猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS16

戦闘妖精雪風 外伝  <5.妖精達の雪遊び>

 白く、小さな妖精達の舞踏会が視界を埋め尽くす。
 妖精の羽から零れる魔法の粉が地表に降り注ぎ、徐々に純白へと染まっていく。
「キレイ……」
 朝霧鈴にはとても美しい光景に映る。
 だが、他の人間達に彼女の感性は理解されなかった。
 ある者は忌々しげに、ある者は鬱陶しげに、ある者は憎々しげに、白い妖精達の舞踏会を眺めやり、一刻も早い終演を祈っていた。
 フェアリイ星にも雪が降り始めたのだ。



「……やってらんない」
 掻き集めた雪の上にスコップを刺し、取っ手を掴んだ両手の上に形の良い顎を乗せながら、聖はぼやいた。
 顎を乗せたビニール製の手袋。内側は体温で満たされているものの、外側はまさしく薄氷のような感触だったため、すぐに顎を離し、手袋の片方を外して口元を擦った。
「霜焼けになったらどうするのよ」
 独り言ではなく、自分でした仕草の責任を傍らに立っている相棒に擦り付ける。聖の視線の先では、鈴がスコップを片手に、白く塗り固められた風景をただ眺めていた。大きな黒目に雪の光が反射している。
 降雪から一夜明け、フェアリイ基地では盛大な雪かきが行われている。
 積雪が3センチを超える場合、除雪師団がモーターグレーダーを操って作業をするのだが、それでも限界がある。特に、誘導灯や地上と地下都市を結ぶ昇降エレベーター周辺等の除雪作業は人間の手でやらなくてはならない。
 現在、朝霧少尉と水嶋中尉はその昇降用エレベーター周辺の除雪作業に従事している。上官であるジェイムズ・ブッカー少佐殿から、除雪作業を手伝うようにと仰せつかったからである。
 除雪隊だけでは手が足りない時や、雪が降り止まない状況で航空機の離着陸を行わねばならない場合は他の部隊から手空きの者が回される。だが、今回は例外であった。除雪隊以外に作業しているのは彼女ら2人のみ。

実際、この日の積雪量は除雪隊だけで十分に対処可能だった。にも関わらず、鈴と聖がこの場にいるのは、これが彼女達の“罰当番”だからだ。
 聖は晴れ渡った空を見上げる。日差しがあれば少しはマシかと思ったが、晴れたために地表が冷え切ってしまい、彼女は凍える体を温めるべく、作業に精励しなくてはならなかった。
 自分達に除雪作業を命じたブッカー少佐の、ニヒルな笑みを思い出す。
「メイガスのコンピュータには、克明なデータが記録されている。当然、君らの戦闘記録もな」
 聖が作成したフライトレポートをデスク上に放り、少佐は両手を腰に当てる。
「いいか? 今更言う事じゃないが、我々の任務は敵の情報を集め、それを無事に持ち帰る事だ」
 もしも敵、つまりジャムに狙われた場合、状況によっては交戦も止むを得ない。だが、あくまでも自衛を目的とした交戦であり、こちらから積極的に攻撃を仕掛ける事は無い。
「……その事を理解した上で、2人とも外で頭を冷やすんだな」
 その後、特殊戦副司令のリディア・クーリィ准将にも呼び出され、散々絞られた後に今回の雪かき任務と相成ったのだ。実質的な懲罰が無いのは幸運な事と言うべきだろうか。
「しわしわ婆さん……か」
 怒鳴るわけではなく、むしろ剃刀のように冷淡な言葉を投げつけてくるクーリィ准将を思い出し、聖は呟いた。それはブッカー少佐が、准将本人のいないところで彼女の事を表現する際の決まり文句である。
 婆さんなどと呼ばれても、クーリィ准将はまだ50歳にもなっていないはずだ。
「でも、キツイおばさんだったし、少佐がそう呼びたくなるのも分かるかも」
 視線を泳がせ、何気なく鈴の横顔が目に留まる。
「スズはどう思う?」
「……?」
