猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS7

はやて×ブレードSS
 
『#外伝  案ずるよりバカが易し』



 天地学園。
 かなりの規模を持つ巨大な学園だが、生徒は女子のみ。それだけなら普通の女学院であろう。ここが普通と異なるのは『剣技特待生』と呼ばれる独自の制度を施行している点である。
 剣によってその道を極めたい者。金銭を欲する者。名声を欲する者。権力を欲する者。野望を持つ乙女はこの学園にて剣待生となり、互いにその腕を競い合う。この余りにも独特の制度に敬遠されがちだが、剣の腕さえあれば何でも手に入ると言われている。
 剣と言っても真剣でなく木刀を使用し、競い合うと言っても必ずしも相手を倒す事が目的ではない。
 基本的に剣待生は、学内では鞘に収めた木刀を常に身に付けていつ来るとも分からない『星奪り(ほしとり)』に備える。
 星奪りというのは剣待生が2人1組のペアとなって2対2で戦うシステムであり、相手の肩にある星の印が縁取られた肩章を木刀で叩けば勝利となる。チームメイトは『刃友(しんゆう)』と表現され、それぞれ『天』と『地』というポジションが存在する。天が攻撃を担当し、地が防御を担当する……と言われているが、それほど厳密な規定があるわけではない。天が防御に徹しても良いし、地が攻撃を重視しても構わない。たが、星奪りの勝敗は天が身に付けている星の肩章が木刀で叩かれれば負けとなる。逆に勝つためには相手の天の肩章を叩くわけだが、それが出来るのは天のみ。つまり最終的な勝敗を決めるのは天のポジションにいる刃友なのだ。自然、天が攻撃を担当して地がそれを援護する形になる。もしくは地が相手の動きを封じて天が止めを刺すというやり方もある。地も星を身に付けてはいるが、天と違って見えない位置に付ける事が原則となっている。制服越しに腰や背中に付ける者が多いが、これを『影星』と言う。地はこの影星を叩かれた瞬間に行動権を失い、天を護る事が出
来なくなる。仮にそうなっても天が相手の天の星を落とせば勝利する事が可能だが、その際は必然的に2対1の戦いを強いられる。しかも天は左肩という相手に見えやすい位置に星があるのだ。
 星は1つで4ポイント。このポイントによってランクが付けられる。下からD・C・B・A・特A・Sの7階級。星奪りは例外や特例を除き、同じランクの者としか戦えない。Cランクの者はCランク同士。BランクはBランク同士。1勝する度に5万円の賞金が付与され、ポイントが一定数を超えればランクが上がり、その際は100万円の褒賞金が出る。金銭を欲する者が剣待生になるのは、この賞金や褒賞金が目当てなのだ。
 星奪りは不定期で、いつ始まるかは分からない。登校時刻から下校時刻までの間に専用の鐘が鳴った時点で開始。それが授業中であろうと休み時間であろうと関係なく、鐘が鳴れば学園の敷地内(校舎内と敷地外で戦うのは基本的に禁止)は乙女達による剣舞のステージに早変わりする。ちなみにランク毎に戦うエリアが定められており、通常の星奪りで違うランクの剣待生と戦う事は出来ない。開始後は3分毎に鐘が1回鳴らされ、5回目の鐘で終了となる。つまり制限時間は15分。これを過ぎれば、どのような状況だろうとそれ以降は次に鐘が鳴るまで剣を振る事は許されない。
 そんな天地学園で、今日も鐘の音が戦いの始まりを告げた。



(今ので4つめ……)
 黒を基調とした制服を身に纏う中等部2年。Bランカーの貴水蒼(たかみ そう)は、鐘の音を数えながら斜め上方からの攻撃を木刀で防いだ。肩口で揃えた髪。幼い顔立ちに加え、極めつけは140センチという身長のせいで未だに1年生に間違えられる事がある。
 上からの攻撃を無理に防いだため、体勢が僅かに崩れた。相手の身長は160センチほどだろうか。相手は20センチの差を利用して上から蒼の肩を狙っている。その肩には「天」たる蒼の星が輝いていた。
 上からの攻撃を掻い潜り、上手く相手の懐に飛び込む事が出来れば良いのだが、そう簡単に事は運ばない。
 体勢を整えようと1歩引いた時だった。タイミングを合わせていたかのように、相手が打突の構えを取る。
「あ……!」
 読まれていた。
 体を捻って回避を試みる。星を庇ったため、相手から見て体が右斜め前方を向く。しかし、それがフェイントであった事に気付いた時には、相手は蒼の左へ回り込もうとしていた。動から静へ。静から動へ。鮮やかなものだ。
(いけない!)
 そう思った直後には背後を取られていた。咄嗟の事で反応が出来ない。星を取られる事を覚悟する蒼だが、その時、一陣の風が両者の間に割り込んだ。即座に鼓膜を叩くのは木刀同士のぶつかり合う音。
「蒼、しっかりなさい!」
 風は叱咤を浴びせてきた。
「みずちさん!」
 蒼が安堵したように笑みを浮かべる。風の正体は中等部3年生の浅倉みずち。貴水蒼の刃友で、日本人形よろしく真っ直ぐ下ろした髪とどこか影を含んだ落ち着きある瞳を持っている。地であるみずちが援護に来たのだ。
 そのまま天と数度打ち合ってやり過ごす。見れば相手ペアの地は息が上がっていた。
(やっぱり強いなぁ。みずちさんは……)
 彼女が天ならばこの試合はすぐに終わっているだろうが、蒼に地の役割を背負わせるには荷が重いため、このような形となった。
 一旦退く相手の天。呼吸を整える地。こちらも体勢を立て直し、地のみずちよりやや後方に下がる。
「時間が無いわ。鐘は後1つ……体力的にこちらが有利だから一気に畳み掛けるわよ!」
「はい!」  
 みずちが駆け出した。制服の黒も相俟って、黒い旋風のようにも見える。それに見惚れる時間が許されない事を内心で惜しみながら、蒼もみずちに続いた。時間が無い。天の星を落とせるのは自分だけ。
(いつまでもみずちさんに助けてもらってばかりじゃ……!)
 渾身の思いが、まるで脚に乗り移ったかのように軽やかに動いた。
 みずちが相手の天の体勢を崩す。次いで援護に行こうとする地に跳んだ。入れ替わるように蒼が天に向かう。
(行ける!)
 木刀を握る手に力を込め、振りかぶる。そして、彼女は見事に――。

 ――見事に足元の石につま先を引っ掛けた。

「え――」
 一瞬、時が止まったように蒼には思えた。景色が縦に回転し、目の前に地面が迫る。だが、蒼の渾身の走りはそのまま地面に叩き付けられる事を良しとせず、豪快につまづいた体は勢いを緩める事無く、砲弾よろしく飛んだ。前方の、つまづいた蒼に呆気に取られている天に向かって……。
 4種類の音が発生した。
 2人分の悲鳴と激突音と何かが地面を転がる音。そして鐘の音。
 本日の星奪りはこうして終了した。



