猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS6

『機動戦士ガンダム  ~DIVIDED HISTORY~』

 第1話 「問題児達の現状認識 SIGHT―3」



 星という瞬きが無限の闇の中で踊っている。その漆黒の舞踏会場に、赤いコンドルが迷い込んだ。ネオ・ジオン火星方面軍第13独立実験部隊所属のムサカ級巡洋艦『フェニキア』。それがコンドルの正体である。
「識別信号確認。第3機動部隊のムサカ級です」
 そのフェニキアの艦橋ではアドル・カイラス少将がオペレーターの報告に耳を傾けつつ、スクリーン越しに見える3隻のムサカを眺めていた。鈍重な頬筋からは、彼の表情を窺う事は出来ない。
 ネオ・ジオン軍地球派が所有する資源衛星の1つ『アルメリア』。それを奪取する作戦に参加するため、火星方面軍第3機動部隊との合流を果たしたのだ。巡洋艦1隻だけの第13独立実験部隊とは異なり、彼らは規模も質的にも恵まれている。あくまで、実験部隊と比較しての話ではあるが……。
「アンクルより入電!」
 アンクルとは3隻のムサカ級の内、中央に位置する艦の名称である。メインスクリーンに映し出されたのは、アンクルの艦長と第3機動部隊の指揮官を務めているラマー・ダルス大佐。36歳を迎えるその頬には切り立った崖のような皺が刻まれ、見た目以上に年齢を重ねているような印象を受ける。
『カイラス少将、ご無沙汰しております。お元気そうで何より』
 敬礼しつつ、畏まったように挨拶をするラマーだが、台詞の端に軽い皮肉のようなものが混じっている。それを知ってか知らずか、アドルは黙然と返礼した。
『少将閣下と共に作戦に参加できるとは光栄です。精々無様を晒さぬよう、気を引き締めてかかりたいと存じます』
 無様という単語を妙に強調し、ラマーは笑みを浮かべる。敬意などいった要素が微塵も感じられない、役立たずな老犬を見下ろすような笑み。軍隊における上官に対する態度として明らかに問題があるが、やはりアドルは反応らしい反応を見せない。
『聞けば、新型のMSが配備されたそうで……是非とも戦場ではその性能を拝見したいと存じますが、わざわざ閣下の部隊の手を煩わせるような事の無いように努めますので、新型の出番も無いかもしれませんな』
 非好意的な笑い声を挟み、ラマーは今回の作戦に関する話を切り出す。アドルもそこでようやく口を開いた。
 フェニキアの艦橋にいる人間は1名を除いて、重石を飲み込んだような気分を味わっていた。そして同時に、自分達の部隊が他からどのような目で見られているのかを今更ながら思い知ったのである。
 
 
 
 第3機動部隊所属のムサカ級『ジルヴァ』がフェニキアと並走し、相対速度を合わせた状態を保っていた。その両艦の間をコンテナが移動している。ジルヴァからフェニキアへワイヤーで牽引され、あるいはMSによって直接運搬される。補給を受けないまま作戦に参加するフェニキアに、ジルヴァが補給物資を運びこんでいるのだ。
 格納庫に運ばれたコンテナを見て回っていたアスランは、困ったようにファイルと睨めっこしたまま立ち尽くしている部下の姿を発見した。忙しなく動き回る整備兵達の中にあって、その姿は明らかに浮いている。
「どうかしたのか? ササミヤ伍長」
「あ、隊長……」
 ファイルから顔を上げた13歳の火星軍下士官、マナミ・ササミヤ伍長は眉をハの字にして上官の顔を見上げる。
「えっと、このファイルなんですけど……」
 そう言って手に持ったファイルを見せる。
「MSの事が書いてあるみたいなんです。でも、デミックとは違うみたいで……」
 ファイルを覗き込むと、確かにMSの稼動データや整備に必要な用件などが記されていた。確かに内容から見て、デミックと違う事は分かるが……。
「これは……ガイアに関するファイルじゃないのか?」
「え? そうですか?」
「ああ、デミックと違うなら、後はキュベレイかガイアだろう? それに……」
 アスランはファイルの隅に記されている単語を指差す。
「ここにガイアって書いてあるぞ」
「……え?」
 その言葉に、一瞬だけ時が止まった。
 アスランが指し示した箇所には型式番号と共に『GUNDAM・IMITATION・ABILITY』とあり、これを『G・I・A』と略してガイアと読む。つまり少し視線を動かせば何に関するファイルかすぐに分かったはずなのだが……。
「今、ステラがガイアの整備をしてたはずだ。直接あいつに手渡すといい」
「は、はい! すみません!」
 顔面の血流を増加させながら、マナミはファイルを抱えて床を蹴った。しかし、慌てたのか脚に力を入れ過ぎてしまい、体勢を崩して無重力空間の中を舞う。バタつかせた手の平が咄嗟にタラップを掴んだ。周囲で作業をしていた者から含み笑いが漏れる。