 大きな双眸をこちらに向け、鈴は首を傾げる。聖がクーリィ准将に関する印象を再度聞いてきた時、彼女は視線を前方に戻し、
「……キレイだけど、キレイじゃない。コワイ人」 
 と、面白くもなさそうに呟く。
「あ、そう……」
 クーリィ准将は、引き締まった体のために実際の年齢よりも若く見える。やり手のキャリアウーマンという表現が当てはまる彼女だが、その鋭い顔つきに刻まれた皺が、より鋭利な印象を他者に与えるのだ。鈴の言葉は、それを最も端的に表していると言える。
「まぁ、スズらしいといえばスズらしいけど……それより、さっきから何見てるのよ」
「……雪」
「雪? その辺にたくさんあるでしょうに……」
 やる気の無い聖を他所に、鈴は白く染められた滑走路を眺めていた。
「……キレイ」
 純白の大地は、汚れを全て削ぎ落とされてた聖域のようだ。連星太陽の光を浴び、最高級の絹で編まれた絨毯のような光沢を放つ。
 見惚れていた鈴の視界に、けたたましいエンジン音と共にひと塊の影が乱入する。除雪隊のモーターグレーダーだ。
 無骨なグレーダーが通った場所は、純白の絨毯が無残に剥がされて滑走路のコンクリートがむき出しになる。
 鈴の大きな瞳に不愉快な光が灯る。
「どうしたの? 今度は何?」
「アレ……キレイじゃない」
 不機嫌な気分を隠そうともしない鈴。その低い声に一瞬、彼女の影が喋ったのかと勘違いした聖だった。
「……ああ、そうねそうね。あの除雪車は不細工ね」
「不細工で悪かったな」
 投げやり気味に答えると、横槍が入る。見れば、険しい目つきの男が立っていた。名前は知らないが、除雪隊の人間である事は分かった。顔つきから、彼が日本人である事も。
 彼は2人の作業進行状況を見て、あからさまな溜息をつく。
「いつになったら終わるんだ? アンタらが早くそこの雪をどかさないと、俺が作業に入れないんだ。貴重な休憩時間が削られたら、アンタ責任とってくれるかい?」
「ふん……!」
 聖は除雪隊員を見下すように鼻を鳴らす。
「私だってね。本来なら今日は休暇なのよ? それをどっかの誰かのせいで……」
 相棒を睨みつけながら、愚痴をこぼす。
 そんな聖を嘲笑うような動作で、彼は防寒着の中からポケットウィスキーを取り出す。
「……何よ。仕事中に飲酒? そんな事していいわけ?」
「アンタ、特殊戦の人間だろ? 戦闘機のコックピットは暖かいのかい?」
 突拍子も無い質問に、聖は綺麗な眉をひそめる。
「いや、何でもない。とにかく、早くしてくれないか」
「分かったわよ……やれやれ、少しは女性を労わるって事を知らないのかしら?」
 聞こえるように不平を鳴らす。
 キレイな雪が勿体無いと渋る鈴を強引に急かし、エレベーター周辺の雪を滑走路上に集める。それを先ほどの隊員が操作するグレーダーがまとめて除雪するのだ。
「天田少尉、そっちはどうだ?」
 そのグレーダーに、別の隊員が駆け寄って声をかける。
「ああ、今取り掛かる。あの特殊戦の2人は気楽なもんだぜ。俺らの苦労も知らないでよ」
「しょうがねぇさ。俺らの仕事は、上の連中からは軽く見られてんだから。それより早く終わらせよう」
 こちらにも聞こえるように言ったのは、当てつけに違いない。
 睨み付ける聖を無視するように、グレーダーが鈍いエンジン音と共に動き出した。
 仕方なく、止めた手を動かす聖は、殺意を込めてスコップの先端を雪に突き刺す。力任せに放り投げると、見計らったように風が吹き、無数の小さな氷が彼女に報復した。
「冷た……!」
 氷の礫は彼女の体温で水分となり、体温が奪われる。
 すぐに顔を手で拭った。防寒用のビニール手袋をしたままの手で、だ。
 雪塗れになっていた手袋が、持ち主に反逆を起こす。
「ああ、もう!」
 防寒着の袖を捲り上げ、素肌の腕で顔を拭う。
(雪まで私を馬鹿にして……!)