「……とりあえず、あなたは馬鹿ね」
「……はい」
 昼休みの喧騒に包まれた天地学園の廊下。
 頬と額の隅に絆創膏を貼り付けた蒼を見て、みずちは改めて溜息を洩らして歩き出した。蒼も黙って付いてくる。
 結局今回の星取りは蒼のドジによって決着しないまま終了してしまった。あの後、対戦相手と共に保健室に直行したみずちは蒼の愛嬌ある顔に絆創膏を貼りながら、対戦相手に刃友の非礼(?)を謝罪した。笑って許してはもらえたが、みずちは勝負を台無しにした刃友の失態に対する怒りとやるせなさと恥を内包したまま、その後の時間も過ごさなくてはならなかったのだ。
「そんな調子だと、ランクの昇格どころか維持する事も難しくなるわよ?」
「……はい」
「特に今日の星奪りでもそうだけど、防御を意識し過ぎて攻撃が疎かになってるわ」 
「……はい」
「相手に主導権を握らせないためには、こちらからも攻めないと」
「……はい」
「あなた、ちゃんと聞いてるの?」
「……はい、聞いてます」
 そして当の本人といえば、先ほどずっと消沈している。おそらく内包しているものはみずちと似ているだろう。勝負を台無しにしてまった無念と、刃友に恥をかかせてしまった不甲斐無さと、ぶつかった相手に対する申し訳なさと、とんでもない珍プレーを演出してしまった恥。それらが入り混じって最初は真っ赤だった蒼の顔が、今では化粧を施したように白くなってきている。
 みずちとしては何か言葉を掛けてやるべきなのだろうが、色んな意味で疲れてた今の精神状態ではそれも出来そうにない。鈍った思考のまま廊下を歩く。
「あれ? みずちさん……」
 振り返ると後ろから付いてきていた蒼が少し離れた場所に立ち止まっている。
「トレーニングルームはこっちですけど?」
 そういえば、昼休みに自主トレの約束をしていた事をすっかり忘れていた。
 少しばかり考えてからみずちは口を開く。
「……今日は中止よ。あなたも休んでいなさい」
「え、でも……」
「今はそんな気になれないの。じゃあね」
 背中を向けたまま軽く手を挙げ、去っていくみずち。それを呆然と見送りながら、蒼は言い知れぬ不安を抱く。その視線の先にはみずちの腰にある剣の鍔に金属の輪が取り付けられている。番戒(つがい)と呼ばれる刃友の証だ。蒼の剣にも色違いの番戒がある。それは浅倉みずちと彼女を結ぶ確かな絆……であるはずだ。
(呆れられたのかな、みずちさんに……)



