猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS9

『機動戦士ガンダム  ~DIVIDED HISTORY~』

 第2話 「空威張りと空元気と空回りのラインダンス SIGHT―2」



 アルメリアの港では1隻の、というより唯一の巡洋艦が動力炉の出力を上げ、湖から飛び立つ白鳥の如く発進した。
「白鳥なのに赤い色とはコレ如何に……」
 自ら例えた白鳥の腹の中、つまりはムサカ級巡洋艦ユリシーズⅣの格納庫でルナマリアは呟いた。
『何か言ったか?』
「いいえ、フラガ少尉」
 狭いコクピットの中に響く声に、投げやり気味に応じる。
 赤い白鳥の胃袋では、飲み込まれた鉄の巨人達が脱出の機会を今か今かと待ち構えているが、さらにその巨人の胃袋……つまりコクピットに収まっている人間共はのんびり待っているわけにはいかず、出撃に備えて入念な準備を行わなくてはならなかった。
 艦の発進に至るまではユリシーズⅣ艦長と衛星の司令官との激しいやり取りがあった。前者は敵部隊の邀撃として、後者は防衛の切り札としての活用方法を考えていたからだ。
 強い口調での応酬の末、司令官は渋々艦長の意を受け入れた。左遷同然でこのような辺鄙な衛星に配属された彼は持ち前の気の弱さから我を通す事ができなかった。その辺りが彼の今の境遇を作り出した原因とも言えるだろうか。
「A-3宙域の防空衛星、反応消失! 破壊された模様です!」
「天頂方向! A-3宙域より接近する熱源が多数!」
 オペレーターの報告によって、結果的に彼は絶妙のタイミングでユリシーズⅣを発進させた形となった。
 MSの移動をサポートする支援戦闘機『ライヤー』。第13独立実験部隊には決して配備される事のないソレは、通称『お皿』と呼ばれる外観の上部にMSを1機積載し、遠く離れた戦場に運搬したり、帰艦の手段としたり、武装して支援攻撃を行ったりと様々な用途に使用できる。コクピットも存在するが、MSからの操作も可能だ。その『お皿』が火星派MSを乗せて機雷源を迂回し、増設された補助ブースターを全開にして突っ込んできた。まるで獲物を見つけたピラニアの群れである。
 司令室に混乱の嵐が訪れる。それに同調しなかったのはユリシーズⅣの乗員達だった。
『良いタイミングで来やがった!』
『こういう事態は予測できたはずなんだがなぁ……』
 通信機から仲間達の好き勝手な意見や野次が飛んでくる。
『D-2宙域で正面から仕掛けてきた部隊は囮か。つまんねー手に引っ掛かったな』
 入り乱れる通信の中、フラガ少尉のぼやきだけが妙にはっきりと聞こえたのは、ルナマリアも同様の感想を抱いたからである。
『手柄を立てるチャンスが巡ってきた、とでも思うか?』
 前向き、もしくは好戦的な意見を言う者をいるが、ルナマリアは同調しない。それは臆病とか慎重といった類ではなく、単に面倒臭いからだ。
(要は尻拭いって事なんじゃないの?)
 司令官がもう少し冷静で、もう少しまともな戦力がこのアルメリアにあれば自分達が出る必要はない。いや、そもそもアルメリアに来る必要はなかったはずである。 
 通信機を介した私語が隊長のひと声で途切れ、それを合図としたように艦の装甲を隔てた真空の世界で、戦いの第2幕が始まった。
 

 
 ライヤーが補助ブースターを切り離し、騎手たるMSがビームや実弾の雨をアルメリアに降らせる。応戦しようとしたアルメリアの対空砲火のいくつかが破壊された。そのまま火星派のMS達が皿に乗ったまま衛星内に乗り込もうとするも、斜め下方から伸びた大出力ビームに足を止められ、次いで飛来したミサイルが爆発して散弾を撒き散らしたため、したたかな損害を受けた。装備していた大型のビームライフルが損傷し、攻撃手段を失ったデミックもいれば、ライヤーのエンジンに被弾して火を吹き、せっかくの移動手段を捨てなくてはならなかったデミックの姿もある。それはユリシーズⅣによる面制圧射撃だった。
『敵部隊の進行速度が低下。MS隊発進願います!』
 コクピットの全天周モニターの一角に見慣れた妹の顔が現れる。見た目が多少幼く、声もそれなり可愛い部類に入るため、男性パイロットなら戦意高揚間違いないだろう。
