猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS15

『機動戦士ガンダム  ~DIVIDED HISTORY~』

第3話 「火星のアイドルと戦士達の休息及び不満 SIGHT―1」


「ったく! 何で俺がこんな使い走りみたいな真似しなきゃなんないんだよ」
 苛立ち混じりの不平を聞いて、マナミ・ササミヤ伍長は溜息をつきたくなったが、直前で止めた。そんな事をすれば、今の発言者から睨まれるか絡まれるか、いずれかの状況に陥るのだ。
 マナミの横で乱暴に頭を掻くのはカガリ・ユラ・アスハ軍曹殿。とても16歳の少女の仕草ではないが、それを指摘するのも自身を危うくする。保身主義を貫徹し、何も言わないでおくとしよう。
「仕方ないよ。他の人達は忙しいんだから」
 やや後方から宥めにかかったのはニコル・アマルフィ軍曹。マナミがカガリに何も言わなくても、この年上の少年がカガリを抑えてくれる。
 彼は目の前の棚に陳列されている商品と手元のメモを見比べながら、該当する品物を籠に納めていく。
「それに、おかげで優先的に上陸許可が降りたんだから、いいんじゃないかな?」
 休日は部屋に篭っているより、どこかに出かけた方が健全で良い、と一般的な正論を並べるニコル。
「俺が言いたいのは、折角の休みだっつうのに! 貴重な時間をガキの使いに費やしてるって事だよ!」
「あ、あの、カガリさん……ここ、お店の中ですから」
 さすがに周囲の視線に耐え切れなくなったマナミが保身主義を捨てて恐る恐る声をかける。すると案の定、手負いの獣のような目を向けられた。
「うるせっ! だいたいな、こういうのはおまえ1人で充分だろ! なんで俺まで付き合わなきゃならないんだ!」
「す、すいません……」
 ただでさえ小柄な身体を更に小さくしてマナミ。
 彼女らがいるのは、火星圏のML-3宙域に位置するスペースコロニー郡の1つ『セルシア』の居住区の一角にあるスーパーマーケット。
 戦闘を終え、このコロニーに整備と補給と休養のために入港したフェニキア。だが、乗組員全員が一斉に休めるはずはなく、交代で船と街を行き来する。
 コロニーに到着するまでに重要な仕事が終わっていたパイロット3名に、最初の上陸許可が下りたのは当然かもしれないが、それによって他の乗組員から山ほど買い物を頼まれるという『栄誉』を仰せつかった。
 軍の支給品だけでは限界があるし、普段から個人的な買い物など出来ない人間にとっては滅多にない機会である。
 かくして、この3名に乗組員達の要求する品物のメモ用紙が渡ったというわけある。
 実は以前、別のコロニーに入港した際、同じように買い物を頼まれたのだが、その時は少量だったので、マナミが1人で街へ出た。その結果、家出少女と間違われて警察局まで連れていかれてしまい、フェニキア内で大騒ぎになったのである。