 昼食を盆に乗せ、テラスに空いている席を見つけてそこに腰を下ろす。
 フォークを弄びながら蒼は少しばかり過去の事を思い出した。
 彼女、貴水蒼は2年の時にこの学園へ転入してきた。父親が経営していた工場が潰れ、その借金を返すため、幼い頃から剣道をやっていた彼女がその返済のために剣待生となった。しかし、途中参加の生徒が最初にぶつかる難関は刃友探しである。星奪りに参加しても刃友がいなければ意味が無い。刃友がいない剣待生は単刃者と呼ばれるが、その単刃者が相手の星を落としても無効試合となる。逆に単刃がペアに星を落とされた場合は有効になってしまう。元々、星奪りとはペアで参加する事が条件なのだから当然ではある。とにかく、蒼が借金を返済するためには刃友を見つけなくてはならない。途方に暮れていたところに現れたのが現在の刃友、浅倉みずちだった。
 彼女と共に事務局へ赴いて楔束届け(けっそくとどけ)に署名と捺印を行い、番戒を交換した。こうして蒼は1年上の先輩とペアを組み、正式に星奪りへ参加する事になったのだ。刃友たるみずちのおかげでBランクまで勝ち進んで来れたのだが、このような調子ではいずれ楔束解消という事になってしまうかもしれない。
「やっぱり私……みずちさんの足手纏いになってるかなぁ」 
 何度か抱いた深刻な不安が蒼の胸に去来する。
 浅倉みずちには、入学する以前から組みたかった剣待生がいたのだが、その剣待生には既に刃友がいた。蒼が転入する以前の話だが、その剣待生と刃友の間に事故が起きて楔束解消となったそうだ。その時、みずちは当時楔束していた刃友と半ば強引に解消してその剣待生の許へ行ったが、剣待生はもう誰とも組むつもりはないとはっきり断ったそうだ。しかしその後、件の剣待生は新しい刃友を得た。
『それでも、今でも自分の刃友は彼女しかいないと思っている』
 みずちがそのように語った事を今でも蒼は覚えている。
「はぁ~……」
 思考に行き詰まり、長めの溜息で胸のモヤモヤを吐き出す。全く、自分は何を塞ぎ込んでいるのだろう。みずちは蒼が抱えていた借金の問題を解決してくれた。心配事が減れば星奪りにも打ち込めるだろういうみずちの計らいである。彼女にはいくら感謝しても足りない。だからこそ、少しでも剣の腕を上達させ、彼女の役に立ちたいを思っているのだが。現実は蒼が思うほど甘くはなかった。
 蒼は改めて溜息をつきかけた、その時。
「やっほー! あおちゃーん!」
 威勢の良い声と駆け足の音が近付いてくる。
 食欲も減退し、フォークでサラダを掻き混ぜていた蒼が顔を上げると、小柄な生徒が食事の乗った盆を手にやってきた。
「ちょうど良かった。あたしとウィズご飯だよ! あれ? 顔の絆創膏があるけど家庭内暴力の証?」
「違うよ。さっきの星奪りでちょっとね……」
「そっかそっか。あたしなんてしょっちゅーだよ」
 この世に不幸な事など無いというような満面の笑みで隣に座ったのは、半年遅れで入学した中等部1年の黒鉄はやて(くろがね はやて)。蒼と同じく肩口までの長さの髪だが、天辺に何故かアンテナのように突き出ている部分がある。彼女の人間性を例えるならば、光り輝く鉄砲玉といったところか。呆れるくらいに素直な少女で、今の蒼のように深刻に落ち込むという事を知らない。2人はそれぞれ1年生と2年生だが、身長が同じという事も手伝って数日で親しくなった。
「はやてちゃん、いつも元気だね」
 思わず苦笑いしながら、料理にがっつくはやてを見つめる蒼。だが、平穏を破る事件は突然起きた。
「ほーへん! へんひはあはひのひゃーふほいんほ……ヴぇは!」
「は、はやてちゃん!?」
 喉が潰れたかと思えるような声を出し、首を押さえるはやて。ハムスターの如く料理を口に放り込んだから当然といえば当然である。
「ヴぉ! ヴぇずばー……」
 わけの解らない呻き声を上げるはやての顔が、トマトの生育を早送りするかのように赤くなっていく。慌てて彼女の背後に回り、背中を叩く蒼。
「あ、慌てて入れ過ぎだよはやてちゃん! 」
 蒼の処置も目に見える効果は無い。このままでは冗談抜きで生命の危機である。明日には『天地学園の剣待生、食事中に喉を詰まらせ死亡!!』などというタイトルが朝刊の書面を騒がすのだろうか。
「はやてちゃん、しっかり! 記事になったら私、絶対インタビューされるよ! 警察で事情聴取とかされるよ! そういうの苦手だし、もしかしたら私が犯人にされるかもしれないよ! そしたらみずちさんが真犯人を捕まえて事件解決! 晴れて私は自由の身にー!?」
「とりあえずその意味不明な想像を中断して、私と変わってくれないか?」
 冷静な、あるいは呆れた声に振り返ると、そこには眼鏡を掛けた目つきが多少鋭い上級生が立っていた。
「無道さん!」
 黒鉄はやての刃友、無道綾那(むどう あやな)。彼女こそ、かつてみずちが刃友として望んだ人物である。
 綾那は刃友の存在に気付かない……否、気付く余裕の無いはやてを背後から両腕で抱き込み、そのまま持ち上げる。
「こういう時は……」
 全身の筋肉を使い、力のベクトルを上から後ろへと変化させていく。
「こうやるんだ!」
 そう、それはゴッチの必殺技として有名であり、ストロングスタイルの象徴と称された。現在はプロレスの選手のみならず漫画やアニメのキャラまでもが使用しているが、かつてはその難度の高さからゴッチ、猪木、マツダの3人しか使う事が出来ないとまでされた。『原爆固め』もしくは『人間橋』。またの通称を……。
「ジャ、ジャーマン・スープレックス・ホールド!」
 蒼の叫びに合わせ、綾那の体が華麗な曲線を描いた。
「ヴぃぼんぼうごぐぎ、えいごーバレー!」
 はやての奇声の直後、巨大な杭がコンクリートに打ち込まれたような音が響き渡る。手加減無しのエネルギーが、決して脆くない天地学園の地面に敷かれたレンガへ叩き付けられた。
「ふう……」
 爽やかに額の汗を拭う綾那。その足元では小柄な剣待生が頭から地面に刺さっており、体が痙攣している。時折、妙な呻き声が聞こえてくるのは気のせいだと思いたい。
「は、はやてちゃんが……」
 あまりの出来事に尻餅をついていた蒼。もう誰とも組まないと言っていた無道綾那が、改めて選んだ刃友は10秒間の臨死体験の後にネジを巻いた玩具のように突然動き出した。首をレンガから引き抜き、綾那の方を見る。
