猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS8

『機動戦士ガンダム  ~DIVIDED HISTORY~』

 第2話 「空威張りと空元気と空回りのラインダンス SIGHT―1」



「各MS隊。発進準備急げ!」
「ミノフスキー粒子、戦闘濃度に上昇!」
「アルメリアまでの距離は……」
 ムサカ級軽巡洋艦アンクルの艦橋では、オペレーター達が己の声質を競うようにそれぞれの部署へ指示を飛ばしていた。
 艦長のラマー・ダルス大佐は、そんな部下達をキャプテンシートから見下ろし、ささやかな満足感に鼻を鳴らす。
 自身が非凡な才幹を有していると信じて疑わない彼は、ネオ・ジオン火星方面軍第3機動部隊の指揮官に登り詰めただけでは満足できず、いずれは軍の中枢に席を設けて“火星独立の功労者”として歴史に名を残したいと考えている。だが、その上昇志向の強さが、能力が無いと判断した人間を見下さす態度にも繋がるため、彼自身が考えているほど周囲からの評価は高くない。
 キャプテンシートの通信機を手に取り、スイッチを入れる。
「艦長のダルスだ。全員そのまま聞くように。我々の任務は敵主力を衛星から引き離す事だが、それだけでは充分な戦果とは言えん。いいか、誘い出した敵機は徹底的に叩きのめせ。そして作戦遂行を、より確実なものに……」
 ラマーの言葉が次第に演説口調へと変化していく。艦橋のオペレーターや操舵士が眉をしかめ、索敵士がうんざりしたように肩をすくめた。当の本人はそれに気付かず、演説終了と同時に通信機を切る。
 今回の作戦を成功させるだけでなく、上層部を唸らせるような輝かしい功績を作らなくてはならない。いつまでも地域紛争の最前線に立つのではなく、自分にはもっと相応しい地位と未来が用意されているはずだ。それがラマーの常日頃から抱いている野心であり、かつて才能を持ちながら時流に乗れない頑固さのために現在は実験部隊の指揮官という閑職に就かされているアドル・カイラス少将に対する失望と軽侮を生み出す源になっていた。
 ラマーはアドルの、くたびれた老犬のような容貌を思い浮かべて胸中で吐き捨てる。
(あの人も昔は凄かったらしいんだが、今はもう古ぼけた飾り人形だな)
 自分はああはなるまいと、ラマーは後方監視用のモニターを見据える。そこにはアンクルの後背を航行しているムサカ級が映し出されていた。それは第13独立実験部隊の旗艦であり、唯一の所有艦艇フェニキアである。



 フェニキアの格納庫ではパイロット達が鋼鉄の巨人の体内でそれぞれの準備を整えていた。
『各MS、発進準備はいいか?』
 キュベレイMk―Ⅴのコクピットでは、マナミが通信機から洩れるアスランの声に耳を傾けつつ、計器類や操縦系統の点検のために手を動かしている。
『第3機動部隊のMS隊が既に発進を始めている。俺達は彼らの援護をするため、前には出ない』
『おいおい、それじゃどうやって撃墜数を稼ぐってんだ?』
 通信に割り込んできたのはカガリ。ステラよりも撃墜数が上回ればガイアを手に入れる事ができるという話を聞いてから、彼女の声にはいつも以上の熱が篭っていた。
『アスハ軍曹。敵味方の動きをよく観察して、的確な援護をすれば撃墜できるさ。要は焦らない事だよ』
『ちぇ、面倒臭い……』
 ニコルのフォロー(というより釘刺し)に舌打ちで答えるカガリ。いつも通り、彼女の不平不満がキュベレイのコクピット内にも響く。
『折角、新しいブースターを付けたってのによぉ。なんだって後ろの方でうろうろしてなきゃいけねぇんだよ』
『しつこいぞ軍曹。俺達は不完全な新型MSを2体も抱えている。そんな部隊に前衛や奇襲任務が回ってくるでも思ったか?』
 そしてこれまたいつも通り、アスランが窘める。彼の台詞にあった不完全な新型とやらに搭乗しているマナミは、何となくシートに落ち着けた腰をモゾモゾと動かした。
『新型がある部隊にはそういう任務が来るもんじゃないのか?』
『それは昔の話だよアスハ軍曹……』
