猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS11

 戦闘妖精雪風 外伝  <1.妖精達が舞う空>

 人類が『ジャム』と呼ばれる異星体と遭遇して、既に30年が経つ。
 南極大陸に聳える巨大な霧の柱。それは塔のようでもあり、氷の大地に突き刺さった杭のようでもある。確かなのは、その霧の柱――或いは塔――或いは杭――が未知の惑星へと繋がる『通路』のような役割を果たし、そこからジャムの戦闘機が現れ、人類に襲い掛かってきたという事だ。
 幾度も戦いを繰り返して人類はジャムを通路へと追い返す。
 通路を抜けると人類が“フェアリイ”と名付けた未知の惑星へと出る。ジャムを追いやった人類はフェアリイ側通路出口の周辺に6つの基地を配置して絶対防衛線を張った。その防衛線を守るのがフェアリイ空軍。通称FAFである。以来、人類とジャムの戦いは通路周辺に限定された。その結果、地球側の人類がジャムを忘れ始めたという事実は皮肉というしかない。
 ジャムという存在そのものが記憶から消えたわけではない。忘れられつつあるのはジャムに対する『脅威』『危機感』『関心』といったものだ。
 FAFがジャムの侵攻を喰い止めている一方で、地球では相変わらず人間同士の争いが続いている。それどころか、ジャムの存在が争いの理由に使われる事すらあった。
 地球人類にとってFAFとジャムの戦いは、3流SFドラマの世界としか映らないようだ。挙句の果てにジャムの存在そのものを疑い出す者まで現れる始末である。しかし、そういった地球側の身勝手な思惑など、FAFの戦士達にはどうでも良い事だった。
 彼らにとってジャムとは現実の存在であり、彼らを倒さなければ自分達が餌食になってしまう。余計な事など考えている暇は無い。FAF前線戦術航空基地――通称TAB-14基地所属第1398戦闘飛行戦隊所属の朝霧鈴(あさぎり れい)少尉も同様である。いや、周囲の者には彼女がそもそも物事をまともに考えるのか疑問だった。