「あれ? ここはどこ? あたしは誰?」
「はやてちゃん!? 記憶が……」
 慌てた蒼を綾那が冷静に制する。
「そうかそうか、ならおまえの記憶を戻すにはどうすればいいんだ?」
「もちろん! ステッキーな王子様から愛のキ……」
 唇を突き出しながら、ピョンピョンとウサギのように跳ねて綾那に近寄っていくはやてだったが、即座に綾那に頭部を掴まれて再び地面へ叩き付けられた。
「ショック療法。記憶喪失を治す1番手っ取り早い方法だ」
 今度は顔面だったため、起き上がったはやてが顔を上げると派手に鼻血が吹き出している。
「うぅ、痛い……綾那の愛が痛いよ……」
 蒼から貰ったポケットティッシュを丸めて鼻に詰め込む。信じ難い事にダメージはそれだけのようで、脳天からレンガに叩き付けられたのは痛いの一言で済むのだ。この少女の場合は。
「あ、相変わらずですね……お2人共」
 リアクションに困りながら蒼は綾那とはやてを見比べる。
「ああ、この馬鹿には毎度ながら手を焼く。それでどうだ? 喉に詰まっていた物は取れたか?」
 慌てて食べるな阿呆、と綾那ははやての頭を小突く。一般論では説明が付かないが、この2人はこれで上手くやっているようだ。実際、彼女らは最下層のDランクから星奪りをスタートさせたのだが、僅か2ヶ月後にはBランクに昇格した。皮肉にもそのBランクの昇格は蒼やみずちとの戦いによって実現している。実際、その時の2人を見て蒼は納得した。
(この人達は、ちゃんとお互いを信頼し合ってるんだ)
 自分達の場合はどうだろう。自分はみずちの事を全面的に信頼しているが、向こうはどう思っているのか。足手纏いなどと思われているのではと、時折考えてしまう。
「ヤレヤレ……今日もアツアツですなぁ、御二方」
「あ、じゅんじゅん! 聞いてよー。綾那ってば食べ物に喉が詰まったくらいで大騒ぎしてさー」
「ほほう、やっぱ最愛の夫の危機にはさすがに綾那さんも冷静さを欠きましたかー」
「そうそう。あんまり激しくするもんだから、あたし壊れるかと思っ……」
 はやてと、たった今現れたもう1人の人物が綾那の鉄拳制裁によって沈んだ。
「おまえらはそこで壊れてろ!」
 使用直後の拳から煙を噴かせながら、綾那は肩をわななかせている。
「あちゃー……」
 蒼は口元に手を当てながら、頭にタンコブを作って蹲っているはやてともう1人の3年生、久我順(くが じゅん)を見比べる。癖の無い髪は、みずちより大人しい日本人形という印象を受ける。しかし外見に反して実態は全く逆で、飄々とした性格な上に、寮で同室の綾那をからかっては今のように鉄拳を浴びているらしい。しかもいかがわしい内容の本を何冊か所持しているという噂があるが真偽のほどは定かではない。
「あ、やな……いくら恥ずかしいからってそんな本気で……」
「本、当だよ、ね……綾那は照れ屋なんだからさ……」
 鉄拳を浴びてもめげずに冗談口を叩く様は逞しいというか愚直というか。とにかくこれを刃友や友人とのじゃれ合いというのだろうか。何か間違った方面にじゃれている気がしないでもないが。
(そういえば……)
 ある事を思い出して蒼は順の方を見る。
 彼女の刃友は生まれつき重病らしく、現在は手術を受けるために入院しているという。成功すれば完治するとの事だが、その刃友は順に自らの剣を預けた。会長に直談判して順1人でも星奪りに参加できるよう要請し、会長は順が天と地両方の剣を所持して楔束解消時と同様に持ち星を半分にするという条件で許可を与えたのである。
「ん、何? 蒼ちゃん。あたしに惚れた?」
 綾那やはやてとのじゃれ合いに1段落を付けた順が蒼の視線に気付き、邪な笑みを浮かべる。
「い、いえ、そういうわけじゃないです。ただ……」
「なぁんだ違うの? あたしは歓迎なんだけど」
「もういっぺん殴られたいのか?」
 本当に残念そうな順に綾那が拳を握りしめた。
「キャー! はやてちゃん。綾那が」
「こら綾那ぁ! 羨ましいからって八つ当たりするなぁ! 嫁がそんな調子じゃあたしが……」
「誰が嫁かぁ!!」
 再び騒ぎ出したはやてと綾那を疲れたように見つめながら、蒼は椅子に座りなおした。手元の昼食はすっかり冷めてしまっている。
「それで? 何かあたしに言いたかったんじゃない?」
 隣の椅子に順が腰掛ける。
「いえ、私はただ久我さんが1人で星奪りに参加してるって聞いたから、大変じゃないかなって思っただけです」
「ああ、その事……」
 テーブルの上で肘を立て、手の甲の上に顎を乗せる。何か遠くにあるものを見据えるように、目を細める順。
「そうね。大変と言えば大変だけど、あたしの刃友はあたしなら大丈夫だって信じて託してくれたから」
「でも、わざわざ2刀流で戦うのは大変じゃないんですか?」
「まぁ確かに星奪りを優先させるなら、天の剣1本使えば済むんだけど……それだと何か、ね」
 自分だけではなく、刃友も今は己の病と戦っている。自分達は2人で戦っているのだという事を実感するために2本の剣を使用するのだと順は語った。その結果、会長からは『両刀使い』などという大変ありがたい異名をもらってしまったわけだが。
「あたしが2本の剣を使い続ける限り、あの子も一緒にいる。そんな気がするんだ」
「そう……なんですか」
「うん、柄じゃないってのは分かってるけどさ」
 気さくに笑いながら、背もたれに体重を預けて両手を頭の後ろに回す。刃友は完治すれば戻ってくる。しかし、だからこそ1人で戦っているような気分になりたくない――自分と刃友とを繋げるために、彼女は2刀流となった。
(離れていても心はいつも一緒……か)
 ひと昔前の白黒の恋愛映画のようなフレーズを思い浮かべ、こっそり苦笑する蒼。詰まるところ、それが彼女と彼女の刃友の関係なのだろう。仮に、一時的にせよみずちと離れ離れになってしまった場合、自分は順のような意志を保てるだろうか。
「じゅんじゅーん! あおちゃーん! たーすーけーてー!」
 調子に乗って綾那を挑発し過ぎたのか、卍固めを極められたはやてが助けを求めてきた。
 その直後、昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。 
 