(所詮、営業スマイルってやつよ) 
 周知の事ではあったが、妹の素を知っているルナマリアは胸中で吐き捨てる。すると、そんな姉の考えを察したかのようにメイリンが個人回線で通信を送ってきた。
『ホーク軍曹。戦果を期待しています。予備のエネルギー弾倉を忘れていくなどというはしたない真似は、訓練されたパイロットの方ならばよもやなさらないでしょうが、一応気をつけて下さい』
「……了解」
 咄嗟に切り返す言葉が思いつかず、急な声変わりでもしたかのように低い声で返事をするしかできないルナマリア。前回、実際にそんなミスをしてしまったのだから反論出来ない自分が腹立たしい。妹のメイリンに対してはその10倍は腹立たしさを感じていた。部屋が同じなので、後で存分に文句を言わせてもらおうと心に決め、機体各部や武装のチェックを行う。妹にわざとらしく忠告された予備の弾倉も忘れていない。
 スティングやムウを初め、緑のデミックが次々に発進していく。それらを他人事のように眺めながらヘルメットのバイザーを下ろすルナマリア。密閉性抜群のノーマルスーツは自分を完全に外界から隔離してしまう、この世で最も小さくて狭い牢獄ではないか。楽天的な性格のルナマリアでもそんな事を考えてしまう。その間にも次々にMSが艦を離れ、ルナマリア自身のデミックもカタパルトによって宇宙空間に放り出される。コクピットを覆い尽くすモニターにはアルメリアの岩肌と、その岩肌に取り付こうと躍起になっている複数の火星派デミックが映し出されていた。母猫に群がる子猫に見えなくも無い。アルメリアからは対空砲による散発的な攻撃が続いている。
「あれじゃ、かえって邪魔になるんだけど……」
 その点、ユリシーズⅣは巧みに味方部隊を援護していた。きちんと距離を取っていれば味方艦に撃墜されるなどという格好の悪い最期を迎えずに済みそうだ。
『ホーク軍曹、そっちに1機向かっています。迎撃を!』
 ノイズの激しいスピーカーから聞こえるスティングの声。だが、傍受の危険を冒してまで送ったそれは、既に敵の姿を捉えていたルナマリアにとっては無用のものでしかなかった。
 移動手段としての皿を破壊された赤いデミックが、その単眼を不吉に光らせながら向かってくる。
「デートのお誘い、お断り!」
 戦闘中に日常的な言葉を挟み、ライフルを構えながら時計方向に回り込む。ちょうど敵機をルナマリアのデミックとアルメリアで挟む形となった。火星派のデミックは装備していたビームマシンガンを素早く構え、小さな光弾を無数に浴びせてくる。
(残念、射程外)
 こちらの動きに焦って、ロックオンが完了する前に撃ったのだろう。直撃の危険はないが、広範囲にビーム弾をばら撒くタイプの武器なので、迂闊に接近できない。
 そのまま天頂方向へ向かっていくデミック。直後にアルメリアの対空砲が放ったビームがルナマリアのデミックのすぐ脇を通り過ぎた。
「わ……!」
 体勢が崩れたところへ上方からビームの雨。直撃は免れたが、僅かに掠めた左肩がいびつな形に歪んでいる。咄嗟に反撃として放ったライフルのビームが幸運にも敵の右脚をもぎ取り、相手は衝撃に煽られて無様なダンスを舞う。
 2発目のビームを放ってトドメを差すと、ルナマリアは岩壁を睨み付けた。 
「下手糞!」
 吐き捨てながら張本人ならぬ張本砲を探すが、モニターからの目視で見つけられるような距離ではない。
 センサーが警告を発し、接近してくる2つの赤い機影を捉えたので、ルナマリアはそちらに意識を戻す。今度は両方とも皿に乗っていた。ただでさえ2対1なのに分が悪過ぎる。
 舌打ちと共にシールドの裏からグレネードを発射してその場を離脱した。爆発による破片を回避するため、2枚の皿はそれぞれ反対方向へ旋回した。急いで1機から距離を取り、もう1機にビームを3連射するが、残念ながら先ほどのような幸運は起こらなかった。光の矢は虚空の闇に吸い込まれ、代わりに皿の上のデミックがビームマシンガンで応戦してくる。
 1発当たった程度では深刻なダメージにはならないが、それに皿の機動性まで加わっていると厄介だ。もう1機も体勢を立て直し、これではまともな戦闘どころか狩猟にすらならない。
「この……!」