 朝霧鈴。年齢は21歳。

FAF所属の戦闘機パイロットで、顔立ちそのものは悪くないが、あまり手入れの行き届いていない黒髪や、常に何かを凝視しているように大きく見開かれた瞳が古びて痛みの激しい和人形を彷彿とさせる。“大きくて愛くるしい瞳”などと呼べる代物ではなく、どちらかと言えば出目金のそれに近い。
 そんな彼女は今、FAF主力戦闘機『FA-1 ファーン』の操縦席にいた。
 フェアリイ星を照らす2つの太陽の下、彼女のファーンは同部隊の戦闘機と共に編隊飛行中であった。
 同僚の隊員達から敬遠されがちなその顔も、今はヘルメットで覆われていて見えない。そうでなくとも音速で飛行する飛行機のコックピット内を覗くなど不可能だ。
 哨戒中の早期警戒機が少数で移動する所属不明機の編隊を発見。フェアリイ星において不明機を発見すれば十中八九、ジャムの戦闘機である。そこで鈴の所属する部隊にスクランブルがかかったというわけだ。
『ウィスプよりコボルトへ』
 通信機からファンタジックな名前が聞こえてくる。いくらフェアリイという名前の惑星でも、妖精や精霊が実在するわけではない。
『不明機を捉えた。予測通りのコースを進んでいる。レーダー上の機影は8。このまま行けば約2分後に接触する』
 早期警戒機――コールサイン“ウィスプ”から第1398戦闘飛行戦隊“コボルト”へ通信。
『了解。コボルトリーダーより各機へ』
 編隊長がウィスプから送られた情報を元に指示を飛ばす。不明機群を追撃する形で彼らは飛行していた。
『コースは現状を維持。不明機をジャムと確認次第、攻撃を行う。電子戦闘用意』
 早期警戒機からのデータをファーンのコンピュータにコピー。コックピット前面に立てられたガラス板――ヘッドアップディスプレイ、通称HUDにデジタル情報として表示される。
『最初の攻撃の後、残存する敵機を二手に分かれて挟み撃ちにするぞ』
 詳細は事前のブリーフィングで確認済みだ。片方は隊長機が指揮を行い、もう片方は3番機パイロットが指揮する。5番機である鈴のファーンは、隊長機とは別の編隊に組み込まれている。
『コボルト2、了解』
『コボルト3、了解。付いてくる奴はちゃんと俺の指示に従えよ? 特に朝霧少尉! 分かってるなアイ・ボール!』
 3番機のゲイル中尉からあだ名で呼ばれ、鈴はその由来である大きな双眸を動かしてキャノピー越しに3番機のファーンを一瞥してから短く答えた。
「コボルト5、了解」
 機械的な返事。それは感情の薄い、というよりは意思の薄い声。アイ・ボールなどというあからさまな蔑称にも、彼女は関心を示さなかった。この時の鈴が関心を向けていたのはレーダー上のシンボルマークである。自機を中心とした索敵範囲を映したディスプレイ。自機周辺のマークは味方編隊。11時方向に映るのは不明機が8つ。さらにもう1つ。レーダーディスプレイの片隅を横切るように、1機の味方シンボルマークが通り過ぎた。
『見ろよ。特殊戦機の御出ましだ』
 同僚の、自分に向けられた感情と同質のものを内包した声を聞き流し、鈴は高高度を飛翔する物体を見上げた。
 地上の人間が天高く舞う白鳥を見る時と同じ瞳で、彼女はソレを見つめる。無論、はっきりと姿を確認できるわけではない。
 FAF戦術空軍団、フェアリィ基地戦術戦闘航空団所属、特殊戦第5飛行隊。SAFと略されるその部隊こそFAFの“陰の参謀”と呼ばれ、1部隊でしかないにも関わらず軍団レベルの権限を持つ存在である。
 朝霧少尉が見つめたのは、その特殊戦隊に配備されている、通称『スーパーシルフ』と呼ばれる戦闘機である。
 FAF最強の戦闘機『FFR-31 シルフィード』に更なる改良を加え、大型戦術電子偵察機として生まれ変わったのが『FFR31-MR/D スーパーシルフ』だ。
 特殊戦の保有する13機しか存在しないスーパーシルフ。その作戦行動においては編隊飛行をせず、単機もしくは2機で行動し、他の味方部隊が出撃する際に距離を保って同行する。そしてジャムとの戦闘をあらゆる最新電子機器によってモニターしているのだ。
 戦闘機の改良、作戦内容の改善、敵の情報等――FAFが行動の指針を決定するのに極めて重要な情報を集め、ファイルに保存して持ち帰る事。それが特殊戦の任務である。
 決して戦闘に加わってはいけない。味方を援護などしてはいけない。必ず情報を持ち帰るべし。
『味方を犠牲にしてでも帰還せよ』
 その至上命令により、スーパーシルフは味方部隊が窮地に立たされても決して手を出さない。最新鋭の武装も、自機と情報ファイルを守るための物だ。
『今日も高みの見物か。羨ましいご身分だぜ』
『俺達がどんな目に遭っても、黙って基地に帰りやがる。ブーメラン戦隊とはよく言ったもんだな』
 侮蔑と苛立ちと憤りを混ぜ合わせたコボルトリーダーの声。だが、ファーンを上空から追い抜いていくスーパーシルフを見て鈴が抱いたのは別の感想だった。
(キレイ……まるで……)
『目標接近。ジャムの偵察部隊に間違いない』
 鋭い声が鈴の思考を現実に引き戻す。
 IFFと呼ばれる敵味方識別装置が、レーダー上の反応を敵と認定する。鈴は計器類に並んだスイッチの1つを入れた。ファーンの武装がスタンバイされる。
 HUD上に四角い図形に囲まれた複数の黒い機影。ジャムの戦闘機だ。
 鈴は中距離射程ミサイルを選択。HUD上の図形に円が追加される。円は滑るように四角を追いかけて重なり、その線が赤に変色。同時にロックオン完了の信号音。
「コボルト5、フォックス3」
 コールと共にスティックの発射スイッチを押し込む。ファーンが翼に抱えたミサイルが2本切り離され、尾部から炎と煙を吐き出しつつ、フェアリィ星の大気を貫くように進んでいく。
 他のファーンからも同じミサイルが発射され、それぞれが認定したターゲットに向けて飛翔する。HUDに表示されたミサイル到達予測時間が減っていくのを、鈴は大きな瞳で見守った。
 数字が0になった。四角枠内のターゲットが一瞬の煌きと同時に黒煙を撒き散らす。
 発射されたミサイルの内、命中は3。その中に、鈴の放ったミサイルは残念ながら含まれていなかった。
『ウィスプよりコボルトへ。残りの機数は5。急速反転してくる。やる気だぞ』
『了解。コボルトリーダーより各機へ。予定通り二手に分かれて迎撃する。コボルト2、コボルト4、続け』
 急上昇していく隊長機とそれに続く味方機。
『よし、こちらも行動開始だ。コボルト3、エンゲージ』
 3番機が交戦を宣言。機体を90度回転させ、ジャム編隊の後背に喰い付こうと加速していく。鈴の5番機と6番機もそれに倣った。まるで餌となる魚の群れを見つけた巨魚だ。
「コボルト5、エンゲージ……今度は、ちゃんと掃除しないと……」
 前半の事務的なコールに対して、猫が寝言を発するような後半の台詞。
『何か言ったか? 朝霧少尉』
 ゲイル中尉の言葉に、鈴は答えない。無視しているのではなく、会話するという意思行動自体が彼女には欠けていた。日頃から鈴のそう言った面を知っている中尉は、通信機では拾えない声で何かを吐き捨てるように言っただけで、それ以上の会話は途切れた。
 