「周りで物資が動いているんだ。気をつけるんだぞ?」
「はい……」
 羞恥心が臨海を越えたのだろう。叱られた子犬のように消沈しながら、今度は慎重な動作でタラップを蹴って飛び去った。
 そんな部下の後姿を見送り、アスランは片手で軽く頭を抱え、溜息を吐き出す。
「……どうしてあんな奴が下士官になれるんだ?」
「ニュータイプを特別扱いするのはジオンの伝統でしょう? 仕方ないですよ」
 背後から声に振り返ると、ニコル・アマルフィ軍曹が苦笑未満の表情を浮かべて立っていた。
「アイツはニュータイプじゃなくて強化人間だろ。それに今のは愚痴だ。聞き流せ」
「了解」
 半分はからかいのつもりだったのか、ニコルはすぐにその場を去っていく。自分の胸中を覗き込まれたような気がして、アスランは不機嫌そうに眉をひそめる。つまらない失敗を起こしたため、約束されていたはずのエリート街道が真っ暗闇に閉ざされてしまった少年が秘めているのは、空回り気味な野心と妙な苦労性、そしてそれに伴うコンプレックス。
(俺だって本当なら今頃は……今頃は……)
 歯痒い思いをしながら、恵まれた人生を歩んでいる自分をイメージしようとしたものの、果てしない虚しさが去来したために頭を振って仕事へ戻った。半ば左遷されたとはいえ、彼はこの第13独立実験部隊のMS隊隊長なのだからやるべき仕事はたくさんあるのだ。
 さて、そんなアスランが一瞬だけコンプレックスの矛先を向けたマナミ本人はといえば、そのような事など露知らず、ガイアの腰に取り付いて整備を行っていたステラ・ルーシェ少尉の所へやって来ていた。
「あの、ルーシェ少尉」
 呼びかけられた金髪の少女は氷のように動かない表情と射抜くような視線で振り返る。本人にそのつもりは無いだろうが、妙な威圧感を覚えながらマナミはファイルを差し出す。
「ガイアに関する資料だそうです」
「……そう。後で目を通すわ。それよりササミヤ伍長」
 ファイルを受け取りながら、ステラは独特の低い声を発して話しかけてきた。
「は、はい」
 鋭い瞳に射竦められ、気後れするマナミ。彼女の視線のきつさには慣れたものの、こういった『次に何を言われるのか不安になる』ような間は苦手だ。
「暇なら、手を貸してもらえるかしら。1人だと少し厄介な箇所があるの」
「はい……分かりました」
 何だそんな事かと安堵しつつ了承するマナミ。同時に、他人の顔色を窺いながら一喜一憂している己の姿を省みて、何とも言えない情けなさが胸に込み上げる。幼い頃からそのような調子のマナミであるから、よく姉に注意されたものだが。
『あなたのその小心者ぶり……何とかならないものかしら』
 自分の指導力を以ってしてもマナミのそれを直せなかった姉が、溜息混じりに呟いたのを思い出した。その瞬間――。
「……!」
 こめかみを貫く鋭い痛みに、思わず表情を歪めて頭を抱える。有重力の空間であれば、その場に蹲っているだろう。しかし痛みは一瞬で、すぐに通り過ぎた。
「伍長?」
 形の良い眉を寄せ、訝しげにステラが覗き込んでくる。
「あ、すいません。少しだけ頭痛がして……でも、もう引きましたから」
 そう言って愛想笑いを浮かべるマナミ。どうにか取り繕うとする魂胆が丸見えだったが、ステラは逆にマナミの愛想笑いから彼女の言っている事が強がりでない事を読み取った。
「……ならいいわ。でも、無理はしない事ね」
「はい……」
 整備を再開するためにこちらに背を向けるステラを見ながら、マナミは小さな溜息をついた。
(駄目だな、あたし……ステラさんといるとどうしても……)
 あの懐かしい面影を重ねてしまうが、今度はそれを脳裏に浮かべないよう気を付けた。そうしてしまうとまた頭痛に苛まれるからだ。
 気を取り直してステラの手伝いをしていると、不意にタラップの下から話し声が聞こえてきた。
「こいつがマクシルから受け取ったっていう新型か?」
「らしいな。しかし、よりにもよってガンダムの顔してやがるぜ」
 聞き覚えの無い声。どうやらジルヴァからこちらに作業の応援に来ている兵士のようだ。
「細っこいガタイしてんなぁ。こんなんで戦えるのか?」
「さぁな。新型だからって性能が良いわけじゃないからな。データ収集が目的だからこんな部隊に配属されたんだよ」
 周りに聞こえないよう抑えてはいたが、マナミとステラにはしっかりと聞こえていた。どうやらこちらに気付いていないらしい。
 マナミは胃の辺りに押さえつけられるような感覚を覚え、作業に集中できない。自分達が他の部隊からどのように思われているのか知っているつもりではあったが、だからといってすぐに耐性が付くわけでもない。一方のステラは兵士達の声など何処吹く風と、マイペースに手を動かしていた。
(……気にならないのかな?)