「ねぇねぇ聞いた? 星奪りの時、浅倉さんの刃友が相手に派手な体当たりをかましたそうよ?」
「うん知ってる。それを知った会長がツボにハマったらしくて、昼休みの間ずっと笑いっぱなしで昼食が取れなかったんですって」
 周囲のクラスメイトの、明らかに笑いを含んだ囁きを必死に聞き流している内に、いつしか刃友の未熟を叱る気が失せてしまったみずちだった。保健室にて対戦相手に土下座までしていた蒼であるから、きちんと反省はしているだろうが。
「全くあの子は……」
 今度は足許に気を配るように指導しておくべきか。無道綾那や黒鉄はやてとの一件以来、どこか成長したように思えたのだが、星奪りに関してはまだまだ自分がしっかりと監督していなくてはならないようだ。
 1年後輩の刃友に、何を教えるべきか思案するみずち。彼女自身は気付いていないようだが、以前はクラスメイトから近寄り難い印象を持たれていた。それが最近は変化し、時折柔らかい笑みを浮かべるようになって付き合い易くなったと好感を抱かれているのだ。



 クラスメイト達と校舎を移動中、ざわめきが起こった。蒼がそちらに注意を向けると白装束の人物が2人。廊下を横切るところだった。 
「会長よ会長。宮本先輩も一緒だわ」
 黄色い囁きが周辺で交わされる。
 2人の内、前を歩いているのは高等部2年の学園理事兼学園長権生徒会長である天地ひつぎ(あまち ひつぎ)。高級な絹糸のような長い髪。きつめに締まった表情は迷う事なく前方を見据え、それが彼女の人となりを表している。名前からも解るように彼女がこの学園の創立者である。また創立者であると同時に彼女そのものが学園のルールと言っても良い。彼女が是とすれば、規定外でも是となる。一例としては久我順に対する処置がそれに当たる。かなり風変わりな性格で自分が楽しい、面白いと感じる者には特別扱いを施すと同時に質の悪い試練を与える。上昇志向の者を歓迎し、それが無い者は叱咤激励や挑発などを行って無理矢理にでも上昇させる。掴み所の無い雲のような人物。天地ひつぎとはそういう存在だ。ちなみに彼女自身も剣待生である。
 もう1人、天地ひつぎに影のように付き従っているのは高等部1年の宮本静久(みやもと しずく)。天地ひつぎの刃友であり、星奪りの鐘は彼女が鳴らしている。少年のように短く纏めたショートヘアに白い鉢巻をしている様は、まるで時代劇に出てくる新撰組だ。
 2人は通常、学園の生徒が着ている黒を基調とした制服ではなく、白い制服を纏っている。それは最高ランクのSに昇格した者にのみ寄与される白装束である。
 天地ひつぎに宮本静久。事実上、学園最強の実力を持っているのはこの2人だと言って良い。
「待って下さいよ、ひつぎ様~!」
 何やら情けない声と共に彼女らを追いかけていく白装束の生徒が1人。
(あの人は確か……)
 眼鏡を掛け、アップにした髪が特徴。蒼は記憶回路の隅々まで探索したが、その人物の名前が中々見当たらない。
「置いてくなんて酷いじゃないですかぁ~。どうしていつも……」
「うるさいですわよ、帯刀(たてわき)」
 ひつぎの凛とした声でようやく判明したものの、名前までは分からなかった。
「うわぁ~ん! どうしていつもイジワルなの、ひつぎ様~」
「とりあえずその鬱陶しい顔を近付けるのはお止めなさい」
「まぁまぁ、ひつぎさん」
 ひつぎを宥める静久だが、何故かそれが帯なんとか言う生徒の神経を逆撫でしたらしい。
「アンタのせいよ静久! アンタが会長に江戸時代に作られた接着剤の如くベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタべとくっついてるからー!」
「な、何で私なんですか! というか例えがよく分からないしベタの数が多いし何故か最後がベで終わってますが!?」
「細かい事をイチイチイチイチイチイチイチイチイチイチイチイうるさい!」
「またしても多いし最後がイです!」
「うるさいですわよ! 帯刀!!」
 ひつぎの一喝。それは一喝というにはあまりにも凄まじい声量だった。いや、そもそも1人の人間が、10メートル以上は離れている蒼達全員の鼓膜に耳鳴りを発生させるほどの声が出せるものだろうか。
(み、耳が痛い……)
 両手で耳の無事を確認しながら顔をしかめる蒼。
「ひつぎ様ぁ~、何で私だけぇ~」
「あなたは少し静かになさい。でないと精神衛生上の問題が残るわ」
「か、会長! それはいくらなんでも……!」
 そのままそのやり取りを継続しながら去っていく天地ひつぎと宮本静久とた……なんとかいう眼鏡の生徒。
 耳鳴りが止んだ後、学園のスターを見た直後とあってやや興奮気味に語り合うクラスメイト達(ちなみに眼鏡の生徒については誰も触れなかった)。その中で蒼は脳裏に天地ひつぎと宮本静久の立ち位置を、みずちと自分に置き換えてみたが、すぐに頭を振ってその大それた妄想を追い出す。
(みずちさんはともかく、私じゃ無理よね)
 目の前の星奪りに対応するだけで精一杯の自分では、あのような異彩を放つ存在には到底なれそうもなかった。