 


 コックピット前面のレーダーディスプレイの中で、敵味方の位置を示すシンボルマークが入り乱れる。その1つ1つは勿論、常にレーダーの中心にいる鈴のファーン自体も、目まぐるしく変化する状況に文字通り翻弄されていた。
『コボルト6、左から狙っている! ブレイクだ!』
『駄目だ! 前にも1機……』
 コボルト6を狙うジャム機がミサイルを発射。コボルト6のファーンが機体後部からフレアを射出。複数の熱源がミサイルを誘惑する。その誘惑に耐え切れず、ミサイルの機動が逸れてコボルト6は窮地を脱した。だが、それも一瞬でしかない。
 下方から2機、上方から1機。獣の牙のようにコボルト6を噛み砕こうと、相対距離を詰める。
 急旋回を試みるものの、3方向から狙われては回避のしようがない。他の味方機も援護の余裕は無かった。
『くそ……!』
 急激なGに耐えながら、コボルト6ことクレイハルム少尉が呻く。キャノピー越しに見えるジャムの戦闘機が連星太陽の光を受け、まるで死神の鎌のように白々と輝きを放つ。
『あ……』 
 3対の鎌の1つが砕け散った。
 少尉のファーンを掬い上げるように、もう1機のファーンが機首をもたげ、下方から追い抜いて上昇する。
『……アイ・ボールか』
 不気味なまでに見開かれた双眸を思い出し、狭いコックピットの中でクレイハルムは身震いした。自分の危機を救ってくれた事に関して感謝の念はない。
 クレイハルムの不愉快な感情など気にも留めず、アイ・ボールこと朝霧鈴少尉の駆るファーンが機体を翻し、機関砲を発射。絶妙なタイミングと角度で放たれた曳光弾がジャム機を捉え、四散させる。あっという間に2機。
 クレイハイムを追っていた最後の1機が別方向からの攻撃で撃墜される。天頂方向から仕掛けた隊長達の攻撃が成功したのだ。
 コボルト3の隊が敵の注意を逸らし、その隙に隊長の部隊が奇襲をかける。シンプルだが、息の合った連携が必要なこの作戦は、完璧に近い形で成功しようとしていた。
『砂上から不明機!? コボルト、退避だ!』
 ウィスプから悲鳴に近い警告が飛ぶ。ファーンのレーダーが急激な反応を示し、敵を表すシンボルマークがコボルト隊を取り囲むように出現する。
 眼下に広がる白い砂漠。
 まるで砂糖のようにも見えるその砂中から、いくつもの黒いロケットが姿を現す。
 舞い上がった砂とロケットの噴煙に包まれているのは、大型のブースターを着込んだジャムの戦闘機。
『退避が間に合わない! 各機、応戦しろ!』
『こんな……馬鹿みたいな戦法があるか! ジャムは何を考えてる!?』
 一瞬でジャムの包囲下に置かれた第1398戦闘飛行戦隊。戦闘機にロケットを括り付けて砂中から飛ばすなど、普通では考えられない。相手が“人間”であれば、だ。
『奴らに常識なんか通じるか! 考えるより手足を動かせ!』
 ブースターを捨てたジャム機が迫り、あらゆる機器が危険を知らせる。
 パイロット達は四方から放たれるミサイルを、文字通り錐揉み状態となって避け続けるしかなかった。ミサイルのレーダー波を誤魔化すための金属片“チャフ”をばら撒き、赤外線追尾ミサイルから逃れるための熱源体“フレア”を光らせ、それでもミサイルは獲物を追い詰める野獣の爪となってファーンに肉迫する。
『コボルト4! 回避だ!』
『機体が限界だ! これ以上は……』
 コボルト4の通信が途絶える。その瞬間、彼のファーンがいた空間には爆散した金属片が広がっていた。レーダーから味方のシンボルマークが1つ消える。
『畜生! こいつら……!』
 コボルトリーダーは焦りと悔しさに歯噛みする。ジャムの罠にまんまと嵌ってしまった。自分と仲間の機体を追尾するジャム機が、彼には一瞬、嘲笑っているように見えた。
 リーダーの焦燥を他所に、ただ1機だけ果敢に応戦するファーンがいた。いや、果敢というよりは周囲の状況など無視して己の役目を黙々と果たそうとする機械のような動きと言えたかもしれない。
「ジャムが……掃除しなくちゃ……フォックス2!」