『あ、あなた軍人さんなの!?』

 迷子や家出した子供の相手を担当している婦人警官が目を丸くする様を、今でもはっきりと思い出す事ができる。
 警察局から戻ってきた時の恥ずかしさと言ったら、マナミの顔の温度だけで絶対零度の宇宙空間をすら灼熱地獄に変えてしまいかねないほどだった。
 せめて軍服を着ていればこんな事にもならなかっただろうか。いや、マナミのような少女が軍服を着て街を歩けば、それはそれで人目を引いてしまうかもしれない。
 地球のネオ・ジオンはどうか知らないが、火星のネオ・ジオンでは軍艦内に私服の持ち込みが許可されている。
 無論、任務時や非任務時を問わず、基本的に軍服を着用せねばならないが、コロニーの街へ繰り出す際には私服着用が許されるのだ。万が一、火星派の赤い軍服を着た人間が街でトラブルでも起こせば体面に傷が付くばかりではなく、支持してもらうべき火星の人々に不信や敵意を植えつけてしまう危険があった。
 また、場合によっては極秘に入港する場合もあり、そうした時でも私服を持っている乗員ならば上陸許可が下りる事があるのだ。
 更に火星派に害意を持つ者からテロの対象にされる危険も減らせる。
 その他にも色々とメリットが挙げられてはいるが、どこまで説得力があるのかは、実は誰にも分からない。
「まぁまぁ、またあんな事があったら大変だし、いくら軍人とはいえ、13歳の女の子を1人で街へ出すのは危ないでしょ」
 『セルシア』は治安の悪い場所ではないが、一応気を遣ってくれているらしいニコルが、苦笑混じりの視線をこちらに向けた。
 返事の代わりに苦笑いを浮かべるマナミ。
「それに今回はちょっと量が多いんだ。マナミちゃんや僕だけじゃ手が足りない」
 そこで豪腕を以って成るカガリ・ユラ・アスハ軍曹にお鉢が回ってきたわけだ。
「頼りにしてるよ、軍曹殿」
「……しゃーねーな!」
 ニコルが装飾語を駆使しておだてると、気を良くしたカガリはマナミが持っていた買い物籠を引っ手繰る。
「おまえがやってたんじゃ、いつまで経っても終わらねぇよ! 貸せ! こんなのさっさと片付けちまおうぜ!」
 力持ちと褒められて喜ぶ少女というのも珍しいと、籠を奪われた手を所在無げに見つめながら、マナミは思った。表情を見れば、ニコルも同じような事を考えているのが分かる。
 必要な買い物を済ませて店を出ると、マナミは何となく天を仰いだ。その先には薄い雲と照明装置と反対側の大地が見える。
 人類が宇宙に進出してから第2の故郷となって以来、無数に建造された人工の大地、それがスペースコロニーである。
 外から見れば円筒状のそれは、回転運動によって生じる遠心力を利用し、その内側に人工的に重力を発生させている。
 汚染される以前の地球には『青空』というものが広がっていたらしいが、火星圏育ちのマナミは記録映像の中でしか知らない。彼女だけでなく、人類が地球に住めなくなって以来、見上げた先には自身が立っているのと同じ、反対側の大地が見えるのが、この時代の人々の常識である。
「しっかし……」
 重そうな袋を片手で軽々と持ち、カガリは片眉を上げて周囲を見渡す。ショーウィンドウの中に見える電子ポスター。そこに写っているのは優美な衣装に身を包んだ1人の少女。
「ラクス・クラインのコンサートか……ニヤついて歩いてるアホが多いのはそのせいか」
「カ、カガリさん……」
 今のが周りに聞こえなかったか。マナミは気が気でない。ニコルから見れば、見回すマナミの仕草がいかにも挙動不審で、そちらの方が目立ちそうだ。
「こっちは命張ってるっつうのに、呑気なもんだな」
「でも、彼女の存在が開拓者の支えになってるって側面もあるさ」
 火星開拓事業や火星独立運動に際し、人心をまとめる役を果たしているのが、17歳の美少女アイドル、ラクス・クラインである。独立運動を支える最大勢力のクライン・コンツェルン。その会長の孫娘だ。
 『大衆が、不安から目を逸らせるように仕向けた宣伝材料』とはステラの評だが、人心の安定や結束を図るためにアイドルや英雄を用いるのは今も昔も変わらない。
 前を歩く2人に置いていかれないよう歩きながら、マナミはポスターのアイドルに目をやる。
(綺麗な人だなぁ。でも……)
 アイドルと呼ぶに相応しい可憐さ、煌びやかな花のような美しさを兼ね備えている。
 しかし、マナミの網膜に焼き付くのは、彼女の髪の色である。美しさと同時にどこか妖しさを醸し出しているピンク色なのだ。