 ジオンが30倍の国力を持つ地球連邦と争っていた時代ならばまだしも、現在は大規模な戦争があるはずもなく、戦力の即時投入が必要な事態が発生しない。そのため不完全な兵器を無理矢理前線で使用してデータを収集するという行為はナンセンスとされ、それが第13独立実験部隊の扱いにも繋がっている。
『でもよニコル。前線で戦わないとデータが集められないんじゃないか? そうしないと新しいMSだって作れないだろうが』
『そんな悠長にやってたら、デミックを作った意味が無いと思うけど……ね、マナミちゃん』
「は、はい……そうですねぇ」
 突然話を振られ、ぎこちなく返事をするマナミ。
 15メートルサイズに小型化され、機体各所に武装を初めとする各種装備がオプション方式となっているデミック。これによって用途の異なる機体や固定武装にかかる整備の手間も省かれ、能率が上がった。わざわざ試作機を前線に投入する必然性が下がっているのはそういった理由もある。この部隊のように試作機が2機も配備されている状態の方が珍しい。
『緊張してる?』
「ちょっとだけ……」
『何だよマナミ。さっきのヤツ、もう1回いっとくか?』
 カガリのデミックが鋼鉄の右腕を振り上げる。まさか先ほどの行為をMSで再現しようというのか。カガリに叩かれた背中に寒気が走った。
「だ、大丈夫です!」
『そうか?』
『まぁ、今回は後方支援だから、あまり前に出る必要は無いからね。マナミちゃん』
「はい。いつもと同じようにやれと隊長にも言われてますし……」
『私語はそこまでにしておけ。これより発進する。各MS、続けて出撃せよ。他の部隊もいるんだ。無様な姿を見せるな』 
 アスランの言葉と同時にエアロックが開放される。人間の生存圏と無の空間を隔てていた壁が開き、永遠に明けない夜がパイロット達を迎え入れるように広がっていた。ムサカの、コンドルのクチバシにも似た船首の左右両面に設けられている発進用カタパルトにアスランのデミックが脚を固定する。艦橋からはMSが垂直に立っており、無重力空間に慣れていない者が見れば違和感を覚えるだろう。
『アスラン・ザラ、出るぞ!』
 カタパルトが加速して赤いMSを虚空へと放り出した。その慣性を利用し、MSはスムーズに戦闘速度へと達するので、推進剤の節約にもなるのだ。アスランの発進後、ステラが搭乗する黒いMSガイアが、同じくカタパルトに脚を固定させた。間に合わせの装備で出撃せざるを得なかった前回と異なり、専用のビームライフル、シールド、増槽タンク付きバックパックを装備している。
『……ステラ・ルーシェ、発進します』
 彼女特有の低い声と共に痩身の機体が宇宙空間へと飛び出し、表面の色と宇宙の基本色が混じり合って一瞬だけ判別できなくなったが、キュベレイの優れたセンサーはすぐにその輪郭を捉えた。先ほどの、カガリを中心としたやり取りに参加しなかった唯一の人物は、調整が終わって間もない機体をまるで自分の手足のように扱い、その動作は有機的なもので美しかった。
(すごいなぁ……)
 ステラの操縦技術を目の当たりにし、同じく新型を有する自分の技術を省みてマナミは情けなく思った。ニコルやアスランには未熟を恥じる必要は無いとは言われているものの、溜息を付かずにはいられない。
『カガリ・ユラ・アスハ、行くぜ!』
 威勢良く飛び出していくカガリのデミック。模擬戦の時とは違い、新型のブースターに合わせて機動戦闘に重きを置かれた装備となっている。
『マナミちゃん。もう1回確認するけど、発進後は僕と一緒に行動してもらうからね』
「……了解」
 ニコルが搭乗する砲戦用装備のデミックもカタパルトに脚を乗せる。両肩から前方に突き出たビームキャノンが最大の特徴であろう。
『ニコル・アマルフィ、行きます!』
 大砲を担いだMSがカタパルトによって真空の闇へと放り出される。こういった発進方法の意義はMSのスムーズな加速の他にも、爆装したMSをできるだけ早く甲板から遠ざけたいからだという話を、マナミはどこかで聞いた覚えがある。
(次はあたしの番……)
 初めての事ではないとはいえ、まだ余裕を持てるほど経験を積んでもいない。
 外の状況を知らせるオペレーターの声を他所に、胸元に手を当てる。ノーマルスーツ越しにいつもの感触があり、少しだけ気分が落ち着いた。