 呟くような独り言と冷厳なコール。変化の激しい彼女の口調に関して、朝霧鈴少尉には2つの人格が存在し、それがたった1つの体を奪い合っているのだ――と同僚達は噂している。
 鈴は短距離射程ミサイルを発射。味方を狙うジャム機に命中。混迷した状況の中で、彼女のコックピット内だけ時間が静止しているかに見える。
 容赦なく襲い掛かるGが体をシートに押し付けるも、それにすら関心を示さないかのように、鈴は表情を変えない。
 前方からジャムが接近。加えて後方からも不吉な機影が迫ってくる。
 挟み撃ちにされた。しかし、鈴は無言のままファーンを急降下させる。2機のジャムは衝突寸前で交錯し、航跡を絡み合わせるように鈴のファーンを追いかけてくる。その先にはゲイル中尉のファーン。
『な……!』
 他方向からの攻撃を振り切るのに集中していたゲイル中尉は、目前を一瞬で通り過ぎたファーンに驚き、機体姿勢を崩す。それは鈴のファーンを追っていたジャム機も同様だった。別々の方向に機首を向け、衝突を回避。その瞬間、すでに旋回して狙いを定めた鈴が、真正面にジャム機を捉える。武装はガンを選択。
 ファーンの機首に装備された20mmガトリング機関砲が再び吼え猛る。
 ジャム機は直撃を免れたものの、銃弾が右主翼にしたたかに損傷を与え、体勢を崩したところへ他のファーンからトドメを刺された。
 朝霧少尉に人格的な問題があるとしても、同僚達との交流がほとんど無くても、彼女が戦闘機パイロットとしては1流以上の腕を有している事を、ゲイル中尉は認めざるを得ない。
 だが、その認識に苦々しさが伴っているのは、朝霧少尉に対する負の感情や忌避感が深刻なまでに根付いてる証拠であろう。その理由の1つとして、戦闘中における彼女の独走ぶりである。今も1歩間違えれば味方同士で衝突していた。普通なら始末書1枚では済まされないニアミスだ。
(あいつ……俺を盾代わりにしやがって!)
 視線に殺意すら込めて、ゲイル中尉は朝霧少尉のファーンを睨みつける。しかし、視線で他人を殺傷する事は叶わず、その鬱憤を晴らすかのようにもう1機のジャムを追撃した。
 HUD上でミサイルシーカーが四角枠に囲まれたジャムを追いかけ回す。あのような人間の欠陥品に負けて成るものか。
『コボルト3! 後ろだ!』
『なに……!』
 信じられない光景を前に、ゲイル中尉は味方からの警告を他人事のように聞き流してしまった。前方にいたはずのジャムが、いつの間にか彼の背後にいたのだ。
『コイツ……どんな魔法を!?』
 一瞬前まで追撃していたジャムの機体が至近距離でミサイルを発射。ゲイル中尉はジャムの“魔法”の秘密を知る事無く、フェアリイの空に散った。
 ファーンが炎と煙と破片に姿を変えた直後、それを生み出したジャム機も同じく破片と化した。
『脱出は確認できんか……クソ!』
 部下の仇を討ったコボルトリーダー機。だが、状況は悪化している。
 すでに編隊も戦術もなく、彼らはジャムが作り上げた罠の中で、手負いの獣となってのた打ち回っているような状態だ。誰が生き残っていて誰が墜とされたのか。明確な状況など分かりはしない。
 詳細な状況を知るのは現時点ではただ1機。他人事のように高高度からこの戦いを見つめる特殊戦機だけであろう。その特殊戦機が収集している情報も味方部隊の不利を伝えていたが、ただ1つ例外が存在した。
 朝霧少尉のファーンだけがそんな不利など何処吹く風と、はしゃぎ回る妖精のようにフェアリイ上空を舞っている。しかし、敵味方の絶対数に差が生じてきたため、次第に彼女のファーンも追い詰められていく。
 4機のジャムが背後に喰らい付き、レーダー照射を受け続けるせいでファーンのコックピットでは警報が鳴り止まない。
 身体に圧し掛かる激しいGも意に介さず、大きな双眸に動揺の色を浮かべる事もなく、鈴はファーンの安全設計限界値を上回る機動で追撃者を振り切ろうとする。だが、如何せん相手の数が多過ぎた。振り切るのに成功してもまた新手に狙われる。