 染めている事は確かだが、マナミはその髪に妙な寒気を覚えた。火星のアイドルに、どこか得体の知れない不安を感じてしまうのは変だろうか。
「コンサートは明日の18時か、もうチケットも売り切れてるだろうし、一般入場も出来そうにないね」
「別に行きたかねぇよ。ヒラヒラの服着てクルクル踊る女なんか見てても面白かねぇし」
 ラクスのファンらしい人々の非難がましい視線にも気付かず、カガリは肩をすくめた。
「それにしてもよぉ。あの根暗女はどうしたんだよ? あいつも上陸許可もらってたはずだぜ?」
「ステラさん……ですか? あたしは知りませんけど……」
 カガリ以上に視線を気にしつつ、マナミ。
「マナミちゃんが知らないって言うなら、僕らに分かるわけないか」  
「アイツ、俺らばっかにこんな仕事させやがって……」
 疎ましげに吐き捨てるカガリ。
 彼女はあの寡黙な上官がこの場に居れば居たで文句を言うに違いないが、その行方はニコルも気になっていた。街にあるような娯楽施設に興味を示していた様子はないし、てっきり艦に残るかと思っていたが、何故かフェニキアの接舷が終わるなり、私服に着替えて何処かへ行ってしまった。
「ま、別にいいけどな。そのまま永遠に帰って来なくてもそれはそれで……」
「カガリさん! そんな事言ったらダメですよ!」
 それまでの弱々しい口調から一転、引き絞っていた弓を射るような鋭い声。
「な、何だよ。冗談だって……」
 いつに無い迫力のマナミに、さすがのカガリも怯んでいるようだ。
 ニコルも軽く驚いたように目を見開く。
「あ……す、すいません……」
 だがそれも一瞬、すぐにいつもの彼女らしく、バツが悪そうにぺこぺこと頭を下げる。訝しげに視線を交わすニコルとカガリ。とりあえず気を取り直し、買い物を再開する事にした。普段ならば怒鳴り返すカガリも、さすがに気勢を削がれたようだ。
 肩を落として2人の後について歩くマナミ。その脳裏に、戦闘終了後にキュベレイMk-Ⅴのコクピットを調べるステラの姿が浮かび上がる。
 発端は前回の戦闘中にマナミが感じた違和感。ステラに問われ、自分の意識が無理矢理拡げられていくような感覚をどうにか言語化して説明すると、金髪の少女は鋭い眼光を一瞬だけ閉じ、灰色の文鳥を調べ始めた。
 球状に張り巡らされたモニターパネルを外し、配線まみれの基盤をいつも通りの冷淡な瞳でチェックするステラ。
 そんな彼女の横顔を、マナミは不安感に苛まれながら眺める。もしかすると自分に何か至らぬ点があって彼女を怒らせてしまったのではないか。アスランやニコルが聞けば、それは気の回し過ぎだと苦笑して肩をすくめるところだ。
 結局、ステラは何も言わずに外した部品を元に戻した。普段と変わらぬ無表情のステラからは、何も窺い知る事は出来ない。そもそも何故、急にキュベレイについて調べたがるのか分からない。
「ステラさん……キュベレイに乗りたいのかな?」
 胸中で呟いたつもりが、顎と頬筋と声帯が所有者を裏切った。
「は!?」
「い、いえ! 何でもありません!」
「ガイアの性能には不満を洩らしてたみたいだけど……」
 突拍子も無い後輩の意見に、瞬間的に固まるカガリ。慌てて訂正しようとして大袈裟に反応してしまうマナミ。真面目に考えてしまうニコル。 
 私服姿の3人は、ハイスクールの友人同士が帰りに寄り道しているようにも見える。ただ一点、違和感があるとすれば……。
(“華”が無いってところかな)
 苦笑を押し殺し、ニコルは2人の同僚をさり気無く観察する。
 2人とも年頃の少女であるのに、どちらの私服も機能性を重視している。美的感覚だのセンスだの、欠片も存在しない。片方は『身を飾る』という事に関して最初から感心が無く、もう片方は『身を飾る』という事が何なのかまるで知らない。
 軍隊という、社会体制において特異な組織にあると、これが当たり前になるものだろうか。
(でも、ラミアス曹長は結構良い服持ってたような)
 2人よりは色々な意味で“大人の女性”をやっている整備班長を思い出す。組織というよりは、個人が育った環境に原因があるという事か。
 ふと、電子ポスターの少女に目をやる。しかし、目の前の2人にあのようなステージ衣装が似合うとも思えなかった。
「何ニヤついてんだよ」
 軽侮を含めたカガリの視線に、ニコルは何でもないと手を振った。