  
 夕日が天地学園の敷地にも降り注ぎ、真新しい校舎の壁を赤く染め上げる。
「ふぅ……」
 教科書を鞄に詰め、蒼は制服の襟を整えた。今日はみずちと一緒に帰る約束はしていない。あのような事があったので、蒼としても顔を合わせ辛い。
(結局、刃友って何なのかなぁ)
 星奪りのハードルを上げるため。友人を作るため。協調性育成のため。方便は色々あるだろうが、蒼は自身の中にある刃友に対する確固たる認識が、未だ確率できずにいた。
(みずちさん、本当はもっと実力はあるはずなのに……私なんかが刃友でいいのかなぁ)
 そんな風に考えるのは初めてではない。だが、今日はその自問が妙に胸に重く圧し掛かってくる。足取りも徐々に重く感じられるようになった。
(私より実力が上の単刃者って、探せばいるとは思うんだけど……)
 無論、そんなに都合良くはいかない。例え実力があったとしても、息が合わなくては星奪りで勝つ事など不可能だ。
(でも、私もそれで時々失敗してるし……)
 こうなると、蒼の思考は堂々巡りとなって、ついには暴走を始める。しかしこの時は、たまたま耳に入った話し声によって思考が中断されたため、みずちが頭を抱えるような事態にはならなかった。
(何だろ……?)
 話の内容は聞こえないが、どうやら口論しているらしい。
 声のする方へ歩を進めていくと、当然ながら話の内容が汲み取れる。場所は階段付近の用具室前だろうか。
「だからって桜花、あそこまでしなくても……」
「フン、私に恥をかかせたんだからあのくらいは当然よ」
「だけど……」
 盗み聞きは趣味ではないが、何となく気になってしまった蒼は足音を忍ばせて用具室への曲がり角まで近付き、慎重にその大きめの瞳で覗いた。
(あれは……)
 顔は知っているが、見かけた事があるという程度だ。同じ中等部2年としか分からない。
 片方はウェーブのかかった艶やかな黒髪が肩にかかっており、瞳の光は冷たかった。さらにもう1人は癖の無いセミロングのストレートヘアで、蒼と同じように大人しそうな顔立ちをしている。
「桜花が周りからなんて言われてるか知ってる?」
 ストレートヘアの方が呼びかける。するとその相手は桜花という名前らしい。
(桜花って確か……)
 そこで蒼の記憶回路に電流が走り、桜花の名前を引き出す。
 鬼吏谷桜花(きりや おうか)。剣待生の間では評判が悪い。理由としては、卑劣な手段を平気で使い、残虐非道な性格から避ける人間も多いからだ。
(じゃあ、もう1人は宝田りおな(たからだ りおな)さんかな?)
 1年の頃、単刃者の中で宝田りおなが比較的まともだったという理由で、かなり強引に楔束させられたらしい。よく桜花のやり方に口を出し、それに対して桜花は手を上げるのだという。それが周囲からは『暴力を振るう夫と、それに堪える妻』という見方をされているようだ。
「黙りなさい!」
 蒼は頭の情報を整理し終えた直後、桜花がりおなに対して平手打ちを浴びせた。風船が破裂するような小気味だけが良い音が静寂な廊下に響く。
(うわぁ、ホントにやった)
 野次馬と化した蒼は完全に傍観者に徹していた。無論、本人はそれに気付いていないが。
「あなたはいちいちうるさいのよ。つまらない事ばかり言ってないで私の言う通りにしていれば良いのよ」
 叩かれた頬を押さえ、顔を背けているりおなに対し、嘲弄を含んだ口調で言葉を投げつける桜花。その時、りおなが微かに花弁のような唇を動かした。
「……がう」
 それが聞き取れなかったのは蒼だけでなく、桜花も同様だった。
「何ですって?」
 また口答えする気か。桜花の冷たい瞳はそう語っていた。
「……違うよ」
 静かな、それでいて確かな声。自分という意思をしっかりと通した声。
「違うよ。こんなの……」
「……何が違うというの?」
 それまでのりおなの態度と違うので、多少気後れしたという聞き返す桜花。次の瞬間、りおなが顔を上げて強い瞳で桜花を見返した。それに驚いた桜花も咄嗟に言葉が出ないようだ。口を開き、りおなの言葉が紡がれた。
「ツッコミを入れるタイミングが違うのよ!」
 時間が止まった。
 蒼のみならず、桜花も、その廊下に漂う空気すらも凝固したような錯覚を覚えた。
 長い沈黙が支配する。その沈黙を作り出した当人は瞳を輝かせている。自分は何も間違った事を言っていない。そういう目だ。
「………………は?」
 永遠にも感じられた沈黙を破ったのは桜花の、些か間の抜けた呟き。
「は、じゃないよ桜花! 今のは早過ぎるわ! もう少ししたら私が『それはモモンガ修造さんだ!』ってボケるところだったのよ! ツッコむのはそこなの!」
「え、いや……」
 話が脱線、というのは的確な表現ではない。どうやら2人は並走しているつもりで、最初から逆方向へと走っていたのだ。
「しっかりしてよ桜花! そんなんじゃオーディションに受からないわ! 年末のM-1グランプリに出られないわ! バラエティー番組のゲストに呼ばれてネタをやらされるなんて夢のまた夢! ましてレギュラー番組の司会をやるなんてお笑い草のペンペン草よ!」
「あ、あの……」
 桜花の気の抜けた反応に、りおなの眉が吊り上がる。
「何やってるの桜花! 今のもツッコむところよ! それともまさか私が本気で怒ってると思った? そんな事じゃ駄目よ! いつ如何なる時でも芸人はボケとツッコミの信念を忘れてはいけないわ!」
 何やら励ますように、りおなは桜花の手を取る。
「大丈夫だよ。桜花はツッコミのセンスはあるんだから! 2人で頑張って、お笑い界の頂点に立ちましょう! コンビ名は……そうね、『モジャモジャ頭とパッツン少女』を略して『モジャパツ』に決まりよ!」
「だ……」
「だ?」
 わなわなと肩を震わす桜花。俯いた彼女の顔をりおなが覗き込む。
「誰がモジャモジャだぁぁぁぁ!!!」
 そう怒鳴り、りおなの襟首を掴むと拳で何度も殴りつけた。あっと言う間にりおなの顔から鼻血が噴き出す。しかし当人は――。
「ヴぇは! そうよ桜花! そのツッコミよ! ゲヴェ! これでお笑い界の明日はいただ……ブバ!」
 ――鼻血まみれになりながらも、かなり満足そうだった。
 