 彼女にとって不幸中の幸いだったのは、一部始終を誰にも見られていない事であった。
 相棒はスコップで雪を高々と放り上げて、その小さなダイヤモンドダストを鑑賞するのに夢中になっていたし、除雪隊員達も早く終わらせようと自分の作業に集中していたからである。
 勤勉な除雪作業のおかげで体は温まったが、それでも手足の指先や耳、鼻などの先端部位は鉄のように冷たかった。それが聖の感情をさらに負の方向へと導く。
「大体、なんで私がこんな事……」
 悪いのは相棒ではないか。
 自分は制止したのに、彼女がそれを聞き入れなかったのだ。なのに自分まで罰を受けるというのは、理不尽ではないか。
 連帯責任がどうのこうのとブッカー少佐は言っていたが、聖は納得できない。何度目になるか、細い瞳に忌々しさを込めて鈴を睨みつける。しかし、やはり結果は同じで、相棒はこちらに全く関心を払わない。聞かせる目的で吐いている台詞も聞いているかどうか。
 不平と不満と勤勉さと寒さに対する敵愾心が入り混じった除雪作業がひと通り終わったところへ、哨戒活動に出ていたシルフィードが帰還してくる。
 妖精が滑走路に降り立つと、白い粉が舞い上がった。それはまるで妖精が雪遊びをしているかのようで、鈴はしばらくその光景に見惚れた。隣では聖が辟易した様子で舞い上がる雪の粉を避けている。
 



 ロッカールームに戻ると、暖房器具の加護が待っていた。
 ところが、手袋や防寒着の雪を払わずに戻ってきたため、2人はたちまち水浸しになってしまう。
「ああ、もう! 折角暖かい所に来たのに風邪引くじゃない!」
 気温が上がったために汗も噴き出し、シャツまで替える羽目になる。おまけに感覚が戻りつつある指先や耳が痒くて仕方が無い。休日が潰れた事といい、先ほどの除雪隊員の態度といい、聖の機嫌は益々悪くなった。
「スズ! アンタもさっさと着替えなさい!」
 バスタオルを投げつけようと振り返った時、あるものが視界に止まって聖の手が硬直する。
 服を脱いだ鈴の、血色の悪い肌。そこに――
「……何?」
「……」
 相棒の問いかけにも答えず、聖は彼女の肌を凝視する。
「……聖?」
 首を傾げた鈴の大きな瞳の光を真っ向から受け、聖の固まった思考が動き出した。
「あ、あー……何でもないわ。ほら、体拭きなさいよ」
 バスタオルを手渡すと、鈴は手際悪く自分の体を拭き始めた。
 そういえば、いつもは背中を向け合って着替るから気付かなかったのだな、と聖は思いながら、ロッカーから予備の肌着を引っ張り出す。
 上着に袖を通しながら、ちらりと相棒の背中を一瞥した。聖が見たものは、既に身に付けた服で隠されて見えない。


 
  
 雪かきが終われば、本来であれば休暇中の朝霧少尉と水嶋中尉は、ここで解放される。ところが15分後、水嶋中尉は格納庫にいる自分を見出した。
 駐機スペースには、それぞれ妖精達が翼を休めていた。
 今は2番機のカーミラ、3番機の雪風、6番機のミンクス、10番機のラマッス、計4機のスーパーシルフが出撃している。
 聖は自らの搭乗機であるメイガスに歩み寄る。
「仕事熱心ね。貴重な休暇を労働に費やして楽しい?」
 皮肉混じりに彼女が話しかけたのは、魔術師の名を冠する妖精ではなく、その表面装甲を熱心に磨く相棒である。
 話しかけられた本人は、首を巡らせて大きな瞳を女房役に向けた。だが、特に何も言わず、ただそこに人がいたという事実のみを確認すると、再び手元に視線を戻す。
 聖も視線を、つれない相棒から魔術師の外観へと移した。先日の戦闘で損傷した主翼はほぼ修復されている。
 マントの穴が塞がれたとあって、キャノピーが開け放たれた魔術師の姿は、安心しきって大口を開けて眠っている犬のようにも見え、聖は口元だけで笑みを作った。