 

 アスラン・ザラ少尉はMS部隊隊長という立場上、上陸許可が下りない場合がある。
 今回の場合はそうならないだろうが、それでもずっと後回しになるのは間違いない。
「マクシル社が提供したデータでは、これ以上は不明です」
 艦長の執務室で戦闘記録やデータを提出後、新らに配備されたガイアとキュベレイに関する質問を受けたアスランは、データを元に一通りの性能を説明し、そう締め括る。
 アドル・カイラス少将はたっぷり間をおいて頷いた後、鈍重に口を開いた。
「君から見た意見でいい」
「私からですか?」
「そうだ。君自身はどう見るかね? あの機体について……」
 アスランは艦長の表情を窺ってみるが、老いた頬筋は役目を放棄しているらしく、何も窺い知れない。
「私の見解を述べさせていただくなら……」
 大急ぎで頭を整理し、言葉を推敲する。下手な事を言えば出世に響く。
「ガイアにせよキュベレイにせよ、ここ最近で噂になっている新型配備に伴って作られたと考えます」
 データ収集用MSとも言えるが、ステラに言わせると『好意的解釈の結果』でしかない。結果が出れば良し。出なくとも他の手段で補えるというわけだ。だからこそ、この実験部隊に回されてきたのだろうが。
 しかし、アスランは全てを悲観的に見てはいなかった。
「我々の手でこれらの機体を使いこなし、新型配備に少しでも良い影響を与える事ができれば、火星派に充分な貢献ができると言えるでしょう」
 この状況を利用して、どうにか上層部の目に留まるような功績を挙げられないか。希望的観測とはいえ、機会さえ与えられれば不可能ではないはずだ、とアスランは考えている。問題は機会をどうやって作るか、だ。
「艦長、カイラス少将、我々が重要な作戦に参加できるように上層部と掛け合って……」
 思わず身を乗り出しかけたアスランを、少将はゆっくりとした動作で手を挙げ、制した。
「……私が聞きたいのは2機の新型に関する君の意見だ」
 だが、少将の物言いにはどこか厳とした雰囲気があり、アスランは気付かぬ内に興奮していた自分を恥じた。これではまるで、目の前に餌をちらつかされた犬ではないか。
「……申し訳ありません」
 アスランが姿勢を正すと、少将はまたゆっくりとした動作で苦笑いを浮かべる。
「少尉、焦る必要はないよ。君達はまだ若い。いくらでもチャンスはある」
 使い古された台詞を言った後、アスランを退出させた。
 執務室から出たアスランは、溜息を1つ挟んで通路を歩き始める。
「焦る必要は無い……か」
 あの艦長はいつもそう言う。気楽でいいと思ってしまうのは非礼だろうか。
 カイラス少将とて、若い頃は鋭気に満ちた軍人だったはずだが、どうしてあのようになってしまったのか。本来であれば、このような部隊の指揮官ではなく、もっと大局を左右する事ができる地位に就いていてもおかしくないはずだ。
(それこそ、艦長が言ってる“のんびり”していた結果なんじゃないのか?)
 他の乗組員とすれ違ったので、口には出さず胸中でぼやく。
 もしかすると、少将は未来の自分の姿なのではないか。一瞬でもそう考えてしまえば、焦燥を抑えきれなくなるアスランだった。マナミなどそんな隊長の姿を見て、どうしてそこまで出世したがるのかと首を傾げるのだが、面と向かって言う度胸は無い。
 格納庫横の電算室にやってくると、出入り口で見知った人物と入れ違う。
 一瞬、目が合うとその人物――ステラ・ルーシェ少尉はしなやかな動作で敬礼を施す。
「少尉、街へ出てたんじゃなかったのか?」
 返礼しつつ、アスランは訝しげに眉をひそめた。
「……はい。用事が済んだので戻りました」
「用事?」
「……知り合いに会ってきただけです。大した用事ではありません」
「そうか……」
 それ以上、特に話をする事もなく立ち去った。アスランにしても、無口で無愛想な部下と話す話題も無いため、そのまま電算室に足を踏み入れた。
(アイツにも知り合いがいるとはな……)
 いつも1人でいる彼女であるから、アスランとしては意外な思いを禁じえなかった。
「……ああ、1人じゃなかったな」
 ササミヤ伍長が付き纏っている事が多かったか。
 あの最年少の隊員が、何を好き好んで付き人のような事をしているのか理解できない。まさか将来、ルーシェ少尉が出世するのを見越して、今の内から媚を売っておこうなどと考えているのか。
「……そんなわけないよな」
 馬鹿馬鹿しくなって頭を掻く。
 いくらアスランが自身の栄達に貪欲で、優秀なパイロットたるルーシェ少尉に対抗意識を持っていたとしても、ササミヤ伍長にまでその意識を向けるのは、大人気ない以前に滑稽過ぎる。
「さて……仕事の続きだ」
 ぼやきながら、手元の資料をディスプレイの前に放り出す。
 1時間後、買出しに出かけていた3人が戻り、アスランに上陸許可が与えられた。
 だが――
「隊長は?」
「部屋で寝てるんじゃないか?」
「機嫌が悪そうだったな。また昇進が見送られたのかな?」
「そう思ってるのは本人だけだろ。うちの部隊じゃ、昇進できるほどの手柄は挙げられんさ」
 不貞寝でもしてるんだと、乗員達の間で笑い声混じりに交わされた会話が、アスランの耳に届いたかどうは定かではない。
 

