猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

才条 蓮さんの投稿SS41

機動戦士ガンダムSEED DESTINY SS

『戦いの意味』 第7話



『ルナ!!!!!』


通信回路を開いて、大きな声が聞こえる。


純粋な声。


守りたいと一心に思う声。


それを繋ぎとめようと必死になっている声。




………それがシンの声。













そして、その瞬間、ビームランチャーの赤い光の閃光が目の前に駆け巡った。


インパルスとジャスティスとの間をその閃光は走っていった。








「シン!!」















デスティニーガンダム。


運命という名のガンダム。


…そして、この機械仕掛けの人形の営みの中で私を守ってくれる機体。



「大丈夫か!!??ルナ。」


「シン………。」


痛いほど純粋なその声。


誰よりも多くの大事な人を失い、今ある絆を限りなく大事に守ろうとする声。


そのシンの声に全てが集約されていた。










シンは限りなく純粋で……限りなく人を愛している人間。


愛していたから、大切にしていたエクステンデッドを痛切に愛していたからこそ……


ロゴスをあそこまで憎んだ。



ここまで戦ってきた。


人というものをそこまで愛していなければ、憎みはしないから。


戦いはしないから。















そんなシンに私は惹かれた。


今ある大切なものを本当に大切していたから。


私と言う大切な存在を本当に純粋に大切にしてくれたから。


幸せという名前の宝物の欠片………。


多くの幸せを失った彼だけど……今ある大切なもの宝物の欠片をすべて守ろうとしているシンに私は惹かれた。


………私もシンほどでなくても幸せが欠落していっているから。


そうした二人の傷の舐め合いだと言われても……



私たちはそうして幸せの欠片を大切していのよ……。

















『アンタって人は!!!!!!!』



シンの怒号が通信機から響き渡る。


そして、シンは…デスティニーはジャスティスに立ち向かっていった。





私を本当に大切にしてくれているシンだからこそ、ここまでの怒号が響き渡るのだと思った。


……本当に私を…大切にしてくれているから……。









『シン!!!!』



通信機から聞こえるアスランの必死な声。


いくらアスランでもシンとの戦いでは必死にならざる得ない。


そんなアスランの苦節に満ちた声が聞こえた……。


アスランはそんな必死なシンの相手をしていた。










………そして、シンとアスランは視界から見えないところに移動していった。



「……シン!!……アスラン………。」



















二人が対峙して戦っている光景を見て、胸がチクリと痛んだような気がした。






















シン……そしてアスラン。


二人とも私の幸せに過ごしていたときにいた幸せな思い出の宝物につまっている人。


……どうして、その二人が生死をかけた戦いをしているのだろう?


どうしてここまで戦わなくてはならないのだろう。
















そんな思いをしてまで、失ってまで……私たちは戦わなくてはいけないの………?




                     (続く)






あとがき


微妙にですが、シンルナを入れました。


原作にも描かれているのでそこまで入れる必要はないかなと思いましたがね。












シンとルナの愛情の描き方は基本的に


『今ある幸せの欠片を必死に守ろうとしている恋人同士』


というコンセプトです。







よく他のサイトの日記でも傷の舐め合いとか言われますが、分かりやすく言うとそうでしょう。


しかし、その感情こそが愛しているが所以のものなのです。


今ある幸せを必死に守ろうとしている二人は素晴らしい存在だと思いますよ。









それに付随させて、シンという人間性もそれと同様の描き方をしています。







シンはある意味『身内びいき』なところがあります。


家族のことはともかくとして、ステラという素性の知れなくてもその人を必死に守ろうとしている姿勢。



ルナやレイも大切にしているところを見ると、『身内びいき』というところがあるのでしょう。



そうした知人や大切な人やものなどの幸せの欠片を必死に守ろうとしている人間。


それがシンなのでしょう。











人間誰しもそうした『身内びいき』というものはあります。


日本人である私たちは日本人が事故や事件によって亡くなったと聞くと、悲しみます。


自分の知り合いでしたらなおさらです。








それを極端な例にしたのがシンなんじゃないでしょうか。













そうしたシンの姿勢にしっくりする理論もあります。










ベネディクト・アンダーソン著の『想像の共同体』です。


この一説にこうあります。











国民は常に水平的な同士愛として描かれる。
そうした産物により数百万人の人々が殺し合い、自ら進んで死んでいったのである。


















国民というのはザフトであり、ミネルバの人たち…あるいは大切な人。


そうしたものをシンは心から水平的に愛しています。







…愛しているからこそ悲しみが産まれます。






…愛しているからこそ憎しみが産まれます。








だから、シンは敵といえる存在…自分たちを脅かそうとしている存在を殺し合いました。


それは作中でも明らかですね。










そして、自ら自分で進んで死んでいった………アスランに負けたということです。











ただこれは、シンという人間性の一部分であって、全てではないです。


他にも、色んな側面で動いている部分はあると思いますが、


シンの心情の柱として上記のものがあげられます。





















…と、真面目に理論形成しましたが、本当に合っているかどうか知りません。



自分はシンやルナという人間をそう位置づけてやっているだけであって。


というか一応全てのキャラクターに対してもそういうのは考えてます。








それが心情描写を扱うSS作家才条 蓮ですので。


……まあ、文章表現下手ですけどね。






                       (あとがき終了)

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