 自分と違ってステラがこのような事で動じるとは思わないが、『あの女は10機のMSが引っ張っても切れない神経を持っている』というカガリの話を信じたくなる。そうなると、自分の神経はさしずめ『雨風に晒されて劣化の進んだゴム紐』といったところだろうか。
「データ収集の実験機っていうなら、あっちの方が……」
「ああ、あのキュベレイタイプか?」
 兵士達の関心がガイアから隣のキュベレイMk―Ⅴに移り、マナミのゴム紐は一層細く絞られる。
「あれこそ用途が分からん。ニュータイプ用だったら、今のデミックの装備にもあったんじゃなかったか?」
「兵器ってのは日々進化するもんさ。何せ、あのサザビーの性能を完全に再現しようなんて取り組んでる連中もいるらしいしな」
 MSN―04『サザビー』。
 かつて『赤い彗星』と呼ばれたシャア・アズナブルが駆った最強のMS。ニュータイプ専用機として、また宇宙世紀0090年代におけるMSとして、最高水準の性能と完成度を誇ったとされている。だが、機体そのものは『3月戦争』の前後の混乱で失われ、データも正確なものが残っていない。しかも最高水準だけあってコストも馬鹿にならず、扱えるパイロットもいないためにかつての伝説を蘇らせようとする者は少ない。ガイアやキュベレイMk―Ⅴがそうだとは、マナミなどにはとても思えないのだが。
「それにしたってなぁ。何もガンダムやキュベレイの姿にする事もないだろうに……」
「新手の嫌がらせか? まぁとにかく、戦闘になれば分かる事さ。こいつらが張り子の虎かどうか」
 兵士達の嘲るような笑いにマナミは落ち着きを無くし、次第に注意が散漫になっていった。
「伍長」
「は、はい!」
 凛としたステラの声で散っていた意識を慌てて集合させる。
「コックピットで機体のコンディションをチェックしてもらえるかしら」
「分かりました……」
 何となく叱られたような気がして、溜息を挟んでガイアのコックピットへ行くためにタラップを蹴ろうとすると……。
「彼らの言う事を気にする必要は無いわ。所詮は試作機。不備が出るのは当たり前よ」
 さり気無いステラの言葉。
「は、はぁ……」
 今のは気遣いと受け取って良いのだろうか。ステラの低い声と冷淡な口調では、ただ単に事実を指摘しただけかもしれない。
 どう返答したものか悩む。このままコックピットまで上げってしまうのも無視するようで気が引けるし、行こうとした足を止められてしまったわけで、次に動かすタイミングを見出せない。
「嫌がらせって……どういう事なんでしょう?」
 何となく、先ほどの兵士(顔は分からなかったが)の言葉を思い出す。呟いてから、己がずれた台詞を言った事に気付いて後悔した。
「ガンダムタイプのMSは連邦軍の象徴。キュベレイはハマーン・カーンの専用機だったからよ」
 ステラはマナミの後悔などお構い無しに淡々と答える。かつてジオン軍が独立戦争を挑んだのが連邦軍であり、シャア・アズナブルが再結成する以前のネオ・ジオンの指導者が女摂政ハマーン・カーンであったが、彼女は内乱で戦死してした。当然、連邦軍は敵。そしてシャアは3月戦争の最中に行った演説でハマーンのやり方を批判した。その両者のMSを真似たのがガイアとキュベレイMk―Ⅴだ。
「だから……嫌がらせなんですか?」
「少なくとも外観に関しては、今のMSの規格とは違うわね」
 些か見当違いな受け答えをするステラ。
 理解できたような理解できないような微妙な心境の中で、マナミは何となく頷いてみる。
「それより、早くチェックをしなさい」
「は、はい! すいません……」
 いつも通り自分の手際の悪さに項垂れつつ、マナミはガイアのコックピットに向かった。
 


 自分の仕事を終えて格納庫を出たマナミは、そこで不機嫌面の上官と顔を合わせた。
「あ、カガリさ……アスハ軍曹」
 しかしマナミの呼びかけに対して、カガリ・ユラ・アスハ軍曹は手入れの行き届いていない金髪を掻き毟り、道端の小石を見るような目で見返してくる。
「なんだよ?」
 非常に低い声。不発弾並に慎重な扱いが要求されるのが今のカガリであろう。理由は至極単純なもので、シミュレーターによる戦闘訓練でステラに“惜敗”してしまったから……というのは本人からの話。とある筋から寄せられた情報によると“惜敗”とは程遠い内容だったという。マナミはカガリ個人の名誉のためにそれ以上の詮索を止めた。