 セミオート操作でキュベレイの脚をカタパルトに固定し、灰色の文鳥もどきは発進モーションに入る。眼前に広がる宇宙空間。すぐ手前に第3機動部隊所属のムサカ級が3隻。それらの艦からも次々にMSが発進していくのが見える。アスランが言ったように、発進した勢いで味方の艦にぶつかるのは愚劣というものだ。ドジを踏まないためのコツは、常に心を落ち着けて周囲の状況に気を配る事だと姉に教えられた。
「マナミ・ササミヤ。キュベレイMk―Ⅴ、行きます!」
 カタパルトが可動する。
「ぐ……!」
 カタパルト――射出機の意味に相応しく、コクピットのマナミは急激なGによって背中をシートに押し付けられた。強制された重力の後に待っていたのは浮遊感。MSが母艦の庇護を失った瞬間である。キュベレイが初めての巣立ちを迎える小鳥のようなぎこちなさで機体を揺らした。
 全天周モニターが映す無数の流れ星。否、流れているのはマナミの方だ。一瞬、前方に赤い巨大な影が横切る。
「……!」
 味方のムサカ級に激突する寸前だったのだと認識すると、冷気が心臓を鷲掴みにした。
 事前に注意を受けたにも関わらずミスを犯しそうになった自分を恥じながら、慌てて態勢を整える。母艦の位置。火星の位置。アルメリアの位置。コンピューターがそれぞれの座標を計算し、コクピットに転送した。それを基にしてマナミは現在位置を把握する。
 数秒後、星の流れが一方方向に固定される。機動が安定したようだ。カタパルトから受けた慣性を利用して戦闘速度まで加速し、出撃前のやり取りを思い出すと急いでニコルのデミックを探した。キュベレイMk―Ⅴは索敵機器の性能がデミックより優れているらしく、程なく肩にキャノンを背負った単眼の巨人を発見する。
 距離に注意しながら接近すると、デミックの方から上手く距離を詰めてきた。腕を伸ばし、キュベレイの肩に触れる。接触回線だ。
『落ち着いてマナミちゃん。デミックとは勝手が違うんだから』
「す、すいません……」
 自分の醜態はしっかりと見られていたらしい。この分だと、ぶつかりそうになったムサカの乗組員達は自分の事を何と言っているのか。隊長やステラ、カガリなどに知れたら怒られそうだ。
『あのな、おまえが変な失敗をすると俺の考課表にも響くんだぞ?』
『……基本操縦くらいは身に着けなさい。何のための訓練だと思っているの?』
『恥の宣伝すんなよなぁ。それでも強化人間かぁ?』
 このように3者の反応想像して、マナミはあまりのリアリティに思わず胸中で平謝りしていた。
(ごめんなさい強化人間なのに弱くてすいません訓練はちゃんとやりますから許してください……)
 配属されたばかりの頃なら口に出していただろう。自分が不相応な階級を与えられているという自覚は、常にマナミのコンプレックスの1つとなっていた。
『速度はそのままで。僕についてきて』
「了解」
 先に発進したアスラン達とは別行動を取り、2人は肩のビームキャノンによる支援攻撃を行う。有効な攻撃が出来る位置取りはニコルが判断し、マナミはそれに従う形になる。
『隊長達のフォーメーションに合わせて動くよ? まずは攻撃する事よりも動く事を優先して。敵を母艦に近づけないようにするのが第一だから』
「了解しまし……あ!」
 アルメリアの方角に2つの光が生じ、僅かな瞬きの後に消失した。
『防空衛星を壊したのかな?』  
 どうやら先行していたMS隊によるものらしい。今更ながら自分が命のやり取りの現場に駆り出された事を実感した。全く、いつになったら自分が軍人であるという自覚が持てるのだろう。そんな事だから針無しなどと揶揄されるのだ。ヘルメット内で息が詰まらない程度に溜息をつくマナミだった。
 


「ち、もう始まりやがった」
 同じく防空衛星の爆発を確認したカガリは舌打ちする。彼女の右前方から、アスラン搭乗のデミックが首を動かし、単眼を向けてきた。
『慌てるなアスハ軍曹。俺達の任務は味方部隊の支援だ。くれぐれも先走った行動はするなよ?』
「へーへー。隊長こそ手柄を焦って自滅しないようにな」
『フン、そんな事はおまえに指摘されるまでもない』
 カガリはふと、右側面を並走している黒い機体に視線を向ける。
(見てろよ……今度こそ本当のエースが誰なのか教えてやる!)