 頭部のバルカンポットを連射して弾幕を張り、もう1発グレネードを発射した。片方の皿に僅かながら損傷を与える事に成功するが、相手は体勢を崩さない。ふと、昔読んだ漫画雑誌を思い出す。か弱いヒロインがゴロツキ共のバイクに追い回される場面だ。メイリンならば『か弱いヒロイン? 誰の事です?』と言いそうだが、普通ならこの後、待っていたとしか思えない絶妙のタイミングでヒーローが助けに入るはずだ。しかし、このような場所でそんな事が起きるはずが……。
「……あった」
 続け様に奔った2本の閃光によって赤いデミックが皿ごと貫かれた。砕けた皿の破片と共に、胸に穴が空いた緑の巨人。まるでゼンマイの切れた人形のようだと、ルナマリアは状況の割りに呑気な事を考える。この辺りが、彼女が楽天家呼ばわりされる一因だろうか。それはともかく、自分を助けてくれた正義のヒーローとは誰なのか。
(出来れば颯爽としたワルキューレとかヴァルキリアとか……)
 弓矢を構えた天使や勇ましい女騎士を想像するルナマリアだったが。
「なんだ。隊長か」
 と、危うく言いかけて口を押さえた。実際はバイザーの口元に手を当てただけなので、少々滑稽ではあったが。
 
 

「……失敗!?」
 補給と応急修理を済ませ、再出撃した第13独立実験部隊の面々が最初に見たのは、水泳選手のように見事なターンで戻ってくる第3機動部隊のMS共だった。その水泳選手改めパイロット達から、第4遊撃部隊のアルメリアへの強襲が失敗したらしい旨が伝えられたのだ。
『何だよ。1番おいしいとこを持ってこうとして失敗したわけか?』
 小馬鹿にしたようなカガリの笑い声。つい先ほどまでの不服そうな態度とは大違いである。アスランに注意されてもまだ口元がにやけている彼女の姿を、マナミは容易に想像する事ができた。
『とにかく、地球派が追撃してくるはずです。味方の退却を援護すべきでは?』
『アマルフィ軍曹の言う通りだ。全機、攻撃準備を……』
「あ、敵です!」
 アスランの指示が終わらない内にマナミは声を上げた。センサーには明確な反応などない。にも関わらず、彼女には分かった。正確には、思わず上げてしまった声が自分のものであると認識した瞬間、彼女自身が敵の接近に気付いたのだ。
『はぁ? 何言ってんだよ。センサーには何も……』
 今度はカガリの台詞を遮ってステラのガイアが急速前進し、アスランが制止の声を挙げる前に発砲する。MS1体分の爆発を確認した直後、無数のバーニアが宇宙空間というキャンパスに幾重にも噴射光の線を描いた。ようやくデミックのセンサーにも反応があり、5機はそれぞれの搭乗者に従って臨戦態勢に入る。いや、ガイアとキュベレイMk-Ⅴは既に入っていた。前者は研ぎ澄まされた戦士の感性によって、後者は正体不明の勘によって、他の3機より早く行動できたのだ。
『マナミ、よく分かったな』
「え……は、はい」
 カガリに曖昧な返事をするマナミ。ミノフスキー粒子が戦闘濃度に散布されているこの状況で、どうして真っ先に敵の存在を察知できたのか、彼女自身も分からない。1度目の出撃でもそうだった。
(変な感じ……)
 萎んだ風船のゴムが、再び何かで押し拡げられていく。
 こんな違和感は、これまで全く無かったはずだが。
「隊長、敵が右から回り込んで……」
『こっちか……!』
 マナミの忠告に従って、そちらに銃口を向けるアスランだったが、彼のデミックの脇を通り過ぎていったビームが敵機に突き刺さる。撃ったのはステラのガイアだった。
『おい、ルーシェ少尉! 味方機がいるのに無闇に撃つな!』
『隊長の位置も考慮した上での射撃です』
 目前の敵への対応でいきり立つアスランを他所に、ステラの口調には戦闘時も待機時も全く同じ抑揚が効いている。
『くそ!』
 ステラの戦果に焦ったカガリが試作型ブースターを全開にして敵機に向かっていく。
「あ……!」
『おい! アスハ軍曹!』
『ダメだよ、単独行動は……!』
 3者の声にカガリは答えない。代わりに緑のデミック2機にビームを3連射し、双方を引き離した。個々に反撃を試みてくる相手に対し、カガリはスピードを生かして巧みに翻弄する。いかに性格に問題があろうとも、決してMSの操縦技術が劣悪なわけではない。
 1機がニコルに死角から撃たれ、それに一瞬だけ気を取られたもう1機はカガリ本人に撃墜される。