「……あの、これから機体の整備ですか?」
「それがどうかしたのか?」
「い、いえ、その……もし良かったらお手伝いを……」
「いらねーよ。部屋で寝てろ」
 取り付く島も無い。とはいえ初めての事では無く、しばらく経てば3歩進んだ鳥の如く自身が不機嫌であった事も忘れてしまうに違いない。
 入れ違いに格納庫へ入っていくカガリを見送りつつ、マナミは疲れたような溜息を吐き出す。あの気性の荒い少女と同室なので、彼女が戻って来る頃には機嫌が直っている事をむしろ祈らなくてはならなかった。
 


「遅いぞ。アスハ軍曹」
 アスランは格納庫にやってきたカガリを見咎め、隊長らしい口調で注意する。しかし、不機嫌面の部下はあからさまに不逞な態度で上官を見返す。
「へーへー、すいませんねぇ」
 投げやりな返答で、カガリは自分の機体へと向かった。アスランが視線の中に無数の棘を仕込んで睨み付けたが、まるで気付かない。
「そんな態度だから出世もできずにこの部隊に配属されるんだよ……」
「別に出世したくて軍人やってるわけじゃありませんよ」
 愚痴にも似たアスランの呟きに、振り返りもせずに切り返すカガリ。背後で殺気を漲らせている隊長には目もくれず、カガリは自分のデミックへと向かった。途中、ガイアの前を横切った際、コックピットの前に自分と同じ金髪を見つけ『フン!』と鼻を鳴らしたというのは、ガイアの足元で作業していた整備兵の目撃談だ。
「……よく回る口だな」
 舌打ちと共に吐き捨てるアスラン。その様子を遠巻きに眺めていたニコルが声を掛けてきた。
「アスハ軍曹はちょっと機嫌が悪いだけなんですよ。ルーシェ少尉にシミュレーションで負けたから」
「なるほどな。しかし、いつになったらアイツは身の程を知るという言葉を覚えるんだ? もう何度も負けてるじゃないか。何を今更……」
「まぁ、負けず嫌いですからね。アスハ軍曹は」
「だからといって自分を過大評価するのも考えものだな。だいたい、奴は一体どういう教育を受けたんだ? 男勝りは構わないが、あれじゃ躾の悪いペットだな」
 次第に声が大きくなっていくアスラン。ストレスを感じやすい性格の彼から愚痴を聞いてやるのは、専らニコルやマナミの役目となっていた。
「隊長……」
「ん……?」
 声の方向に頭を動かすと、いつの間にかカガリと同じ金髪の少女が立っていた。可憐な外見に似合わない眼光の強さは相変わらずだが、その瞳からは何の感情も窺えない。
「どうかしたのか? ルーシェ少尉」
 アスランの声に疎ましさの微粒子が混じる。階級こそ並んでいるものの、アスランが隊長の地位にある以上は彼の立場が上のはずだが、どうにもステラと話す時は胸中で身構えるような姿勢を取ってしまう。そんな上司の態度などまるで気付いていないかのように、ステラは口を開いた。
「……補給された物資の中にガイア用の装備があるそうですが、まだ届いてはいませんか?」
「ガイアの装備? 一応、話だけは聞いているが……整備班長なら知っているはずだ」
「私がどうかした?」
 示し合わせたようなタイミングで現れたのは、作業服を身に纏ったマリュー・ラミアス曹長。フェニキアのメカニックチーフを勤める28歳の女性で、マナミと同じく黒髪黒目の東洋的な顔立ちが特徴である。肩にかかった艶やかな髪を初めとした大人らしい魅力は、同じ民族の血を引くマナミにコンプレックスを抱かせるには充分過ぎた。
「ああ、丁度良かった。ジルヴァから受け取った物資の中にガイアの装備が無かったか?」
 アスランが尋ねると、マリューは整った顎に親指を当てて数瞬考え込む。やがて彼女の記憶回路に該当する項目が見つかったようだ。
「ひょっとしてアレの事かしら……デミックの装備にしてはジョイントの形とか違ってたし」
「……なら、見せてもらえるかしら」
 あくまでも低い声音は崩さないステラの申し出に、マリューは多少渋るような表情を見せながらも、アスランに促されてステラと共にその場を後にした。
「やっぱり皆さん、ルーシェ少尉の事は苦手みたいですねぇ」
 マリューのステラに対する態度を見て取ったニコルがそんな事を口にする。先ほどの愚痴で喋り疲れたのか、アスランは呆れ顔で頷いただけだった。
「それじゃ、僕も仕事が残ってるので……」
 そう言って軽く手を挙げ、床を蹴って無重力の格納庫を飛び去っていくニコルを見送り、アスランもその場を移動した。