 カガリの胸の内で燃え上がる闘志など意に返さないように、感情の無い声が通信機から聞こえてくる。
『隊長、アルメリアからMS部隊が発進したようです』
『よし、味方の前衛を援護する。目的は敵機を衛星から引き離す事だ。出来る限り引き付けるぞ!』
「おっしゃ! ドンドン来やがれ!」
 操作パネルから手を離し、不敵な笑みを浮かべながら指の関節を鳴らすカガリ。人間的な欠点がどうであれ、彼女が臆病者でない事は確かだ。そして同時に、自分がこれから人間の命を奪う行為に加担するのだという自覚もない。しかしそれは非難されるべき事ではない。前線の兵士は今日を生き、明日を迎えるために敵と呼ばれる人々を戦わなくてはならない。戦場で命の尊厳や道徳について考えを巡らせる兵士など、他人どころか自分すら護れないのだ。
 


「……それで、外がどうなってるか分かる?」
 ユリシーズⅣの格納庫では、緑色のノーマルスーツに着替えたルナマリアを初めとする第7機動歩兵部隊のパイロットや整備兵達が艦内通信端末に群がっていた。その様子をムウやスティングが呆れ顔で遠巻きに眺めている。
 画面の向こう側にいるメイリンは居並ぶ面々に戸惑いを見せながら、とりあえずの状況を知らせる。
『迎撃に出た部隊が敵と交戦を始めたようです。ミノフスキー粒子の濃度が上がっているので、具体的な状況は分かりませんが……』
 画面越しの妹は耳元に手を当ててインカムの位置を調節する。実際に通信してうまくフィットしていない事に気付いたようだ。
「それを調べるのがアンタ達の仕事でしょう?」
 ルナマリアの指摘に、モニター横のミニスピーカーからメイリンの鬱陶しげな声が流れる。
『文句があるなら索敵を手伝って下さい。MSで直接見に行った方が早いでしょう?』
 姉の不平には付き合っていられないと思っているのだろう。メイリンが眉をひそめる。その態度が気に入らないルナマリアも釣られるように眉をひそめた。
「待機命令が出てるのは知ってんでしょうが」
『ならば大人しくその命令に従って下さい。私はあなた方ほど暇じゃないんです』
 その発言にルナマリアのみならず、周囲の他の兵もいきり立たせた。自分達なりに必死で仕事をこなしているのに暇人呼ばわりされて腹が立たないほど、彼らは器の広い人間ではない。
『こっちは艦橋なんです。あまり騒がないでいただけます?』
 メイリン側は本人の耳元からしか声は聞こえない。とはいえ、彼らの見苦しい(とメイリンは思っている)顔が全面に映し出されているモニターを他の艦橋要員に覗き込まれるのは好ましくない。いつ艦長から注意が飛んで来てもおかしくない状況ならばなおさらである。
「現場の苦労も知らないでつまんない事言うからよ」
『姉さん達も少しでも艦橋勤務の大変さを知って下さいね。連絡は以上です』
 そう言って通信を切る。
「ったく! あの愚妹……」
 苦々しさを漲らせたルナマリア。更に呪詛を続けようとしたが、その時に彼女らの隊長が格納庫へやってきたため、口を閉じねばならなかった。
(いつか自分の立場ってものを思い知らせてやるわ)
 胸中の決意も、しかし実現には今少しの時間が必要である。
 一方、姉の決意を知れば小馬鹿にしたような表情をするに違いないメイリンは、半ば強制的に映像を切ったモニターを半眼で見つめていた。 
「どうかしたのか?」
 背後のキャプテンシートに座っている艦長のナタル・バジルール少佐からの声。黒いショートボブの26歳の女性艦長は、軍人家系に生まれ、将来を嘱望されている。
「待機中のパイロットに状況を伝えていました」 