「……刃友にも色々あるんだなぁ」
 中庭を歩きながら独りごちる。あの2人の場合はかなり特殊な例に入るだろう。 
(でも意外だなぁ、宝田さんはよく知らないけど、鬼吏谷さんがお笑いに興味あるなんて)
 暴力夫に堪える妻などという構図は誤解であったわけだ。あの2人はあれで仲良くやっているらしい。将来のお笑いスターに今の内からサインでも貰っておくべきか。
 何か考え方が間違っているような気がしないでもないが、ともかく刃友とはああいった形も存在するようだ。
(私とみずちさんはどういう位置にいるんだろう?)
 ボケとツッコミの関係に例えると明らかに自分がボケになるのか。そんな少々ずれた思考のまま歩き続けている時だった。
「おお! あおちゃーん!」
 威勢の良い声で自分の名前を訓読みで呼ぶのは、彼女の知る限り1人しかいない。
「はやてちゃん?」
 振り返れば頭頂からアンテナを立てた、蒼と同身長の1年生がやってきた。他にも2人ほど友人を連れている。
 ビシッという音でも聞こえそうな動作で手を挙げるはやて。何事もハキハキとしている彼女特有の挨拶だ。はやてと共にいるのは2人の1年生。とはいえ、身長差の問題から上級生であるはずの蒼が見上げる形となる。
「貴水サンも今帰りですか?」
 独特のイントネーションで話しかけてきたのは生徒は髪を短く切り、前髪の一部だけが赤い。宮本静久以上に少年のような外見で、闊達そうな表情が一層その印象を強くする。彼女の名は吉備桃香(きび ももか)。寮では黒鉄はやてのルームメイトという話だ。
「うん、そうだけど」
 蒼の答えにはやてがその場で飛び上がる。つくづく思うのだが、この少女の体内にはバネでも仕込まれているのではなかろうか。
「あおちゃんも共に来るのよ! 一緒にドーナツの根城を不法制圧なのよ!」
「実は、ウチらこれから駅前に出来たっちゅう新しいドーナツ屋に行くとこですねん。良かったら一緒にどないですか?」
 はやての意味不明な日本語を、桃香が横から割り込んで解読してくれた。
「いやー、犬がそういう所に行った事無いって言うから、1つ付き合ってやろうかと思いましてな」
 犬というのはイヌ科の哺乳動物ではない。桃香の傍らに立っている女生徒の事だ。典型的な日本人の黒髪のはずなのだが、何故か左右に縛り分けられている彼女のソレは別の生き物のような不気味さを醸し出しており、生気が無いどころか全身から負のオーラを発しているように見えて仕方が無い。『魔界』とか『冥界』とかいう単語が人の形を模した、というのが最も適切かもしれない。犬神五十鈴(いぬがみ いすず)というのが彼女の名前であり、彼女が吉備桃香の刃友である。犬というのははやてや桃香が付けた愛称だ。
「……も、桃香さん……私やっぱり……」
 消え去りそうな、それでいて《何か》に憑かれているような声で、五十鈴は不安そうな瞳を桃香に向ける。顔立ちそのものは良く、大きくてつぶらな瞳には愛らしさがある。が、全身から立ち上る不吉な気配がそれを裏切っていた。彼女の存在自体が質の悪い霊などを引き寄せてしまいそうだ。
(そういえば、気のせいか肩が少し重いような……それに、誰もいないはずの後ろから視線みたいなのを感じるし……)
 だが、それを口に出すのは控えた。別に五十鈴自身に悪気があるわけではないし、本人が外見含めてそういった点を気にしているであろう。
「ナニ言うてんよ犬。心配せんでも大丈夫じゃけん!」
 そう言って五十鈴の肩に手を置く桃香。彼女は五十鈴のそういった不吉さは気にしていないようだ。
「はやてもウチも一緒やし、ウチも柄やないから滅多に行かんしな。おまえも買い食いくらい覚えろや。で、どないです? 貴水サン」
「うん、そうだね。お邪魔でなければ」
「おっけー! これであおちゃんも仲間だ! 一気に魔王だってやっつけるよー!」
 またも妙な事を口走って拳を振り上げるはやて。ふと蒼はある事に思い至る。
「はやてちゃん、無道さんは?」
 桃香は五十鈴という刃友を連れて来ているのに、はやての刃友たる無道綾那がいないのは何故だろう。
 蒼の疑問を受け、はやては両手を広げて首を振った。
「それがさー、聞いてよーあおちゃん。あやなってば折角あたしが誘ったのに……」
 そこで目の両端を真っ直ぐ伸ばす。綾那の顔真似のつもりだろうか。
「もうちょっとでクリアできるゲームがあるからそんな暇無いって。信じらんないよ! あたしとデートするよりゲームのキャラを攻略する方が大事だなんてさー!」
「あっはっはっは! いかにも無道さんらしくてええわ!」
 腹を抱えて笑う桃香。つられて蒼も少しだけ笑ってしまった。
「こらー! もかちゃんはまだしも、あおちゃんまで笑うなー!」
 ムキになったはやてが喰ってかかるのを宥めながら、蒼は何気なく五十鈴へと視線を投げる。彼女も僅かに笑みのようなものを浮かべていた。
(桃香ちゃんとは対照的だなぁ。確か犬神さんは桃香ちゃんと刃友になる前は、もっと暗かったって話だっけ)
 陰鬱さなど全く感じさせない桃香に対し、どこか影があるというか、そもそも影そのものに良からぬものが潜んでいるのではないかと疑ってしまうような五十鈴。
 能力というより性格的な面で2人は相性が良いのかもしれない。お互いの欠点を補い合える関係というやつだろうか。こういった関係は波長の合う人間同士よりも長続きするのだそうだ。
(私は駄目かな……)
 自分を省みて蒼は虚無感を覚えた。いつも補ってもらってばかりで、一体自分はみずちの何を補えるというのだろう。
「まぁ、とにかくこれで決まりやな。4人で行きますか」
「で、でも桃香さん! 私どうしていいか……」
「何や犬、そんなんウチらの真似しとったらええねん。食べきれんなら持ち帰ればいいわけやし!」
「だ、だけど……もし私が何か失敗して……」
 何やら不吉な予感を抱き、蒼は五十鈴の方を見る。先ほどから徐々に暗雲が立ち込めているのは気のせいだと思いたい。
「桃香さんに、恥をかかせてしまったら……」
「お、おい犬……?」
「犬ちゃん?」
「犬神さん?」
 桃香、はやて、蒼の順番で声をかける。だが、五十鈴は体内に発生した何かを押さえ込むように体を震わせていた。
「……おぉ」
「お?」
「おしまいだわああぁぁぁぁ!!!」
 突如、子供が聞いたら恐怖のあまり発狂してしまうのではないかというほどの奇声を上げる五十鈴。同時に周囲の空間が歪んだ。比喩ではなく本当に歪んだのだ。今少し正確に表現すれば五十鈴を囲むように黒い穴が空き、景色が吸い込まれて代わりに何やら得体の知れない物体が這い出てきた。
「%&$#(゜Д゜)!#%~!」
 雄叫びだったのだろうか。解読不能な音を発生させながらソレはのたうち回る。
「わ~! い、犬! 何を呼びおった!」
「犬ちゃん! 犬ちゃん落ち着いて~!」
「いや~! こっち来るぅぅぅ!」
 もう少し人数が多ければ、まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図だったろう。
 騒ぎの中心に立ちながら髪が別の生き物のように蠢いている《呪い人形》犬神五十鈴。
 突然、恐慌状態に陥った刃友を何とか宥めようとする吉備桃香。
 威勢良く喚きながら謎の物体から逃げ回る黒鉄はやて。
 あまりの出来事に腰を抜かしてその場でへたり込んでしまう貴水蒼。
 傍から見ていると微笑ましい光景であったかもしれないが、本人達は命懸けだった。
「”#%&”=~!!!☆」
 はやてを追っていた謎物体が軌道を変え、蒼の許へ突進してくる。まるで空気が腐っていくような、奇妙な唸りを上げて。
「え……え!?」
「あおちゃーん!」
「あかん! 貴水サン、逃げてくれ!」 
 蒼の脳でも回避の必要が問い立たされている。が、この時は何故か脳と体を繋ぐ神経が眠っていた。
 地上に存在する如何なる言語でも形容不可能な物体が蒼に迫る。
 意識を失う寸前、蒼の口が主の支配を数瞬だけ脱した。
「……かゆ……うま……」
 だが、その場にいた3人には聞こえなかったし、聞いたとしても意味は解らなかったであろう。
「あおちゃーーーーん!」
「あぁ~! えらいこっちゃ!」
 慌てふためく彼女達の声が、蒼には音量を絞ったスピーカーで聞いているように思えた。
「白目! 白目剥いてるよ! ゾンビになって復活だよ! 教会でお金払って生き返らせないと!」
「意味分からんわ! と、とにかく落ち着くんや犬! 貴水サンを運ばんと!」
  