『へ! どうだよ!』
 自慢げな口調で単眼をガイアに向けるカガリ。だが、そんな彼女の目に飛び込んできたのは光の矢だった。
『な……!』
 矢はデミックの頭部を掠め、虚空の闇に潜んでいた地球派のMSに突き刺さる。アスランの時よりも際どい角度で射撃したガイアは何事も無かったかのような優美な動作で銃口を下ろす。
『こんの根暗陰険女! 何すんだよ!』
『余所見をしているようだから援護したまでの事……』
『何が援護だ! 俺の才能が妬ましいからって事故に見せかけて抹殺しようって寸法だろ!』
『まぁまぁ落ち着いて。アスハ軍曹が前に出過ぎたっていうのも原因だよ?』
『俺の華麗な操縦テクに文句つけようってのか!?』
『そんな事は言ってないって……』 
『おまえら……ここが戦場だという事を忘れてるだろ』
 そのような緊張感の欠く口論が出来るのは、敵MSが既にアルメリアに引き上げ始めているせいである。安全が確認できるまでは警戒しなくてはならないのだが、こういった面が“問題児集団”として見られる傾向に拍車を掛けていると言える。
 1人口論に参加せず、周辺の索敵を続けていたマナミの視界に靄がかかる。  
「あ……」
 頭蓋骨の内部に錘でも出現したような感覚。立ち眩みというやつだろうか。
「……座ってるのに」
 通信機には聞こえない程度の、些か間の抜けたぼやき。周囲が安全だと認識できた直後なので、緊張の糸が切れてしまったのか。
『フェニキアへ戻るぞ。全機、隊列を乱すなよ』
 案の定、1人コースを外れてしまうマナミ。灰色の文鳥が酔っ払いのようなだらしない動きをするので、アスランの注意とカガリの嘲りとニコルの気遣いとステラの無言の圧力がマナミに降りかかった。
「すいません……初めは調子良かったんですけど」
『無理をするな。戻ったら医務室に行け。整備と補修は他の人間に任せるんだ』
「……了解」
 まだ配属されたばかりの頃、周囲に迷惑をかけまいと体調不良を隠したまま機体の整備をしていたマナミだったが、すぐに貧血を起こして大騒ぎになり、医務室のベッドでヨリア大尉とザラ少尉のありがたいお説教を拝聴する羽目になってしまった。以来、許容できない体調不良はすぐに訴えるように心掛けている。
 進路が上手く取れないキュベレイを他のMSが支えた。ニコルのデミックかと思ったら、何とガイアだった。
「ル、ルーシェ少尉!?」
『……何?』
 彼女の手助けは完全に予想外だったので、マナミの方は声が裏返ってしまった。
「あ、ありがとうございます……」
『気にする必要は無いわ。それよりササミヤ伍長』
「はい?」
『これは接触回線よ。他の人間に聞こえないように注意して』
 後で話があると、彼女は声を落としながら言った。訝しく思いながらもマナミは了承する。
(あたし、何かステラさんの気に触る事しちゃったのかな?)
 彼女からこういった話の持ちかけ方をしたのは滅多に無く、内心で不安を抱きながら首を傾げる。通信機の向こうでは、ステラの戦果を上回れなかったカガリが悔しげに呻いていた。
 


「MS隊が帰艦しました。ウキノ曹長が負傷、アノンド伍長とリー伍長が戦死の模様!」
「ジルヴァより入電。第2エンジンに被弾したため、航行能力に支障発生。修理のための人員を回してほしいとの事です」
 アンクルの艦橋要員達は任務に従事しながらも、決してキャプテンシートに振り向こうとはしなかった。そこには不機嫌と不満と不本意を顔中に塗りたくった人物が座っているからだ。
 ラマー・ダルス大佐の心には作戦前とは正反対に、暗雲が立ち込めている。彼が立案した作戦が失敗しただけではない。その尻拭いを、よりにもよって第13独立実験部隊のMS共にしてもらう羽目になった己の惨めさが腹立たしいのだ。フェニキアから発進した灰色の3つ目MS。キュベレイMk-Ⅴとかいう機体がアンクルに激突しそうになった時、彼は口元に嘲笑が張り付く事を全く我慢しなかった。
「所詮、おまけ部隊のオママゴトだな」
 口にこそ出さなかったが、彼の表情はそのように語っていた。ところが第4遊撃部隊が失敗し、自分の部隊のMSが尻尾を巻いて逃げ戻ってきたところを“おまけ部隊”に援護してもらうなどと、素人の絵に大賞を横取りされた画家の心境だ。そのように考えているのはラマー本人だけだが、コンプレックスの強い人間は周囲もそう考えるに違いないという思い込み、あるいは被害妄想を持っている。