 

 艦内通路でカガリがマナミを連れて歩いていた時、たまたま鉢合わせしたアスランが、受領したばかりの命令書の内容を伝えてきた。
「待機命令だと? ふざけやがって」
 不機嫌さを隠そうともせず、カガリは吐き捨てた。
 セルシアの宇宙港でフェニキアが翼を休めてから2日目。上層部から届いた命令内容は、フェニキアは別名あるまで現状を維持しての待機せよというものだった。
 つまり、命令があるまでこのコロニーから離れる事は出来ない。
「おそらく、次の作戦に備えるためだ。これは、我々も参戦を命じられるかもな」
 カガリにそう語るアスランの声にも、期待と不安と疑念が均等に混じっている。
「どうだか! 邪魔にならないようにコロニーに押し込めとくつもりなんじゃないか?」
「口を慎め軍曹。命令は命令だ」
 上官らしい威厳を漂わせ、毅然とした態度でアスランは言った。いや、当人はそのつもりだったが、そもそも威厳というものに価値を見止めないのがアスハ軍曹である。
 マナミ曰く、アスランの“真面目な軍人さん”ぶりに、心底馬鹿にしたような目を向けながら手をヒラヒラと動かすカガリ。 
「アンタも運が無いねぇ隊長殿。本当は自分が一番手柄を立てたい癖に。こんな場所に篭ってろ命令を守るなんてさ」
 表情にこそ出さなかったが、アスランが沸騰する血液を抑えているのが分かる。とりあえず、それ以上は刺激しないように、カガリは命令を承知してその場を立ち去った。
「……ササミヤ伍長」
「は、はい……!」
 手を拱いて2人の情勢を見守っていた少女は、隊長のくぐもった声にビクッと体を震わせた。
「キュベレイの稼動データの提出がまだされていないようだが、どうなんだ?」
「も、もう少しで終わります!」
 マナミの表情は、夏休みの宿題の進行状況について親から聞かれた子供のソレだった。しかし、嘘ではない。
 キュベレイMk-Ⅴの稼動データをまとめる作業を、ステラが手伝ってくれたのである。極めて珍しい事であり、マナミは驚いた。
 しかし、作業中のステラは傍らのマナミの存在など無視しているかのように、1人勝手に他人が乗るMSを熱心に調べていた。
 いや、実際に自分は無視されていたのだろうとマナミは思う。
 あれはキュベレイのデータをまとめるというより、まるで取り調べでもしているような雰囲気であった。
「最低でも明日には提出するように。ところで……」
 声の調子を戻し、アスランは尋ねる。
「昨日、ルーシェ少尉がどこに行っていたか知っているか?」
「え……?」
「上陸許可が出たと思いきや、いつの間にかいなくなって、いつの間にか戻っていた」
「は、はぁ……」
「おまえ達と同行していないのは確認している」
 それならマナミ自身も知り得ない事を、この隊長は分かっているのか。
「そんな事は承知している。帰った後、少尉から何か聞いていないかと言っているんだ」
 ニコルやカガリに同じように尋ねたところ、そのように返ってきたのだそうだ。ルーシェ少尉と一緒にいる事が多いササミヤ伍長なら、何か知っているだろう、と。
(あたし、そんなに少尉といる事が多いのかなぁ……)
 彼女の胸中の疑問を聞けば、アスランは『おまえは自覚が足りな過ぎる』と呆れたであろう。ちなみにニコルの場合は苦笑いを浮かべ、カガリならば眉をひそめて『おまえ、ひょっとして阿呆か?』と言ってきたに違いない。
「あたしも……何も聞いてません。でも、どうしてそんなに気になるんですか?」
