ。
 そこには血塗れの人間達が無数に横たわっていた。この場所は、深夜シフトの社員達が休憩する場所であったため、多くの人間が犠牲になったようだ。
「あ、ああ……」
 爆発した外壁の破片に腹を切り裂かれ、外にはみ出た内臓や腸を必死に押し戻そうして、上手くいかないまま口から大量の血を吐き出す者。衝撃で壁に叩きつけられ、頭蓋が無残に砕けて脳梁を撒き散らした者。残骸に押し潰され、圧死している者。
 まるで悪い冗談か、悪夢のような光景が、そこには広がっていた。
「嘘……こんな……」
 他の区画から駆けつけた人々が怪我人の救助と応急手当てのために右往左往しているが、人数が追いついていない。
 無造作に踏み出した足が何かを踏む。恐る恐る目線を下ろすと、そこには千切れた人間の腕が転がっていた。
「ひ……!」
 恐怖で竦み上がり、マナミはよろめいて後退する。あまりにおぞましいものを見せられ、吐き気が込み上げてきた。

 ――頭に走る僅かな痛み。目の前の光景は、まるで毎晩見る紅い夢にそっくりで――

 喉まで這い登ってきた不快な感触を、マナミは我慢しきれずにその場へ吐き出してしまう。胃が空に近かったため、胃液のみが床に撒き散らされた。
 どうしていきなりこのような事になってしまったのか。気分の悪さと嘔吐から来る不快感でマナミの思考は乱れ、状況を把握できない。地球派の兵士が侵入したとアナウンスがされたが、その兵士の仕業なのか。
「おい! お譲ちゃん、大丈夫か!?」
 1人の中年男性が床に蹲るマナミに駆け寄る。
「君は軍から来たっていうパイロットだろ? こんな所にいないで早く格納庫へ行くんだ!」
 目の前の光景にショックを受けているマナミは、男性の叱咤で僅かながら理性を回復する。
 男性が布切れでマナミの口元や手など、汚物で汚れた箇所を乱暴に拭き取る。
「ほら、急げ!」
 強引に手を引かれ、その手の感触と声によってマナミはようやく我に返った。
「あ、あの……!」
「グズグズするな! 緊急事態だぞ!?」
 慌てるマナミには取り合わず、男性は彼女をその場から連れ出す。不快感や混乱から脱したばかりのマナミは手を引かれるままについていくしかなかった。
 非常警報に周囲の惨状。悪夢が具現化した光景が、しばらく彼女の脳裏に焼き付いていた。



―――――to be continue

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