 姉に相対していた時と変わらない口調でメイリンは答える。
「ならいいが、あまり勝手に回線を開くな。今は任務中だぞ」
「はい、申し訳ありません」
 ナタルの厳しい口調にも動じる色を見せず、メイリンは淡々と応じ、口だけでなく手も同時に動かす。差し当たり手際の良い部下を演じていれば何も言われない。我を通そうと意地を張り、トラブルメーカーの烙印を押されてしまった姉の轍を踏むのは愚かしい限りである。
  


 火星派側のMS部隊が徐々に後退を始める。それに合わせ、一部の地球派MSが追撃しようと前に出た。その中には旧型のギラ・ドーガの姿もある。頭数を合わせるだけの骨董品――そう呼ばれていた古参のMSが最新型のデミックを蹴散らす光景は壮観ですらある。
「あれは……何だ!?」
 老兵を駆る地球派の熟練パイロットは見慣れない黒いMSに呆気に取られた。単眼ではないその独特の顔つき。
「ガンダム……!」
 そう呟こうとした彼の口は、最後までその役目を果たす事が出来なかった。黒いMSが放った光がデミックのコクピットを直撃したからだ。彼が最後に見たのは視神経を焼き切らんばかりの眩い光の奔流だった。
 操縦者の死亡によって動きを止め、胸に穴の空いたギラ・ドーガは慣性に流されて虚空へ去っていく。黒いMSのパイロットは無感動にソレを一瞥した。 
「隊長、味方の後退が早過ぎます」
 敵機の撃墜に浮かれる様子も無く、ステラは淡々とした口調でアスランに言った。ノイズの激しくなった通信機から注意が飛んでくる。
『傍受されるぞ。接触回線を使え』
「ミノフスキー粒子の濃度を考えれば、我々以外に聞こえる可能性は低いと思いますが」
『だがな……』
 アスランが言葉を続ける前に敵機が来襲する。通話を断念したステラはアポジモーターを調節して姿勢を変え、敵の攻撃に備えた。
 ガイアのセンサーが2つの機影を明確に捉える。
 緑色の機械巨人がガイアに向け、ライフルからビームを放った。
 光芒が走る方向を予測していたステラは無駄の無い回避行動を取る。機体を翻し、メガ粒子とのすれ違い様に引き金を引く。1発ではなく、3発を2機の中間に撃ってお互いを引き離す。狙い通り、2機のデミックは左右に散った。
(無能な……反応が遅い)
 胸中で吐き捨てながら、牽制として頭部バルカンを一方に3連射、もう一方にライフルの銃口を向ける。デミックが応戦するより早く、ステラの操るガイアは引き金を引いていた。移動地点を読まれていたデミックは鉄の脇腹を光の粒子によって引き裂かれ、パイロットはトリガースイッチを押す事も無く、その熱と光の犠牲者となった。
 残った1機は離脱を試みるが、アスランのデミックが頭部に装備されたバルカンポッドで行動を妨害する。
「……もらい!」
 そのデミックに照準を合わせ、嬉々としてトリガーボタンを押したのはカガリだった。ところがステラのようにはいかず、放った光芒が標的から逸れてしまう。こういった場合は自分の実力不足か、神の不公正のせいにするかの2者択一に迫られるわけだが、マナミならば前者を選ぶのに対してカガリは無条件で後者を選ぶ。
「くそ、運の良いヤツだな!」
 盾を構えながら反攻のビームから逃れる。そこへ更にビームで追い討ちしようとした地球派のデミックだが、天頂方向から4本の光槍が飛来し、その内の2本が緑の巨人の半身を吹き飛ばした。
「な……!?」
 自身の力で撃墜するつもりだったカガリは、光が飛んできた方向を睨みつける。その光が生み出された空間では、ニコルとマナミが爆光を確認していた。
(今のは……ニコルさんの方が当たったんだ)