「どうしてこう……上手い具合に見せ場が巡って来ないんだ」
 そしてフェニキアの格納庫にもう1人、同じ台詞を呟いた人間がいた。
「今回は裏方がメインだって自分で言ってたじゃない」
 電子端末でMSの修理状況をチェックしながらマリューは傍らで紙をファイルに綴じているアスランに言った。階級の上ではアスランの方が上官なのだが、軍隊に長くいるのはマリューで、彼女自身が砕けた人柄の所有者なので年下にはほとんど敬語は用いない。アスランが配属された時は何度か注意した事があったのだが、その度に手をヒラヒラさせながら、肩肘張るなとか固すぎる男はもてないなどとはぐらかされる。正直なところ、未だアスランにとっては目の上のタンコブのような人物である。
「とりあえず、全員無事で良かったじゃない。MSもそんなに壊れてないし、チーフとしてはまず満足すべき結果かしら? アンタだって、結果的に手柄も立てられたんだから万々歳でしょうが」
 鼻歌混じりに端末を操作するマリュー。普段の仕事中に見せる不機嫌さなど微塵も感じさせない。しかし、だからといってこちらも同じ心境だと思われるのは迷惑な事だと、アスランは眉をひそめる。
「そういえば聞いた? 敵部隊の中にギラ・ドーガがいたんですってぇ。すぐに落とされたらしいけど」
 今時珍しい。自分も見てみたかったと呑気に笑うマリューに、ならば今度は部隊編成の際にMS隊に組み入れてやろうと半ば脅し気味に言ってからアスランは踵を返して格納庫から立ち去った。マリューの非難がましい声は無視した。 
       
 
 
「それ本当?」
「こんな嘘を言っても1銭の利益もありませんので」
 ユリシーズⅣの自室にて、ルナマリアはメイリンの言葉に首を傾げた。シャワーを浴びたばかりで髪を拭きながら妹の話を聞いている。
「姉さん、そんな乱暴に拭くと痛みますよ?」
「あたしのは丈夫だからいいのよ。で、利益になる嘘しか言わないあなたは真実をタダで教えてくれるのね?」
「はい、古来より“タダより高いモノはない”と言います。ですから私の場合、より高い付加価値を得るために真実を教える時は何も要求しません。何もせずとも利益以上のものが手に入る事もありますから」
 淡々とした口調の妹。使い終わって皺だらけになったタオルを丸めてベッドに放り、腰を下ろしたルナマリアは溜息をつく。
「……ご立派ね。まるで政治家の理屈だわ」
「なるほど、では私には政治家としての道も開けそうですね」
 早速、利益以上のものが転がり込んでくるとは――白々しい態度で腕を組み、大げさに頷く。
「話を戻すけど、敵部隊の中にガンダムタイプがいたっていうのは真実なわけね?」
「無論です。先ほども言いましたが、私は1銭にもならない嘘は付きません」
「先ほども言ったけど立派な心掛けだこと。育ちのせいかしら? それはともかく、ガンダムねぇ……」
「付け加えると、その“ガンダムによく似たMS”は黒かったらしいですよ」
 ルナマリアの脳裏にタナトスⅦにて交戦した黒いガンダムもどきの姿が蘇った。
「フラガ少尉が残念がってましたよ。アイマン軍曹の仇が取れたかもしれないのにって」
「仇討ちねぇ……」
 他人事のような口調で呟く。仮に今回の戦場にそのガンダムがいたとして、どうやって探せというのだ。そもそもアイマン軍曹を葬ったのはあの黒いMSではなく、灰色のMSだったはずである。
(あれ……そういえば、どんな形してたんだっけ)
 退却寸前に一瞥したはずだが、よく覚えていない。だが、覚えていたところで戦場で会えるとは限らないし、それほど親しいわけでもなかった同僚の仇討ちなどする気はなかった。別に怨恨や憎しみを超越しているわけではなく、単に面倒なだけだ。
「……アホくさ」
「少尉が聞いたら殴られますよ」
「その時は蹴り飛ばすわ」
 不穏当な発言を憚りない口調で言ってのける姉に、メイリンは肩をすくめる。
「今更指摘する事でもないですが……姉さんの辞書には平和的解決とか堪え忍ぶとかいう言葉は載っていないわけですね」
「堪えてたってね。相手を付け上がらせるだけよ」