「……とりあえず、あなたは馬鹿ね」
「……はい」
 夕日は地平の彼方へ消え、窓からの闇の侵食を部屋の照明が喰い止めている。
 剣待生達が心身を休める寮の自室で、蒼はベッドに横たわっていた。額に乗せられていた濡れタオルから伝わるひんやりした感触が心地よい。
 傍らで呆れ顔を浮かべているのは刃友の浅倉みずち。部屋まで運ばれた蒼の面倒を見ていたのである。ルームメイトの姿が無いのは、みずちの頼みで席を外しているからだそうだ。
 後で聞いた話だが、蒼はベッドで眠っている間に妙なうわ言を口走ったり、金縛りにあったり、凄まじくうなされたり、一体何種類の呪術をかけられればこれほどの有様になるのか、みずちは頭を抱えたらしい。
「気分はどう?」
「まだちょっと頭が重い感じがしますけど、他は何とか……」
「なら、お説教には堪えられるわね」
 みずちの態度が額のタオルと同じくらいにひんやりしている事に気付き、倦怠感が潮を引くように消えていく。
「あう……」
 それから小1時間……というわけではなく蒼を気遣ってか、およそ10分ほど説教を行った。それを聞きながら、ふと蒼は今日1日で見てきた剣待生達の姿を思い起こす。
 無邪気で飾り気の無い活発な、パワー全壊(誤字に非ず)な小さなムードメーカーの黒鉄はやてと、そんなはやてに手を焼き、時折少々きつい仕置きをしている刃友の無道綾那。綾那ははやてを持て余しているようにも見えるが、あれで中々上手くやっているようだ。単刃だった頃の綾那に対して抱かれていた近寄り難い、凶器にも似た印象が少しずつ和らいでいるように思える。
 今はこの学園にいない刃友の剣と自分の剣を同時に使い、刃友との繋がりを忘れないようにしている久我順。2刀流となった彼女が一体どのような戦いを見せるか、注目している剣待生が少数ではない。
 天地学園の最高峰たる学園理事兼学園長兼生徒会長の天地ひつぎとその片腕であり刃友である宮本静久。2人とも白装束という事もあり、その地位に相応しい貫禄がある。誰か1人忘れているような気がしないでもないが、思い出せないというのは大した事ではないのだろう。
 評判の悪い鬼吏谷桜花と彼女の刃友、宝田りおな。あの2人がお笑い芸人を目指しているというのは意外だった。ただ暴力を振るっているだけのように見える桜花が、実はツッコミをしているというのにはさすがに思いつかなかったわけだが、何事も上辺だけで判断したり偏見等を持つのは禁物という事だろう。
 桜花のように周囲から嫌われているわけではないにしろ、避けられていた1年生の犬神五十鈴。彼女の刃友である吉備桃香。性格が正反対の2人はパズルのピースがはまり込むように相性が合っているようだ。言うならば光と影というところか。 
「……体調が回復したら足回りの特訓をするわ。覚悟しておきなさい」
 蒼が回想を終えたのと同時に説教を終え、髪を掻き上げるみずち。照明の逆光を浴び、蒼の角度からは創世の女神のようにも見える。
 そんな女神の脚を自分が引っ張っているのだと思うと、少々苦い感情が湧き上がって来る。
(……結局、みずちさんと私の関係って何だろう?)
 他の刃友同士のように、対等に近い関係とは言い難い。学年の問題もあるが、はやてのように上級生にも気さくに接するという事も出来ない。
(みずちさんはいいのかな? 私みたいなのが刃友で……)
 星奪りに行き詰まり、借金が返せなくなった蒼が天地に残れるようにしてくれたのは他ならぬ浅倉みずちだ。その時、心配事が減れば少しは星奪りに打ち込めるだろうと上級生の刃友は苦笑混じり言った。
「蒼、聞いてるの?」
「え? は、はい……」
 訝しげに眉をひそめ、刃友の顔を見やるみずち。普段から周りに冷たい人間という印象を与え、実際に蒼が出会ったばかりのはやてへみずちの事を話すのに《ドライな人》と表現している。
「どうかしたの? さっきから変な顔して。まだ具合が悪いの?」
「いえ……」
 蒼の態度に、ドライなみずちは益々疑惑を深める。おもむろに蒼の顔に手を伸ばし、驚いた蒼が目を瞑ると額に乗っていた冷たい感触が離れた。
「調子が悪いならしばらく休みなさい。星奪りにも支障が出るようなら、その方がいいわ」
 水の入った洗面器にタオルを浸して水を絞る。
「……さっきからどうしたの? まるで言いたい事を我慢してるみたいよ?」
「あ……」
 図星を差された蒼はそれを正直に表情に表し、みずちに確信を抱かせた。
「何か言いたいならそうしなさい」
 呆れ顔で溜息をつく。その表情はどちらかというと出来の悪い妹に手を焼く姉のそれだった。
「私達は刃友でしょう? それとも、刃友にも言えないの?」
 はっきりした口調でみずちは言い、蒼の瞳を真っ直ぐに見つめる。目つきが鋭い彼女であるが、この時はそれが多少和らいでいた。出会ったばかりの頃には見られない表情である。
 みずちが再び促してきたので、観念した蒼は胸中で抱いていた不安と今日1日で見た他の刃友同士について思った事を白状した。
「……私がみずちさんと釣り合いが取れてないっていうのは分かってるんです。でも、どうすればいいのか分からなくて……」
 みずちが今でも無道綾那を理想の刃友としているなら、自分は綾那に匹敵するような実力を身に着けねばならないのだろうが、たった2ヶ月でDランクからBランクまで駆け上がるような真似は、自分には出来そうにない。
「それで? 不安を感じたわけ?」
 それまで口を挟まず、ただ黙って聞いていたみずちは蒼の瞳を見据えていた。
 蒼が気まずそうな表情で黙っていると、多少乱暴な動作で額にタオルが置かれる。
「きゃ!」
「そんな調子だから上達しないのよ」
「みずちさん……」
 椅子に座り直し、みずちは腕と脚を組んだ。
「いい事? あなたはあなたよ。無道綾那でも黒鉄はやてでもない」
「……はい、そうですけど」
「だから、無理に他人と同じようにする必要なんて無いのよ」
 みずちの言っている事は蒼にも理解できる。しかし、自分は一体何が出来るのか。それが分からないから不安にもなるのだ。
「でも、いつまでも未熟なままじゃ……」
「そうね。だとしてもそれが何?」
「へ……?」
 やたらはっきりと言ってくるみずち。やや軽い口調に、蒼は疑問符を浮かべる。
 組んだ脚の上に肘を乗せて頬杖をつき、みずちは目を細めてこちらを眺める。
「あなたは確かに未熟よ。でも、だからこそ刃友の私がいる」
 みずちは自分の木刀を手にして柄の先端を蒼の見せた。そこには猫のマスコットが飾られている。黒鉄はやてに貰った物で名前はしげはるというが、それを同じ物が蒼の木刀の柄にもあって名前はしげ子。はやてが友人になった剣待生達に量産しているマスコットだ。はやて自身が付けているのはしげる。刃友の綾那はしげ美。順、桃香、五十鈴にもそれぞれ渡している。作る際は必ずペア分を用意するらしく、蒼もはやてと知り合った時にしげ子としげはるを貰った。そんな猫のマスコットの片方をみずちが付けているというのは妙なギャップがあるが、彼女の周囲に対する印象を和らげている事は間違いない。
「楔束した刃友同士は2人で1つの働きをする。片方が未熟なら、それはもう片方にも言える事。あなたの未熟さは私の責任でもあるのよ」
「みずちさん……」
「1人で抱え込むのは止しなさい蒼。未熟なのは私も一緒よ。彼女との戦いでそれが分かったし……」
 目を伏せるみずち。彼女の胸中を察した蒼は思わず問いかけた。
「みずちさんは、まだ無道さんと……その……」
 途中で口篭る蒼にみずちは目を伏せたまま苦笑いを浮かべる。
「そうね。未練が無いわけじゃないわ。彼女と組めなかったのは今でも残念だと思ってる。でも……」
 そこで目を開き、蒼を見つめる。先ほどと異なり、出来の悪い妹を暖かく見守る姉のようだ。
「それが駄目だったからって、消去法であなたを選んだわけじゃない」
「……」
「あなたを天地に留めるために手を尽くしたのよ? その分は還元してもらわないと困るわ」
 みずちの表情はすぐに悪戯っぽい笑みに変わる。彼女自身は知る由もないが、会長の天地ひつぎは『浅倉みずちは最近、ずいぶん良い表情をするようになった』と評した事がある。
「だから蒼、あなたにはこれからも私の刃友でいてもらうわ」
 そう言って立ち上がる。
「もう大丈夫そうね。明日から早速トレーニングをするから、覚悟しておいて。それじゃ、私は失礼するわ」
 立ち上がって退室しようとするみずちの背中を見ながら、蒼は胸中に抱いていた不安が氷解していくのを実感した。
(なんだ……簡単な事だったんだ)
 みずちの答えはあまりにも明白過ぎた。これが自分達の刃友としての形なのだ。 
 蒼はこれまであれこれを悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えた。それが何だか可笑しくもあり、嬉しくもあり、自然と頬が緩む。
「……はい! 私、頑張ります!」
 どこまで出来るか不安だが、彼女のために精一杯やってみよう。今日見た様々な刃友達に負けないように。
 改めて芽生えた決心を胸に抱え、蒼は力強く返事をした。
 そんな刃友の表情に満足したように、みずちは背を向けたまま片手を挙げた。
「そうね、差し当たってはトレーニングルームで素振り5万回ね」
「え……え!?」
「会長はそれくらいやったらしいわよ? 同じようにやれば早く上達するかもしれないわね。それじゃ」
「み、みずちさぁ~ん!」
「それが嫌なら校庭を100周」
「それも嫌です~!」
「なら体育館のバスケットゴールに50本のダンクを……」
「出来るわけないじゃないですか~!」
「はいはい、それじゃ明日また考えるわよ」
 蒼の情けない声を後に、みずちはドアの向こうへと消えていった。
 翌日、トレーニングルームで仲良く訓練に勤しむ2人の剣待生の姿があったとかなかったとか。
 


 #外伝『案ずるよりバカが易し』―――――END

 




 ==◇あとがき◇==

 まず、ここまでお読みくださってありがとうございました。
 今回書かせていただいたのは、現在(2006年3月時点)月間コミック『電撃大王』にて連載中の『はやて×ブレード』(以下はやて)を基にした二次創作SSでございます。
 作品内容を私なりに解釈し、外伝としてまとめた物が当作品でございますが、何ぶんギャグ系を書くのはかな~り久々なので、お見苦しい文章も見受けられます。筆者自身も一応精進しておるつもりなのです(つもりかい)。
 執筆の目的としては現時点での自分がどれだけこの作品を理解できているか整理するのと“はやて”を読んだ事の無い方々にも知ってもらうための布教活動です。
 もしこのSSを読んではやてに興味を持っていただける方がいらっしゃれば、是非読んでみて下さい。当SS執筆時点で単行本が4巻まで発売されております。当SSの100倍は面白いので是非是非(゜∀゜)ノ



 ちなみに、はやて×ブレードとは『ハヤテ クロス ブレード』と読みます。間違っても『ハヤテ ブレード』と省略したり『ハヤテ カケル ブレード』と読んだりしないように(笑)

 SS(投稿作品) 管理用2

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