「この馬鹿でかい妖精、気楽なもんね」
 戦闘機は、飛ぶ機会が無ければ格納庫で眠っていれば良い。自分の体は小うるさく走り回る人間共がやってくれるし、機体の状態は管理コンピュータが見てくれる。自分のように休日に労働に励む必要が無いのだから、羨ましい限りだと、聖は小市民根性を丸出しにして溜息をついた。
 一方の鈴はといえば、背後で憂鬱な気配をまとっている女房役など気にも留めず、ひたすら妖精の肌の手入れに明け暮れる。
 これではスーパーシルフのパイロットというよりは、単なる妖精の使い走りだ。
(機械に仕える人間……)
 何気なく思い浮かんだ言葉に、聖は言い知れぬ不安を覚えた。
 メイガスを磨き続ける鈴の姿が一瞬、FAFの縮図であるかのように見えたのだ。
(馬鹿馬鹿しい……考えすぎよ)
 頭を振って思考を元に戻す。その行為が、聖の本来の目的を思い出させた。
「スズ、今晩付き合いなさい。アンタのせいで休暇が潰れたんだからね。奢ってもらうわよ」
「……?」
 再び振り返った鈴は、聖の言っている事の意味が分からず、首を傾げる。
「だから……」
 両手を腰に当て、溜息をつきながら繰り返す。
「今晩はアンタの奢りで飲み明かすのよ」



 
 FAFの軍人達が体を休めるための生活空間は、地下に設けられている。
 特定の国の文化に染まっておらず、西洋の街角を1つ曲がるだけで東洋の街が顔を覗かせる。
 ジャムから世界各国を守るための軍隊、FAF。
 その特殊な性質から、FAFの構成要員が特定の国家の軍人で占められるのは好ましくない。従って、様々な人種が集められるわけだが、FAFへ出向させる軍人の基準は国家によって異なる。FAFを優先的な就職先として奨励している国もあるが、現在では多くの国家が出向させているFAF軍人は、大半が『犯罪者』、または『元犯罪者』、もしくは『犯罪者予備軍』と呼ばれる人間達であった。
「要するに金をかけて育成したエリートより、私達みたいな人間をジャム戦争の矢面に立たせた方が良いとでも思ってるんでしょう」
 地下都市の一角にある古めかしいバー。
 カウンター席でグラスに注がれたアルコール飲料を呷りながら、聖がぼやいた。彼女以外の客は隣席に座っている朝霧鈴のみ。水嶋中尉は言論の自由を存分に行使する事ができた。
 ハッカーとして辣腕を振るった彼女も、刑務所の代わりにフェアリイ星へと押し込められた。聖としては、厚い壁に閉じ込められずに済む上に給料まで貰えるのだから、これで良しとしている。いや、そうせざるを得ない。
「病院に行けない以外は快適って言うしかないか」
「……病院?」
「独り言よ。それにしても……」
 アルコールの靄がかかった視線を隣の相棒と、彼女の前に置かれている空のグラスに注ぐ。
「……何?」
 そう呟いて彼女は、自分で瓶を取ってグラスに黄金色の液体を招き入れた。氷同士がぶつかり、優雅な物音を立てる。
「……アンタ、意外と強いのね」
 これまでの印象に反して、朝霧鈴は酒に対する耐性が高かった。聖もアルコールの免疫には自信があったものの、鈴と2人だけで飲んでいると、自分が井の中の蛙であったのかと思ってしまう。
「隠れ酒豪ね。それとも、アルコールを感じる神経が無いのかしら?」
「……そうなの?」
「そうよ。アンタみたいなザル、今まで見た事ないわ」
 ほとんど同量を飲んでいるというのに、目が据わり始めている聖に対し、鈴の顔には何の兆候も見られない。
 自分の方に注がれているのだけ酒で、向こうは色付きの水ではないか。そう思って鈴のグラスも口にしてみたが、舌に乗ってきたのは同じ濃度のアルコール溶液だった。
 相棒の新たな一面を発見したものの、それほど喜ばしい事でもない。こうなるとむしろ、1人で酔っている自分が哀れに思えてくる。