 何かを思い出したのか、ルナマリアの口調に忌々しさのスパイスが加わる。
 殴られたら蹴り飛ばす。蹴り飛ばされれば落とし穴に落とす。基本的に『やられたら1.5倍にして返す』というのがルナマリアのやり方だ。ただ、受けたダメージがきちんと1.5倍として計算されているかはどうかは別の話である。
「まぁ、過剰防衛だと言われないよう気を付けて下さいね」
「心配しなくていいわよ。この艦に来てからは3回しか言われてないから」
「…………」
 おかしな事などないという風に胸を張る姉に、昔の映画に出てくるストリートギャングでも見るような目を向けるメイリン。
「それはそれは……聖人君子であられますね」
 かつて、暴力的な父親との喧嘩で生傷が絶えなかった聖人君子は、妹の言葉など意に介さず、肩をすくめてベッドに腰を下ろした。口が達者なメイリンでも、姉が冗談を言っているのは本気なのか判別できない事がある。
「しかし、少尉にはやり返すのに、アイマン軍曹の仇討ちは無しですか?」
「仇討ちとか復讐っていうのは、その意思と感情を持った奴がやるから意味があんの。そう思わない?」
 言いながら手鏡で自分の顔を覗き込む。自慢の“整った顔立ち”とやらを確かめているようだ。
「つまり姉さんにはやる気がないと?」
「言わなきゃ分かんない?」
「いえ、既定の事実を確認したまでです」
 そのような瑣末な事実を確かめるのに姉さんの高尚な舌筋を煩わせる必要はありません、とメイリン。第3者がいれば2人の会話の規則性や整合性を見出すのにかなりの労苦を強いられたに違いない。
「おまえら、本当に会話してんのか?」
 ある日、2人の会話をたまたま聞いたフラガ少尉がそのように言った事がある。
「この子の台詞に嫌味や皮肉が多くて聞くに堪えなかった?」
「この人の投げやりな返答とやる気の無さにうんざりしましたか?」
 どちらがどちらの台詞を言ったかはともかく、このように第3者とすら、まともな会話にならなかった。無論、本人達は無自覚だし、四六時中そのような事をしているわけでもないが。
「それにしても、ガンダムねぇ……」
 手鏡をベッドに放り、寛いだ姿勢を取るルナマリア。
「MSだってタダじゃないでしょうに。わざわざ金かけて作るもんかしら?」
「何かの実験機とか試作機では? こちらでも新型配備の噂はありますし」
「そうじゃなくって、ジオンがガンダムタイプを作る意味が分からないって事よ。何かの嫌味?」
 ルナマリアは、そこで意地の悪い笑みを浮かべる。自分の台詞で、ある推測を立てたのだ。
「なるほど、ならアレを作ったのはよっぽど性格の悪いヤツね。誰かさんみたいな……」
「姉さんの空想に干渉するつもりはありませんが、ブツブツと独り言を言いながら笑みを浮かべての流し見は、あらぬ誤解を招きますのでご注意を」
 すまし顔で冷淡な反応を返す妹に、姉は興味を削がれたように鼻を鳴らした。
 膝の上に頬杖をつき、他人の目が無いのをいい事に、大きく口を開けて欠伸をするルナマリアには、戦死した仲間を悼む素振りなど欠片も見られない。
 肩をすくめ、メイリンはそれ以上の会話を諦めた。普通の人間なら興味を示しそうなガンダムタイプの話題を持ちかけたというのに、このような素っ気無い態度をされては話を続ける気も萎えるというものだ。
「さて、私はもう少しだけ仕事が残っているので……」   
「仕事熱心なこと……疲れない? 休暇取ってどこか行ったら? 30年くらいさ」
「そうですねぇ。たまには日常の雑音を離れて1人の静けさを満喫するのもいいかもしれません」
 雑音という単語をことさらに強調しつつ、さり気無く姉を一瞥してから、メイリンは強引に話を切り上げた。退室する彼女の背中に何やら姉の言葉が投げつけられたが、それも“単なる雑音”として右耳から左耳へ素通りさせる。

 

「体の方は異常無し。それでもまぁ、少し横になっていくか。疲れたろうしな」
 作戦行動を終えて帰還途中のフェニキア艦内。
 軍医のアルコニにそう言われ、マナミは白い清潔なベッドに身体を横たえた。何となく疲れを感じていたのは事実だし、ステラとの用事も急ぎではない。しかし――。
「……本当に何ともなかったんですか?」