 ステラ自身にその意思があるかどうかは分からないが、他人との関わりを拒絶するような不可視の壁を感じるのだ。加えてあの低い声と鋭い眼光も手伝って彼女と初めて対面した人間は、たいてい怖気付いてしまう。
(要するに、何を考えてるか分からない奴なんだよな)
 手元の書類に目を通しながらそんな事を考える。アスラン自身、彼女の事は扱い辛く感じていた。同じ金髪でもカガリ・ユラ・アスハ軍曹は文句が多く、ろくでもない騒動を起こす事もあり、アスランの頭痛の要因は大半が彼女である。ステラはといえば、平時はほとんど無口でカガリのように文句を言う事も騒ぐ事も無く、基本的には優秀なので扱い易いと言えば扱い易い。だが――。
(アイツの眼……)
 こちらの眼球だけでなく、天辺の頭髪からつま先、さらに胸中までも射抜くほどの鋭い眼光。ニコルの言った『皆、ルーシェ少尉が苦手』というのは、主にここに原因がある。アスランにしても自分が見下されているのではないかと言う思いを拭いきれない。立場的には自分の方が上だが、階級は同じであり、強化人間とはいえ軍人としての資質にも恵まれているステラにはカガリとは別の意味での疎ましさが募ってもいた。いずれ自分の地位が脅かされるのではないか。隊長の自分を差し置いてひと足先に出世街道に乗ってしまうのでないか。そんな不安まで抱いている。だが、所詮それはアスランが日頃から抱えているコンプレックスが、1つの形を取ったに過ぎない。ステラがアスランの胸中を知れば『エリートの坊やが考えそうな事だ』と軽侮の眼差しを送った事だろう。彼女自身は自分の目的を果たすために強化人間となり、軍という組織を利用しているに過ぎない。世の中の軍人全てが出世を望んでいるわけがないのに、彼にはそれが分からないらしい。無論、目的を果たすための手段
として出世もするつもりだが。
 ニコルなどはこうした2人の上官を見て、そんなに肩肘を張らなくてもいいのにとも思っているが、今のところは大きな問題も起きていないので、特に改善の努力はしていない。
 それぞれに身勝手な思考ばかりを抱え込んだ人間共を乗せ、フェニキアは目的地へと向かっていた。


 
「待機ですかぁ?」
 軍事衛星アルメリア内部では警報が鳴り響き、慌てて母艦に戻ってきたルナマリアが、緊張感に欠ける口調で首を傾げた。まだパイロットスーツにも着替えていないムウ・ラ・フラガ少尉が隊長からの命令を伝達したのだが、彼女の疑念を誘ったのはその内容だった。
「ああ、ユリシーズⅣのMS部隊は予備兵力として待機せよだってさ」
 肩を竦めながらムウ。友人が待ち合わせに遅れると急な連絡を寄越した時のような表情だ。
「それはどうしてです?」
「アルメリアの司令からの伝達だそうだ。多分、俺達に手柄を横取りされなくないのかな」
 それを聞いてルナマリアは溜息を吐き出す。
「そのせいでこの衛星が落ちたらどうするんですか……」
「知らねぇよ。不満なら、命令無視して今すぐ出撃するか? 勇猛果敢なホーク軍曹殿」
 ルナマリアが鼻を鳴らしてムウの皮肉に応酬しようとした時だった。
「こちらでしたか。隊長より、いつでも出撃できるように準備しておけとの事です」
 やや生真面目な声と共にスティング・オークレー軍曹が現れた。狐のように細い目。薄緑色の短髪。今年で19歳を迎える彼も、表情から察するにこの命令には納得していないようだ。そんな彼にムウが軽く手を上げて応じる。
「ご苦労さん。状況がどうなってるか聞いてるか?」
「防空衛星のいくつかが破壊されたそうです。どうも、火星派と思わしき部隊が航路を塞ごうとしているようで……」
 周囲を機雷で囲っているとはいえ、衛星周辺を隙間無く埋め尽くしているわけでもない。宇宙船が航行可能なスペースは確保しなくてはならず、そこには監視衛星や防空衛星が配置され、常に目を光らせている。だが、実際には今回のように敵勢力の接近を発見した時点で破壊されてしまうのだが。
「その段階なら俺達が急ぐ必要も無いな。それじゃ、ボチボチと準備にかかるか」
「ですがフラガ少尉。折角準備したのに、待機したまま衛星ごと木っ端微塵って事はないですか?」
 腰に両手を当て、眉をしかめながらルナマリアはムウの楽観論に水を掛ける。
「大丈夫だろ。どうせ目的は衛星の奪取なんだろうからな。それにさっきこの衛星の部隊が準備してるの見てたんだが、何とギラ・ドーガまで用意してやがったぜ」