 一方的な狩猟に終止符を打ったのは、鈴がアフタバーナーを全開にして加速し、急上昇を開始した時だった。
 空戦エネルギーの減少で、ジャムがまさに彼女のファーンをロックオンしようとした時、突如その矛先を変えた。
「……?」
 肉食獣を警戒する草食動物のように瞳を動かし、鈴はジャムの戦闘機が向かう先を見つめた。連星太陽の片方が放つ紅蓮のガス――ブラディ・ロードと呼ばれる紅い天の川が彼女の瞳に広がった。 
 レーダーディスプレイから彼女を追っていた敵機のシンボルマークが消失する。
『ウィスプよりコボルト5へ。特殊戦機がジャムを撃墜した。運が良かったな』
 最初はディスプレイの片隅の映っていたはずの味方シンボルマークがすぐ近くにあった。
 鈴は彼女自身も気付かない内に、ジャムを特殊戦機スーパーシルフのフライトコース付近へ誘導していたのだ。
 ジャム機はスーパーシルフに、ファーンより高い脅威度を示したらしく、目標を変更して目障りな観察者を排除にかかり、そして返り討ちに遭った。
 気付けば、飛んでいるのは彼女の機体だけだった。味方機は全て墜とされたらしい。
 残っていた他のジャムはすでに退却していた。充分な戦果と判断したのか、スーパーシルフに恐れをなしたのかは不明である。
「スーパー……シルフ……」
 呟きながら機体の角度を変え、夢中でその姿を視界に求める。ヘルメットの中で表情はほとんど動かさなかったが、そこには夜中に流れ星を探す子供のような無邪気さが入り混じっていた。 
 同僚達の中で最も視力が優れている鈴は、程なくしてファーンの頭上を過ぎていく戦闘機を垣間見る事が出来た。スーパーシルフの大型なボディも、発見に一役買ったようだ。大出力のエンジンによって生み出される速度でフェアリイの空を駆け抜けていく。
「キレイ……」
 戦闘前に中断された思考が戻ってきた。
(……まるで)
 スーパーフェニックスと呼ばれる最新鋭のエンジンも、敵から逃れるためのものだ。
 自機の生存を求めるためだけの性能。
 他の部隊からは“死神”とまで揶揄される戦術電子偵察機。
 鈴が見つめるそのスーパーシルフは特殊戦における3番機で『雪風』というパーソナルネームで呼ばれている。だが、朝霧鈴には瑣末な事情だった。
(まるで……本物の妖精みたい……)
 彼女にとって、その大きな瞳に映るものが綺麗であれば、それで良い。美しい物を美しいと感じられるその瞬間こそ、彼女に生者としての充実感を与えてくれるのだから。
『ウィスプよりコボルト5へ。生き残っているのは貴機だけだ。帰投コースを送る』
 鈴の感慨を他所に、雪風は航跡雲を残して飛び去り、あっという間にレーダーレンジから消えた。旧式となるつつあるファーンとは大違いだ。その航跡雲さえも、鈴には妖精の羽から零れた魔法の粉に見えた。
『コボルト5、どうした。負傷しているのか? 応答せよ』
「……コボルト5、了解。コース確認。感謝する」
 転送された帰投コースにファーンを乗せながら事務的に答えると、無意識の内に呟きが漏れた。
「せっかく……良い気持ちで見てたのに……」
 少し目を離した隙に、綺麗な魔法の粉は消えてしまっていた。
 指示を出してくる早期警戒機が飛んでいるであろう方角に視線を向ける。両眼に激しい感情の光が灯っているように見えたのは、果たして連星の紅いガスが見せた幻であったのか。
『何だ? 何か言ったか? コボルト5』
 朝霧少尉は、今度は意識的に返答しなかった。
 出撃時には編隊を組んでいた彼女のファーンは、今は単機で孤独なフライトを行っている。アイ・ボールなどと呼ぶ者もいない。しかし鈴には、仲間を失った悲しみも孤独も、戦闘後の恐怖の残滓すら感じられない。元々、彼女は同僚達とは交流が薄かったが、別に“キレイじゃない”彼らに、何の価値も見出していなかったのだ。
 程なくしてTAB-14が見えてくる。出来れば、もっとあの妖精を見ていたかったと思う彼女の心とは裏腹に、身体はいつも通りにファーンを動かし、着陸のためのアプローチに入る。
 