 キュベレイが撃った角度、敵機のおおよその位置関係などからコンピューターが導き出した解答はマナミの予想通りだった。そうでなくとも、撃った瞬間にそんな気がしていた。ニュータイプ能力を持つ強化人間の予測ではなく、純粋に自分とニコルの技量を考慮しただけである。
『OK、位置を変えるよ。マナミちゃん』
「了解」
 頭部を挟むようにセットされたビームキャノンを背部に戻しながらマナミは周辺を索敵する。戦闘区域から1歩外れた場所とはいえ、当初の予想より戦線が混乱しているため、想定外の方向から攻撃を受けるかもしれない……とニコルに説明されたのである。またキュベレイの方が索敵機器の性能がデミックより良好なので、マナミの役割は専ら敵機の位置確認と周辺警戒となっていた。
 キュベレイが得た周辺の情報をニコルのデミックに送る。灰色の文鳥と違い、可動範囲が限られている肩部キャノンを背負わされたデミックは、マナミには窮屈そうに見えた。
『かなり正確なデータだね。こっちのセンサーはミノフスキー粒子のせいであまり当てにならないのに』
「そうなんですか?」
 当たり前に思っていたが、言われてみれば模擬戦時と比べて明らかにミノフスキー粒子の量が多い(戦闘中なのだから当然だが)。にも関わらずキュベレイの索敵機器にはそれほど深刻な影響は無い。
『新型っていうのも伊達じゃないって事か。後で報告しておかないとね』
「は、はぁ……了解」
 自分が意外と便利なMSに乗っていた事に軽い驚きを感じるマナミ。戦場にあってそれは些か間の抜けた反応だった。
(でも、変だな……)  
 ニコルのデミックに追走しながら、マナミは自らの記憶の棚を覗き込む。キュベレイの索敵機器の性能が良いなどと、マニュアルのどこにも記されていなかった。デミックと比べても明らかな差があるというのに、まさかデミックの索敵システムに欠陥があるわけもないだろう。
(それに何だろ。さっきから変な感じが……)
 戦闘が開始されてからしばらくして、マナミは奇妙な違和感を覚え始めていた。具体的に言葉で表現するにはマナミ自身のボキャブラリー不足もあり、ニコルには伝えていない。『萎んだ風船のゴムにも似た自分の意識が、何かに無理矢理引っ張られて拡げられている』というのが1番妥当なところか。
(こんなの……今までは無かったのに)
 実戦で気持ちが昂っているせいでそのような錯覚を抱いたのか、体調に異変でも起きたのか、あるいはキュベレイMk―Ⅴに妙な仕掛けでもされているのか。
『あれは……マナミちゃん、危ない!』
 ニコルの声に我に返ったマナミは、キュベレイのセンサーが凄まじい勢いで接近してくる存在を感知している事に今更気付いた。物思いに耽っていたせいもあるが、それ以上に警報が鳴らなかった事が気付くのを遅らせた。その理由は接近してくる物体が味方の識別信号を発していたからだ。
 バックパックにアクティブブースターを装備した赤いデミック。言うまでもなくカガリ・ユラ・アスハ軍曹殿の搭乗機である。
「え……え?」
 単眼の赤い巨人が自分に向かってくる。マナミの視覚はその光景を捉えてはいたものの、それが脳細胞まで達するのに時間がかかり、手足が“MSに回避運動を取らせる”という操作を行う前に強烈な衝撃がシートを揺すった。前面のモニターが赤い装甲におって埋め尽くされる。
「あえうぇ!」
 意味不明な言語を吐き出し、体が前のめりになる。ノーマルスーツの背部がシートに固定されているため、倒れる事はないが、あまりの衝撃にマナミは首が引っこ抜けたのではと錯覚した。