 問題無しと言われても、戦闘中のあの感覚を思い出して不安を覚えたマナミに対し、アルコニは椅子に座って背を向けたまま答えた。
「おいおい、15年も医者をやってる人間の言葉が信用できないのか?」 
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
「おまえさんが言ってた感覚っていうのが、今のところ何か悪い影響を及ぼしてるって事はない。才能が開花したのかもな」
 そう言って振り返り、患者に安心を与える笑みを浮かべる。ステラの放つ無言のプレッシャーとは対極の性質を持つソレに、心を縛っていた不安や緊張が緩む。
「才能……」
 マナミの呟きは、身分の違いから交際を許されない悲恋ドラマのヒロインが、想い人の名を口にするのに似ていた。多分、一生結ばれる事はないだろう、と他人事のように溜息を洩らす。
 いつの間にか見慣れてしまった医務室の天井を見上げる。
(そういえば、ステラさんは明日でもいいって言ってたっけ)
 束の間の休息時間が手に入った事に安堵を覚え、瞼を閉じた。睡魔は意外に早く訪れた。
 一方のステラは、ガイアの整備がひと段落すると格納庫から姿を消してしまった。おそらく自室にでも引っ込んでいるのだろうが、その行為に不平を鳴らす人物もいる。
「あんの女ぁ……俺がリベンジしようとしたのに逃げやがって」
 無重力の格納庫を漂いながら、カガリは右の拳を左掌に打ち付けた。
「アスハ軍曹、またルーシェ少尉に喧嘩売るつもりか? 戦闘の後で大して休んでないってのに」
「結局、撃墜数で勝てなかったからな。しかし、よく飽きないもんだ」
「脳細胞が単純なのって不幸だが、ある意味では幸福でもあるんだな」
 周囲の整備兵の好き勝手な囁きなど意に介さず(というより気付かず)カガリは胸中で空転する闘志を持て余していた。
「アスハ軍曹、暇なら報告書でも書け」 
 自身も胸の内で空回りする感情を抱えながらアスラン。それ以上は時間の浪費と考えたのか、ファイルから視線を上げないまま過ぎ去る。その背中を一瞥して、カガリは鬱陶しげな表情で黒い機体に視線を投げた。
「おまえも大変だろ。あんな根暗女に好き勝手動かされちゃ」
 もう少しの辛抱だ、と暴力夫に堪える妻を見るような瞳で、カガリはガイアを見据えた。拘りの理由は、ガンダムタイプのMSを動かしたいという欲求と“根暗女”に対する対抗意識である。ステラ・ルーシェなる人物と知り合ってから彼女は直感した。
「ああいう、何考えてんだが分からないヤツとは合わねぇ」
 直感に従って失敗する事の多い彼女にしては、珍しくそれは正しかった。そんな彼女にとって、ステラに対するマナミの懐き様は、理解不能以前に正気を疑ってしまう。あんな根暗のどこが良いんだと問えば、あの人は悪い人じゃありませんと返され、それが原因でマナミと衝突する事もある。周囲から見ればカガリが一方的に喧嘩を売っているようにしか見えないのが、彼女の不徳だろう。
「アスハさん。まだここにいたんだ」
 部隊員達の衝突が起これば、仲裁役を買って出る少年が声を掛けてきた。
「あん? ニコルか……おまえも暇なのか?」
「整備班長と機体チェックの打ち合わせがあるんだ。それが終わったら医務室にマナミちゃんを迎えにいく予定」
 さして関心もなさそうに、カガリは適当に相槌を打つ。
「ご苦労なこったな。よくそんなに気が回せるもんだ」
「性分だからね。カガリさんがルーシェ少尉をライバル視するのと似たようなものかな」
 後半部分は完全にからかい口調である。睨みつけると、ニコルは人好きする笑みを残してで去っていった。
「……ったく! 関係ねぇだろ!」  
 咄嗟に言い返す言葉が見つからず、カガリはその背中を見送るしかなかった。会話をキャッチボールに例えるなら、カガリが投げた直球を、無視して通り過ぎるのがステラ。こちらの反応を計算して投げ返してくるのがニコルである。ちなみにマナミの場合は、手を痛めながらも何とか受け止め、同じく直球(ただし速度は緩い)で返してくる。
「どいつもこいつも……」
 戦闘中よりは落ち着き払った声で、それでも精々忌々しさを込めて呟いた。
 この部隊の真の実力者は自分である。然るに、間違ってエースを気取っている(とカガリは思っている)あの根暗な女士官のしかめっ面を泣きっ面に変えて、自分こそが目の前の黒い甲冑を身に纏う資格がある事を証明せねばならない。にも関わらず、周囲の態度と来たら……。