 
「これは君にとっても悪い話ではなかろう?」
 矢沢少佐は組んだ腕を解き、元々細い目を更に細めた。
 少佐とは対照的に、大きく見開かれた瞳に微かな疑問符を浮かべ、朝霧少尉は首を少しばかり傾げる。無表情のままそれをやるものだから、古い和人形の首が劣化のせいで折れてしまったようにも見えた。
「……どうしてですか?」
 抑揚の無い、呟くような質問。
 少佐は話し終えたばかりの用件をもう1度言った。
「特殊戦部隊への異動命令だよ。しかも13機しか存在しない戦術電子偵察機のパイロットとして、だ。君は選ばれたんだ」
 デスク上で人差し指にタップダンスをさせながら矢沢少佐は朝霧少尉を見据えた。
 当の本人、朝霧鈴は少し間をおいて少佐の言葉の意味を考える。やはり無表情なので、ただぼおっと立っているだけのように見えた。
「……どうしてですか?」
 再び同じ質問が発せられた。まるで痴呆症の患者だ。普通なら苛立ちの余り怒鳴りつけるところだろうが、矢沢はむしろ彼女の反応を楽しんでいる様子だった。
「君は特別な存在、という事だよ」
 干し肉のような頬筋で構成された顔が冗談混じりの笑みを浮かべる。
「特別?」
「そう、特別だ。先の戦闘でジャムの罠からたった1人生還したという事実が、それを雄弁に証明しているではないか」
 そのように言われても、鈴は喜ぶ様子もない。仲間の死を悼んでいるから――ではなく、彼女にとって喜ぶ事実ではないからだ。
「そんな君を、特殊戦がパイロットとして迎えたいと言っているのだ。優秀な戦士をこのような前線基地に留め置くのは勿体無いと感じたのだな」
 先ほどから朝霧少尉を絶賛している矢沢少佐。
 実際は、チームプレイという言葉を知らないかのような行動の多い朝霧少尉を、TAB-14の他の部隊が入れたがらず、そこへタイミング良く特殊戦からの要請があったというわけだ。
 体の良い厄介払い。
 無論、朝霧少尉はそのような事を気にするような性格の持ち主ではない。だが、矢沢少佐の方がその件をどう考えているかは不明だ。
「アイツは何を考えてるか分からない。気味が悪い」
 周囲からそう陰口を叩かれている2人が同じ場所にいる。
 彼らは自分の風評について何とも思っていない点においても共通していたが、矢沢少佐の場合は、そこに『得体が知れない』と付け加えられる事もある。
「いずれにせよ。異動は決定事項だ。早い内に準備を始めたまえ」
 送別会を予定していると、どこか楽しげに両手を拡げて言う矢沢少佐を他所に、鈴の脳裏に浮かんだのはあのスーパーシルフだった。
 超音速下での巡航、高機動を実現させるための大出力エンジン『フェニックス・マークⅩ』によって生み出される鮮やかな航跡雲。
 あんな綺麗な妖精が、本当に自分のものになるのか。そう思うと、微かに胸が躍った。矢沢少佐の話など、もう耳に入らない。
 こうして朝霧鈴少尉は戦術航空軍団、フェアリイ基地戦術戦闘航空団第5飛行隊。通称『特殊戦』または『ブーメラン戦隊』へ配属される事が決定した。
 ささやかに催された送別会は、主賓を除く出席者全員が盛り上がった。厄介払いとはいえ6大基地への異動は、出世と同義である事には違いないのだ。
 