 希少種でも見つけたような態度でムウは両手を広げる。
 作業中に見かけた旧式の大型MSを思い起こしてルナマリアは一抹の不安を溜息と共に吐き出す。
「……つまり、すぐに出撃する羽目になると?」
「だな。まぁ、上手く行けばここの連中に俺らの実力を教えてやれるぜ?」
「フラガ少尉、ホーク軍曹、隊長も後で格納庫の方に来るそうです。準備をするならお早めに。でないと、また怒られますよ?」
 多少、お説教が混じったような口調のスティング。
 後で隊長に注意を受けるのは御免被りたいので、3人はそれぞれの人柄に応じた表情を浮かべならがら格納庫へと向かった。
「何か中途半端ですねぇ。あたし達の立場って……」
 妹ならどんな皮肉を言うだろう……。思考停止気味な頭でそんな事を考えながら、ルナマリアは肩をすくめた。



 ルナマリアが肩をすくめる1時間ほど前。虚空を彷徨う火星派の軽巡洋艦内は、戦闘準備を行っている兵士達の緊張と精神の昂ぶりによって満たされようとしていた。
「何してんだ。早くしろよ」
 ノーマルスーツに着替え、ヘルメットを抱えたカガリは同じくノーマルスーツに着替え終えたばかりのマナミを急かす。
「す、すいません!」 
 戦闘に対する高揚感より緊張が先に立っているマナミは、ヘルメットを被るのに邪魔になる髪を束ねながら、そのような行為が必要無いカガリやステラを少しばかり羨ましく思った。
 急いで身支度を整え、ヘルメットを掴んでカガリの後を追って更衣室を出る。が、すぐに足を止める事になった。
「これはこれは……エース様の邪魔をしてしまいまして。失礼をば」
 何故なら、ことさらわざとらしくおどけてみせるカガリの背中にぶつかりそうになったからである。前方の赤いノーマルスーツ越しに、赤い軍服を身に着けた金髪の少女が見えた。その鋭い眼光はカガリに向けられており、マナミが物怖じする事はなかった。
「しかし、ごゆっくりですな。やはりエースの余裕ですかい? 後方でどっしり構えている貫禄というか……」
 マナミの位置からでは背中しか見えないが、おそらくカガリは挑戦的な笑みを浮かべているに違いない。やたらと波風を立てたがるこの性格は何とかならないものか。ステラの表情を窺いながらも、マナミはカガリの好戦的な人柄に辟易する。
 カガリの挑発など意に介さぬ様子で、ステラは冷めた瞳で眼前の少女を一瞥してから歩を進める。フンと鼻を鳴らすカガリの脇をすり抜けて更衣室に入った。その際、カガリの後ろで縮こまっていた黒い瞳とも目が合う。
「……!」
 ステラの眼光の鋭さに気圧され、僅かに体を震わせる。ヘルメットを被るために短くまとめた黒髪が少しだけ揺れた。 
「チ……鉄面皮のむっつり女め」
 ドアの向こうに消えた『むっつり女』の背中に向けて悪態をつくカガリ。何度目かの窮地からの脱出に、思わず溜息を洩らすマナミ。この冷戦状態はいつになったら終結するのだろうか。巻き込まれる方の身にもなってほしいものだが、その事を本人達に言い出せないマナミであった。腕を丸め、戦闘前の緊張と共にヘルメットを抱え込む。
「なぁに緊張してんだ……よ!」
「ひぐ……!」
 語尾と同時に勢い良く背中を叩かれ、足元がふらついた。
「だらしねぇなぁ。それでも強化人間か~?」
 両手を腰に当て、悪戯っぽい笑みで見下ろしてくるカガリ。『アイツはもう少し、加減という言葉の意味を考えるべきだ』とはアスランの言葉だが、マナミもそれには全面的に賛成である。
「強化人間って言っても……あたし『針無し』って言われてたし……」
「ああ、針を持ってない雌蜂ってやつか? ま、おまえらしくていいんじゃねぇの?」
 軽く挙げた右手をヒラヒラさせながら格納庫へ向かうカガリの背中を、マナミは追いかける。 
「でもなぁ」
 ふと振り返ったカガリの瞳には、悪戯っぽい光が宿っていた。
「蜂は針だけじゃなくて、牙もあるらしいぜ? だからって、おまえに敵が噛み千切れるとは思えねぇけど」
 その通りだとマナミ自身も思う。だが、真っ向から指摘されるのはあまり気分の良いものではない。だからと言って、反論できる類のものでない事も事実であった。
(牙なんて……あるのかなぁ、あたしに)
 今更ながら、マナミは自分が出来損ないの強化人間だという事を再認識する。