 グラスを傾け、アルコールを体に流し込む。疲れと寒さを消し去るのにこれほど適したものも無いと思う。体が芯から温まるという感覚は、何度味わっても飽きないものだ。
(ああ、そうか……)
 昼間の除雪隊員がポケットウィスキーを所持していたのを思い出し、聖は納得した。彼らにとっての酒は、戦闘機パイロットにとってのヘルメットや酸素マスクと同じだ。極寒地獄の中で、彼らの体温を確実に保ってくれる生命維持手段。
 除雪隊員――確か天田少尉と言ったか。彼は聖に、戦闘機のコックピットは暖かいのかと聞いてきた。モーターグレーダーにも暖房装置はあるが、戦闘機と違ってろくに整備もされていないため、まともに機能しない場合もあるそうだ。
 雪に埋まってグレーダーが動かず、基地の敷地内で凍死してしまった者もいたらしい。ある意味、除雪師団はFAFで最も過酷な部署と言える。
(まぁ、あんな事は2度とやるつもりないから別にいいけど……)  
 軽い同情は覚えても、それ以上は感情が進行しない。その切り替えの速さ、あるいは薄情さが、聖の聖たる所以だ。
「でも、変な話よね」
 基地施設や対ジャム戦略に関してはコンピュータが管理しているのに、雪かきは人間達の手でやらなければならないのだ。いっそグレーダーを自動化すれば簡単だろう。しかし、と聖はグラスを指で弾いた。
 何でも機械でまかなえるとすれば、一体自分達は何のためにここにいるのだ。
「これじゃ、まるで私達がいらないみたいじゃない」
 一応、隣席の鈴に話しかけているような言い方をしているが、相棒はこちらの話など聞いていない時が多いので、半ば独り言と化していた。
「このままだと、FAFは無人の機械しかいない組織になっちゃうんじゃないかしら」
「……無人の機械」
 グラスの中身を1滴たりとも零さぬよう、細心の注意を払って飲み干した鈴が呟く。
「そうなったら……メイガスが飛んでるところ、見れるのかな」
 それを聞いた時、聖はグラスを傾けていたところだったが、吹き出したりはしない。鈴の突拍子もない発言にはいい加減慣れた。
 メイガスが飛んでいる光景でも想像しているのか、彼女の大きな瞳は、焦点が定まらないまま中空を見つめていた。
 不意に、その瞳が現実の色を帯びる。
「……でも」
 それだと、自分がメイガスと一緒に飛べなくなる。キャノピー越しに見えるフェアリイの空も、彼女はそれなりに気に入っていた。
「前から思ってたんだけどさ」
 アルコールのせいか、聖は頭に浮かんだ疑問を加工無しに口にした。
「どうしてそんなに“キレイ”って事に拘るの? アンタの場合、ちょっと度が過ぎてるわよ」
「……そうかな?」
「そうよ」
 マリオネットのような動作で首を傾げる鈴。何かを思い出そうとしているように見える。
「そういえば……」
 今度は鈴が独り言のように言葉を紡いだ。
 幼い頃に自分を引き取ってくれた里親が潔癖症で、少しでも部屋を汚したままにしておくと激怒し、食事を与えられなかったり、お仕置きを受けたりしたのだそうだ。
「……だから、どこの家でも部屋とかはキレイにしておかなきゃいけないものだって思って」
「ふーん……」
 聖は意外そうな視線で鈴の横顔を観察した。彼女がこんなに長く喋るところは初めてであるし、何より自身について語るのも初めての事である。 
「じゃあ、背中の痣も“お仕置き”とやらが原因なわけ?」
 言ってから、しまったと思ったがもう遅い。
 ロッカールームで見た鈴の肌を侵食していた痣。口の軽い聖でも、こういったものに関しては節度を守る事にしたが、アルコールで舌が軽くなり、さらに鈴の珍しい一面を見たため、つい口を割って言葉が出てしまった。
 しかし、鈴は再び何かを思い出すような表情で数秒止まった後、記憶の図書館に該当するタイトルを見つけて口を開いた。
「……ううん、違う」
「違うの?」