「ま、しょうがねぇか。天才とか偉才ってのは、最初の内は理解されないもんだしな」
 一瞬前の不機嫌な自分に別れを告げ、ケロっとした表情で笑うカガリ。その様子を遠巻きに眺めていた整備兵が肩をすくめた。
「やれやれ、ああやって自分勝手に盛り上がってる内はいいが……」
 ひと度、感情の箍が外れた時、それが乱気流となって周囲に被害を及ぼす様は筆舌に尽くし難い。特にその被害を受け易い立場にあるササミヤ伍長には同情を禁じえない。と同時に、こちらに及ぶかもしれない被害をも引き受けてくれる少女に感謝もしている。
「トラブルメーカーという言葉を最初に考えた奴は預言者だったのさ。未来世界にアスハ軍曹という存在を知ったからこそ思いついたに違いない」
 アスランが本人に聞こえるように言ったのだが、その時、言われた当人は居眠りをしていたため、ニコルが懸念した乱闘騒ぎは不発に終わった。もっとも、アスランもカガリが居眠りしているのを承知の上で、日頃のストレスを僅かながら発散させたかったのであるが。
「……ん?」
 格納庫から出て通路を歩いていたカガリは、自分にとって超克すべき相手が通信室から出てくるところを目撃した。その人物はカガリの存在など気にも留めず、悠然と、あるいは淡々とした動作で彼女の横を通り過ぎて行った。
「あ、おい……!」
 呼び止めにも応じずに去っていく寡黙な背中を見送りながら、ふとカガリは彼女が出てきた通信室のドアを見る。あの“根暗女”が、任務と食事以外に自分から口を開かないあの女士官が、通信室で一体何をしていたのか。カガリでなくとも興味が湧かないはずはなかった。ただし、その興味が行動に直結するかどうかは本人次第であり、カガリ・ユラ・アスハ軍曹は興味と行動の距離が非常に近い。カガリがそれを自覚したのは、既に通信室に足を踏み入れた後であった。
「通信室って事は、どっかに連絡入れたんだよな」
 乗員の部屋の3分の1ほどの広さを持つ空間には、大きめの通信用スクリーンと専用の端末が置かれている。非戦闘時において、重要事項の伝達からプライベートな連絡までを行う場所である。
「まぁ、おまえの場合は厨房で盗み食いに入るとかならありそうだな」
 そう言われた事を思い出したが、とりあえず空想世界で発言者の後頭部を蹴り付けるだけで済ませておく。
 乱暴な手つきで端末に指を走らせ、名前とIDコード、記憶の網を手繰り寄せてからパスワードを入力した。
 カガリ自身、この場所を度々利用するので、基本的な機器の操作は把握している。ステラの秘密の一旦を握ろうとはりきって通信履歴を調べたものの、彼女の邪な企みと操作の手はすぐに止まってしまった。
「どういう事だ?」
 手元の確認用ディスプレイには使用記録が表示されているが、それによれば最後の使用時刻は2日前の午後7時26分。これは他ならぬカガリが使用した際の時刻である。つまり、ステラは通信機を使用していないという事だろうか。あるいは通信記録を消したのかもしれないが、何故そのようにする必要があるのだろう。
「何考えてんだ。あの女……」
 日頃の彼女らしくもなく、カガリは考え込んだ。ステラに対抗意識を燃やす一方で、どこか得体の知れないうそ寒さを覚える時もある。
「アンビーバレーっつったっけか? アホらし」
 カガリが言いたかったのはアンビヴァレンスの事だが、それは同じ対象に相反する感情を抱くという意味の単語で、この場合は少しばかり違うのでは、とニコルがその場にいれば訂正を促しただろう。
「元から怪しい奴だったし、今更不審行動の1つや2つ……」
 豪放とも無責任とも取れる独り言を洩らして、カガリは通信室を後にした。元々、好奇心から出た行動であり、自分が捜査やスパイ活動に向いていないのは自覚していた。だが、口で言うほど思考をさっぱりさせたわけではなく、ステラの妙な行動はカガリの記憶の網に引っ掛かったままになっていた。





 第2話 「空威張りと空元気と空回りのラインダンス」―――――完

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