 カガリと共に、出撃前の喧騒に彩られた格納庫へやってくる。最後の調整でマリューを初めとする整備兵達が無重力の格納庫を飛び回る中で佇む機械の巨人MS。赤い単眼のデミック。黒く痩身なガイア。灰色の『3つ目』もしくは『文鳥もどき』キュベレイMk-Ⅴ。それぞれ独特の雰囲気を醸し出す巨人達が、主の搭乗を待ちわびていた。
「何してる。遅いぞ」
 ひと足早くノーマルスーツに着替え、ニコルと共に待機していたアスランが咎める。
「別に、今回は脇役なんだからいいじゃないですか。ちょっとくらい手ぇ抜いたって」
 自分達が頭数合わせだけの目的で駆り出された事を根に持っているのか、カガリの態度には芯が無い。
 そんなカガリに対してアスランが軽いお説教を始めるが、完全に無視していた。日常的に繰り広げられている光景に、ニコルとマナミは苦笑いを浮かべる。
 最後にステラがやってくると、アスランは最終ブリーフィングを始めた。作戦内容の確認をしたところで、ひと息ついて言葉を繋ぐ。
「この部隊に新型が配属されてから初めての出撃になる。ルーシェ少尉とササミヤ伍長は慣れない機体で苦労するだろうから、あまり無茶な真似はするな。マクシル社やクライン・コンツェルンの手前、ガイアやキュベレイは使い捨てるわけにもいかない」
 火星開拓の軸とも言えるクライン・コンツェルン。中枢となる企業の本社が火星の居住用ドーム内にあるため、まさに開拓事業の前線に立っていると言って良い。
(確か、火星派を支援してるのもその人達なんだっけ)
 緊張を誤魔化そうと、自分達のスポンサーの大本を思い起こすマナミ。彼女自身、物心ついた頃から施設内で育ち、その施設が何物かに壊滅させられた後はすぐにネオ・ジオン軍の管理下に置かれたため、火星派スポンサーについては全く知らないのだ。従って、クライン・コンツェルン総裁の孫娘がアイドルとして火星圏の人々に人気があり、フェニキアのクルーがその写真を所持しているところを見てもそれが誰なのか分からなかった。
「……ササミヤ伍長、分かったな」
 アスランのよく通った声が、マナミの思考を中断させる。
「え……あ、と……」
 考え事をしていたため、当然ながらアスランが何を言ったのかは分からなかった。アスランの眉毛が徐々に吊り上がっていく。それと共にマナミの焦りも募っていく。
「その通りだよ、マナミちゃん。僕も隊長の意見に賛成かな。ファンネルはまだ負担が大きいから、なるべく使わない方がいいと思う」
 ニコルが少々わざとらしい口調で横からアスランの台詞を繰り返す。
「は、はい! 分か……了解しました」
 アスランの眉の角度が水平に戻るのを見て、マナミは内心で安堵し、かつニコルのフォローに感謝した。彼のこうした細かい配慮のおかげで、何とかこの部隊の中でやってこれたと言って良い。
 その品性豊かな顔に一瞬だけ苦笑が通り過ぎた後、ニコルはアスランに向き直る。
「それにしても隊長。衛星内の敵戦力はどの程度なんでしょうか?」
「MS小隊がいくつか存在するらしいが、戦艦クラスは配備されていないらしい。だからこそ、今回の作戦の目標になったんだろうが」
 アスランの言葉を聞きながら、マナミはさり気無くステラを窺い見る。いつまでも石ころを奪い合っているだけでは、戦局全体に何ら影響は無いというステラの言葉を思い出した。アスランの表情を見れば、彼もステラと同じ考えである事が何となくではあるが感じられた。
「ともかく、俺達はこの作戦に参加するように上から命令された。なら、それに従うしかない。文句を言うのは作戦が終わってからだ」 
「そんな優等生振らなくても、素直に上層部のご機嫌を取りたいって言ったらどうです? 隊長殿」
 建前と本音の境界を弁えない不届き者が口を挟んだ。アスランは表情を険しくして(若干殺気など放ちながら)その不届きな発言者を見据える。言った本人は悪びれた様子もなく軽薄そうな笑みを浮かべていた。
「カガリさん。そういう言い方は止めなよ」
 アスランが口を開く前にニコルが横から注意を促す。カガリは肩をすくめて自分が搭乗するMSへ向かって行った。
「アスハ軍曹、まだ機嫌が直ってないみたいですね。気にする事ありませんよ隊長」
「分かってるさ、口先だけで実績も示せない自称エースの言う事を気にしてるほど暇じゃない」
 わざわざ聞こえるように言った声に、カガリが怒気を漲らせた表情で振り返った。
「誰が自称だ!」
「どうしたんだ? 誰もアスハ軍曹の事だなんて言ってないぞ。それとも、何か心当たりでもあるのか?」
「ぐ……!」