「うん……これは」
 普段の聖ならここで、別に話さなくてもいいと止めるところだが、この時は理性より興味が上回っていた。
 あまり喋る事に慣れていない鈴は、舌足らずに話し始める。
 鈴が引き取られた家庭には里親の他に子供がいた。鈴より年上の少女で、義理の姉である。
 親の前では“近所で評判の、素直な良い子”の彼女が、親が家を留守にしたりすると、嗜虐心に満ちた本性を表し、その矛先が鈴に向けられた。自分と親の邪魔をしているような鈴を、内心で目障りに思っていたという一面もあるのだろう。
「……つまり、その姉とやらのせいで痣が付いたと」
「うん……」
 本人はあまり気にしていないのか、話している間の鈴は特に普段と変わった様子は無い。
 アルコールの誘惑も何処吹く風と言うように、ぼおっとした表情で淡々と語るだけだった。むしろ、いつもより多く舌を動かしたので、それ以上は何かコメントしようとはしない。
「……最低」
「え……?」
 代わりに、隣の席から呪詛のようなひと言が聞こえてきた。
 耳に馴染まない声に、鈴は訝しげな視線を横に向ける。
 中身を空けたグラスを握りしめた彼女の端整な顔は、酒が回って紅潮していたが、その瞳には堕天使のような翳りが差していた。
「だってそうでしょ? 血の繋がりが無いからって、妹を痛めつけて楽しむ姉なんて最低よ。クズだわ」
 そこには優秀なフライトオフィサの面影は無く、感情を剥き出しにした女性の姿があった。或いは悪魔の囁きに耳を貸した妖精と言ったところか。
 いずれにせよ、彼女がこのような直接的な表現で他者を誹謗中傷するのは珍しい。
「聖……酔ってるの?」
 鈴の、かなり間の抜けた問いかけ。だが、それに対する答えが無い。
 傍らを眺めやると、相棒はカウンターテーブルに突っ伏していた。閉じられた狐目が、彼女の意識が既に別世界へと旅立っている事を物語っている。
 そんな相棒を他所に、鈴は再びグラスを傾ける。相変わらず何杯飲んでも顔色1つ変えない彼女に、聖のみならず、バーテンダーも呆れて肩をすくめた。
「……鈴菜」
 グラスから口を離し、横を見る。
 見知らぬ名前を口にした張本人は、相変わらず妖精から魔法でもかけられたように夢の世界を彷徨っている。
 
 


「朝霧少尉はどうした?」
 ブッカー少佐は格納庫で整備員を打ち合わせをしていたのだが、13番機の前を通りかかった時、いつも魔術師の体を丁寧に磨いている従者の姿が見えない。
「2日酔いです」
 簡潔に答えたのは、開け放たれたコックピットで電子機器のチェックをしていた水嶋中尉である。
「2日酔いだと? 昨夜は何軒回ったんだ?」
「1軒だけです。ただ、量は結構飲みましたけどね」
 酒は飲みそうにないというイメージを朝霧少尉に抱いていた少佐が興味を示したので、聖は昨夜の顛末を披露した。
 バーで潰れてしまった聖を運んだのは、他ならぬ鈴であった。アルコールという足枷など諸ともしない足取りで自室まで戻ると、自分のベッドに相棒を寝かせて自身は椅子で睡眠を取った。さすがに聖の部屋まで行く元気は無かったらしい。
 そして翌朝、アルコールがすっかり抜けた聖が目を覚ますと、同じ量を飲んだはずの鈴が体調不良を訴えてきたのである。
「なかなか面白い話だ。普通は逆だと思うがな」
 肩をすくめ、人の悪い笑みを浮かべるブッカー少佐。
「私が思うに、あの娘はあらゆる鈍感要素を持っているんですよ」
「鈍感要素?」
 元々、会話中に聖が比喩や皮肉を言ってもすぐに理解しない鈴であるが、どうやら彼女は体質的にも鈍感なのかもしれない。
「……だから、アルコールが効かないんじゃなくて、効いている事に気付いてないというわけです」
「なるほどな……」
 納得しながら、少佐は顎鬚を擦りながら考え込んだ。