『てめぇ! 人の手柄を横取りするんじゃねぇ!』
 通信機にがなり立てながら、キュベレイをそのまま数十メートルほど押し出したところでニコルが止めに入った。
『アスハさん! 勝手にこんなところに来たらダメだよ』
 カガリが短時間の内に2人の許へやって来れたのは、彼女のデミックに装備されたアクティブブースターの性能のおかげだが、それをこんな形で披露しなくても……とニコルは思う。 
『どうせ人数合わせなんだ。おまえらは後ろで大人しくしてろ! 撃つな! 動くな! 邪魔すんな!』
「そ、そんな無茶苦茶な……あ!」
 カガリの剣幕と突飛過ぎる主張に目を白黒させるマナミに、キュベレイのセンサーが今度こそ危険な反応を示した。
 密着したデミックの肩越しに地球派の緑色のデミックを確認する。僅かな点にしか見えないが、マナミには理解できた。そしてそのデミックがライフルを構える不吉な動作の細部まで……。マナミは全身の血の気が引いていくのが分かった。
「カガリさん、後ろ! 危な……」
 マナミの言葉に、言われた当人ではなく傍らのニコルが事態に気付いて応戦の構えを取った瞬間だった。 
 自分達に向けて殺意の光を放とうとしたデミックが、死角から飛び込んできた光弾に直撃され、上半身と下半身が永遠の別離を遂げたのだ。
『あ!?』
 直後になって事態に気付き、カガリのデミックが頭部を巡らして背後を窺う。姿を現したのは黒い痩身のMS。だが、通信機から聞こえてきたのはその機体のパイロットの声ではなかった。
『おい、アスハ軍曹! 勝手に単独行動をした上、前衛と後衛に分かれた意味を台無しにするな!』
 黒いMSの背後からやってきたデミック。部下の身勝手な行動に憤りを隠しきれないアスランである。
『うっせーな! どうせ混乱してんだ。細かい作戦なんか意味ねぇだろ』
「カガリさ……アスハ軍曹、そういう言い方……」
 どうしてわざわざ隊長の感情を逆撫でするような事をするのか。今度は別の要因で血の気が引いた。
『ほう、そうかそうか』
 ところが、マナミが予想した怒鳴り声はなく、何かを得心したような不自然な落ち着きがあるアスランの声が通信機から流れる。それがかえって不安を煽った。
『分かった。おまえはもういい。ササミヤ伍長、アスハ軍曹と交代だ。前衛に出ろ』
 マナミは隊長殿の言葉をすぐに理解する事が出来ず、瞬きを数回行った。
『おい! ちょっと待て!』
「……あの、それってどういう……」
 それぞれのトーンで理解を示せない2人の部下にアスランは改まった態度でもう1度告げる。
『アスハ軍曹は怖気づいて前衛が務められないようだ。おまえが代わりに前で戦うんだ』
「ちょ……! そんな急に!」
『俺が怖気づいただとーーー!?』
『2人とも落ち着いて……』
 平静を失ってうろたえるマナミと激発するカガリの前にわざわざ機体を移動させて宥めにかかるニコル。
『アスハ軍曹、無理をする必要は無いぞ。調子が悪いなら帰艦しろ。違うと言うならこんな所で油を売ってないで、命令通り行動しろ。ササミヤ伍長だってそのくらいはできる。そうだろ?』
「え、あ……」 
 迂闊に返事をするのも憚られて口篭ったが、途中でカガリが怒声を割り込ませたおかげで救われた。
『節穴の目をかっぽじってよぉく見やがれ! 俺のどこが怖気づいてるって!? ああん!?』
 機体を翻し、未だ散発的な戦闘が続いている空域へと向き直るカガリのデミック。彼女にしてみればステラ以上の戦果を上げなくてはガイアを手に入れる事ができない。だというのに……。
(どいつもこいつも邪魔しやがって!)