 言葉を詰まらせ、怒りを発散させるような荒い動作でデミックのコックピットへ飛び上がる。無重力空間でなければ、彼女の脚力がどれ程のものか明らかになったろう。
 カガリの反応を楽しんでいるに違いないアスランの意地悪な笑み。胸中では『ざまを見ろ』とでも呟いているのだろうか。
「隊長も人が悪いですね。カガリさん、益々頭に血が昇りますよ?」 
「だが、今回は後方支援で遅れて出撃するからな。いくらあの単細胞でも、前に出ようとは思わないだろ」
「そうじゃなくて、ああなったカガリさんに八つ当たりされるのはマナミちゃんだって事です」
 微苦笑を洩らし、ニコルは左方向に視線を投げる。アスランも同じ方向を見た。2人の視線の交差点に立っていた黒髪の少女は、気持ちが半歩ほど後退する。それを動作に結び付ける事を辛うじて堪えたのは、マナミの成長を物語っているのかどうか判断が難しい。
「3週間前の話、隊長だって忘れてないでしょう?」
「ああ、そうだったな」
 問題行動の多いカガリに対し、アスランが本気で説教した事があった。その後、説教から解放されたカガリはマナミの襟首を掴んで無理矢理格闘訓練に付き合わせたのだ。それはカガリにとっては訓練という名の憂さ晴らしであり、マナミにとっては訓練という名の拷問だった。その結果、マナミは丸1日ほど筋肉痛でベッドから動けない状態になってしまったのである。
 2人の会話からその件を思い出したマナミは顔を強張らせる。またあのような事になるのは御免被りたい。
「あの時はカガリの奴も珍しく反省してたな」
「仮にカガリさんがまたああいった行動に出た場合、どうします?」
「ふむ……」
 形の良い顎に指を添え、思案顔になるアスラン。すぐに何かを思いついたような表情でMSに乗り込む直前のカガリの背中に声を掛けた。
「この作戦中にアスハ軍曹の撃墜数がルーシェ少尉のそれを上回ったら、ガイアの専属パイロットにしてやってもいい」
「何ぃ!」
 コンマ1秒ほどの誤差で反応するカガリ。
「嘘じゃないだろうな!」
「嘘だったら、トイレ掃除でもしてやる。しかしな軍曹。それはおまえがルーシェ少尉以上の戦果を上げてからの話だ」
「へ! 言われなくてもそのつもりだ!」 
 吐き捨てるように言って、カガリはマナミの背後に佇んでいる金髪の少女に棘の含んだ視線を向け、自らの搭乗機内で体を滑り込ませた。
「これで、アイツの意識はルーシェ少尉へと向けられたわけだ」
 冗談混じりにステラへ目を向けようとしたが、件の人物はカガリなど眼中に無いらしく、既に黒いMSへ歩を進めていた。
「マナミちゃんの代わりに、ルーシェ少尉が迷惑を被る事になりますけど」
「カガリがステラの奴に突っかかるのはいつもの事だろ」
「それもそうですね」
 ニコルとの会話を終え、アスランも自身のMSへ向かう。その後姿を見送りつつ、ニコルはやれやれと言いたげな表情をマナミに向けた。 
「さて、僕達も行こうか。マナミちゃん」
「は、はい」
 ニコルのフォローや心遣いに助けられている乗組員は多いだろうが、そんな彼が何故この部隊にいるのか、マナミには分からない。
(もうちょっと階級とか高くてもいいような気がするけど……)
 そう思った事が1度ならずあった。そしてもう1人、マナミがそのように感じる人物がいる。その人物は日頃からカガリに『鉄面皮のむっつり女』だの『陰険な根暗女』だのと言われている。
(別に、カガリさんが言うほど悪い人じゃないと思うけど……お姉ちゃんに似てるし)
 後半が完全に個人的意見である事に、マナミは自分で吹き出しそうになった。マリューがMSの脚の陰から訝しげな視線を送っているが気付かない。
 胸元にはいつもと変わらぬロケットの感触。ノーマルスーツを着用する際にも決して肌から離す事は無いソレは彼女の命とも言える物だ。
「おい、ササミヤ伍長。グズグズするな」
 コックピットのハッチから身を乗り出したアスランが、いつまでも搭乗準備をしないマナミに鋭い声を発した。慌てて灰色のMSに向かうマナミの小さな背中を、アスランは呆れた表情で見送る。
 第13独立実験部隊所属と第3機動部隊は、間もなく軍事衛星アルメリアが存在する宙域へと入ろうとしていた。
 
  



 第1話 「問題児達の現状認識」―――――完

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