 ―――――to be continue





 ¥あとがきっす¥

 いつもの癖です。
 ハマった作品の2次創作SSを書きました。
 戦闘機にも最近、かなーりハマっております。ロボットも好きですが、戦闘機もまた違った魅力があるもんですなぁ~。
 そんな話はどうでもいいですね……(--;

 この『戦闘妖精雪風』は戦闘機が登場するSF作品なのですが、“妖精”という辺りがどことなくファンタジーっぽい雰囲気を醸し出して、その独特の空気が好きですね。
 私が今回書かせていただいているSSは、本編よりも前の話という設定です。
 また、この雪風は原作が小説で、OVA化もされているのですが、小説と映像版の作品はまるで雰囲気が違い、別作品と化している部分もあります。私の書くこのSSはどちら版の外伝という指定はしません。あくまでどちらとも取れる内容でやろうかと思っておりますが、それ故に特定のキャラや戦闘機の描写でぼやかして書くところが出てきますので、予めご了承下さい……いえ、決して手抜きをしているわけでは(以下略
 
 


○用語説明


・早期警戒機――巨大なレーダーを装備した空中管制機で、通称『AWACS』とも呼ばれています。敵の早期発見を任務とし、作中のように味方の戦闘部隊に電子的なサポートも行います。現代の航空戦において欠かせない存在と言えるでしょう。

・ヘッドアップディスプレイ――戦闘機が出てくるドラマ、アニメ、漫画、映画、ゲーム等に触れた経験のある方なら分かるでしょうが、コックピット前面に立てられているガラス板のようなものです。必要な情報は全てここに表示され、パイロットの視点の動きを小さくする事ができます。HUD(ハッド)と省略される事が多いです。

・シンボルマーク――戦闘機が出てくる(中略)なら分かるでしょうが、レーダー画面に△や○、◎という感じで表示されているマークでこれらが味方や敵を表しています。

・IFF――レーダー上に捉えた機が敵なのか味方なのかを、識別信号によってパイロットに教える装置です。

・フォックス2、フォックス3――これらはミサイル等の武器を使用する際、他の味方に注意を促すためのコールです。数字は兵装の種類。フォックス2は赤外線追尾式ミサイルの発射時にコールし、フォックス3はアクティブ・ホーミングミサイル(レーダーを内蔵したミサイル)を発射した際のコールです。

・エンゲージ――『私は敵を見つけました。これから戦います』という意味だと思います(ぉ

・ブレイク――敵機の追撃やミサイル回避等で、編隊行動から外れる際のコールです。

・フレア――赤外線追尾式ミサイルから回避するために射出される、熱を発する物質です。

・チャフ――レーダー誘導式ミサイルを回避するためにばら撒かれる細かい金属片です。これがレーダー波を乱反射させ、目標の特定を困難にするのだそうです。

・アフターバーナー――戦闘機が出て(以下略) エンジンを急激に再燃させるもので、これによって戦闘機は急加速ができます。ただし燃料消費も著しいので、基本的に緊急時以外は使いません。

 SS(投稿作品) 管理用2

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