 苛立ちが彼女の脳細胞を沸騰させる。何もかもが気に入らなかった。いちいち神経を逆撫でする事ばかり言うアスランも、自分の手柄を横取りした後衛の2人も、エースなどと呼ばれているあの女も、敵を引き付けているのか本気で後退したいのか分からない中途半端な味方の動きも。
『隊長、まもなく別働隊の攻撃が始まる頃です』
 温度の高いカガリの声とは全く対照的な、絶対零度の刃物を思わせるような低く鋭い声。それがカガリの鼓膜と神経と自尊心を著しく刺激するが、その事が分かったのはニコルとマナミだけだった。
『よし。各機、一旦引き上げるぞ』
『おい、味方をほったらかしにしていいのかよ!?』
 アスランの指示にカガリが異を唱える。個人的な不満から出た意見に過ぎないが、混乱した状況にある味方部隊に加勢しなくても良いのかという懸念はニコルも抱いていたらしく、同様の意見を述べた。
『俺達の任務は第3機動部隊の後方を固める事だ。無闇に前に出ればかえって混乱を拡大する。ここは引き上げだ』
 帰艦して補給を修理を受け、万全の状態で再出撃して備えておくのが最も無難な選択肢だ、というのがアスランの意見であった。
 隊長の命令を受け、第13独立実験部隊の面々はフェニキアへ帰投するために編隊を組んだ。およそ1名ほど文句を言っていたが、アスランには無視された。
「あの……こんな時に戻ってちゃって、本当に大丈夫でしょうか?」
 アスランの説明は理解できたものの、それでも一抹の不安を拭いきれないマナミは1番近くにいるガイアに接触回線で話しかける。返答は思ったより早かった。
『第3機動部隊……少なくともダルス大佐は私達の存在など戦力として数えていないわ』
 最初から当てにされていない――何度も聞かされている事実をステラの口から言われると辛辣な意見のように思えてしまうのはステラの声質が低いからというだけではない。格納庫で耳にしたジルヴァの兵士達の話を思い出す。
『……データ収集が目的だからこんな部隊に配属されたんだよ』
(こんな部隊……か)
 自分の存在が隊の評判を貶めている1番の要因なのではないか――そう考えてしまう事が多いマナミにとっては少々耳が痛い。
 先ほどの発艦時の失敗を思い出し、つい溜息をついてしまった。
『……別にあなたの責任ではないわ。実験部隊はずっと以前からこういう扱いをされてきたもの』
「は、はい……」
 今のは気を遣ってくれたのか。単に事実を指摘しただけなのか。
 どちらにせよ、マナミはステラの言葉に安心を感じた。彼女の声を聞くと、ある面影と重なって心のどこかに安らぎを、記憶のどこかに懐かしさを覚える。
『まぁ、それだからこそ失敗した時の責任を取らされる事も無いのだけれど……こういう組織では珍しいわね』
 例え辛辣な言い回しであろうと自分にそれが向けられてさえいなければ、だ。
(やっぱり似てるな……)
 氷のように冷たい表面の下にはホットミルクのような優しい温かさが隠されている……というのはマナミの勝手な妄想に過ぎず、実験部隊のメンバーでステラに対してそのような印象を持っているのは彼女だけであろう。少女の過去がステラに対する他人の見解と彼女自身の見解を分け隔てる壁となっていた。
 ガイアがやや先行したため、マナミもキュベレイの移動速度を上げた。ところが速度の調整を間違え、危うく前方の隊長機にぶつかりそうになってしまう。
『何をしてるササミヤ伍長。気を付けろ』
「す、すいません!」
 今は戦闘中なのだから感傷に浸っている余裕はない。
 マナミはサイズの合わない服に無理矢理袖を通すように気を引き締める。本人は真面目だが、傍から見ると滑稽かつ微笑ましい。
 第13部隊が背を向けたアルメリアでは、ステラ曰く『石ころの不毛な奪い合い』の第2幕がまもなく始まろうとしていた。
 

―――――to be continue

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