 少数人数とはいえ、1隊員がプライベートで何をするかまで知るというのは隊長の仕事ではない気がする。
 マナミの疑問に、その事に初めて気付いたというような表情に、アスランは顎に指を添える。
「そうだな……おれ自身、別にどうでもいい事だが……」
 少し考えて、再び口を開く。
「あのルーシェ少尉が、街で何をしてきたか。気になるじゃないか」
 そこで人の悪い笑みでも浮かべるわけでもなく、真顔で言うものだからマナミは益々困惑した。
「別に知らないのならいいさ。つまらない事を聞いてすまなかった」
「いえ……あ、そういえば」
 立ち去ろうとしたアスランは、マナミの声で返しかけた踵を戻す。
 最年少の隊員は、訝しげな表情で、今思い出した事を話した。
 ステラが外出用に着た服。例によって機能重視の、お洒落とは無縁な私服をマナミが洗おうとした時であった。
「……香水だと?」
「はい、あたしもよく分からないんですけど、たぶん香水の匂いだと思います」
 あの冷徹なエースの服から、今まで嗅いだ事の無い香りが漂ってきたのだそうだ。
 化粧品店にでも行ってきたのだろうか、とアスランは考えた。
 年頃の少女ならば不自然ではないが、それがルーシェ少尉となると話は別だ。彼女が棚に並んだ化粧品を、目を輝かせながら物色する光景など想像できない。
「何か新しい化粧品でも買ってきたのか?」
「いえ、でも……少尉の部屋にはそういうの無かったと思います」
 本人以外で彼女の部屋をしょっちゅう出入りしている人間が言うのだから間違いない。
「それで香水の匂いを振りまいて帰宅か? 浮気中のサラリーマンかアイツは」
 3流ドラマのような事を言いながら、アスランはふと重要な件を思い出した。
「……ところで、俺が頼んだ物は買ってきたのか?」
「あ、はい。育毛ざ……」
「そうそれだ。後で誰にも見つからないように渡してくれよ?」
 マナミの台詞を、アスランが強い口調で遮った。
 ルーシェ少尉の香水よりも、この頃増えた抜け毛の方が気がかりな彼だった。
「あ、それからルーシェ少尉からコレを貰ったんですが……」
「ん?」
 マナミがポケットから取り出した物をひと目見るや、アスランは表情筋の引き攣りを感じた。おそらく自分は間抜けな顔をしているだろう。眼前のササミヤ伍長の反応を見れば分かる。
「……本当に少尉から貰ったのか? これを」
「はい、自分には必要ないからと……」
 マナミ自身、今持っている物が本当にステラから渡された物なのか、妙に自身が無かった。無論、確かに本人から渡された事は間違いないのだが。
「なんで……アイツがラクス・クラインのコンサートチケットなんか持ってるんだ?」
 アスランの呟きにマナミも同意した。まるで高級な洋服売り場で、安物の野菜を見つけてしまったような違和感がある。
「もしかして……昨日、ルーシェ少尉が1人で街に出たのって……」
「コレを手に入れるためか? しかし、アイツにそんな趣味は無いだろうし、仮にそうだとしてもわざわざ手に入れた物をあっさり他人に譲るのもおかしいだろ」
 マナミが言いかけた推測を、呆れ口調で訂正するアスラン。だが、彼の脳裏には早い時間から並んでチケットを手に入れようとする金髪のエースの姿が投影されてしまい、何となくうそ寒さを覚えたのだった。
 
   
―――――to be continue

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