 熱湯に手を入れれば、たいていの人間は焼けるような熱さに手を引っ込める。だが、彼女の場合は熱いと感じるのが遅く、結果として大火傷を負ってしまう。彼女のこのような鈍感さが、特殊戦の任務に重大な支障をきたす可能性は充分にある。
「集中してる時は、鋭敏なんですけどね。朝霧少尉は」
 そう言って肩をすくめる水嶋中尉は、それで話を終わらせたのか。視線を手元の作業に固定した。
「ところで、雪かきの方はどうだった? 少しは頭も冷えたか?」
「……ええ、おかげさまで見聞が拡がりました。我々が無事に離着陸を行えるのは、雪かき部隊の過酷な労働の成果なのですね」
 もう2度とやるものか――彼女の態度と言動がはっきりとそう表していた。
「君らのフライト・プランは準備中だ。少なくとも、それまでは雪かきは無いさ」
 少しやり過ぎたかと、ブッカー少佐は溜息を1つ挟んでその場を去る。ちらりとその背中を一瞥し、作業を中断して聖は自分の肩を揉んだ。
「やっぱ、私も飲みすぎたかしらねぇ」
 多少抜け落ちているところはあるものの、昨夜の記憶は残っている。
 本来の彼女であれば、他人の身の上話などに耳を貸さない。しかし、昨夜はどうだ。柄にもなく聞き入ってしまい、挙句に感情をむき出しにするというつまらない芸当をやってしまった。
 酒が入っていたのと、休日が潰れた事によるストレス、そして鈴が自分について長く語るという希少価値の高い現象。その話の中で、酔った聖の心に波紋を広げた鈴の過去。
 相棒の新たな一面を見れたのはいいが、自分も無様な姿を晒してしまったものだ。
「アンタも、酔えば本性を表すのかしら?」
 手元のディスプレイを眺め、聖は魔術師に語りかける。無論、返事など無い。メイガスのコンピューターは、いつも通り無機質な電子音と共に機体状態をチェックしていた。
 いっそ、ジェット燃料の代わりに本物の酒でも入れてみようか。そうすればコンピューターの本音が聞けるかもしれない。
 あの大きな双眸の相棒も、昨夜は普段になく饒舌になったのだ。やってみる価値はあるかもしれない。
 聖は疲れた頭で、半ば本気で考えた。
 格納庫内にブザーが鳴り響く。任務に出ていたスーパーシルフの1機が帰投したらしい。
「……馬鹿らしい」 
 味方機と共に、聖の正常な思考感覚も戻ってきた。
 ブッカー少佐が聞けば呆れるに違いない。むしろ『まだ酒が抜けないようなら、もう1度雪かきで頭を冷やしてみるか?』などと言いかねない。
「……それにしても」
 先ほどから奇妙な違和感を口元に覚えていたのだが、その正体が判明した。
 ふと、コックピットから身を乗り出して機体の真下を眺める。普段ならそこで相棒が魔術師のマントを手入れしている彼女の姿が無い。
 そういえば、そんな彼女に対していつも一方的に話しかけていた事を、今更ながら聖は自覚する。
 なるほど、気怠いのは酒が抜けないせいではなく、退屈だったからなのだと、妙に納得してしまった。 

 
 

『管制塔よりB-13へ。発進を許可する』
「こちらB-13、了解」
 冬の風と冷気を愛する妖精が、無邪気にダンスをしている滑走路上にて待機状態のメイガス。
 アイドル状態のエンジン音は、飛翔の時を今か今かと急いているように思える。外に出たくて落ち着かない子供と同じだ。
「朝霧少尉、発進OKよ。いつでもどうぞ」
 前席の相棒に言うと、彼女自身が待ちきれない子供のようにスロットルを上げ、離陸を開始した。
 1週間前、2日酔いから回復した朝霧少尉の顔色は普段を変わらず、仮病だったのかと疑いたくなるほどだったが、彼女がそのような性格の持ち主ではないのは言うまでも無い。
 あの夜話した件に関しては特に何も言ってこないため、聖の方でも何も聞こうとはしない。案外、彼女は酔っても顔に出ず、自覚もしていなかっただけではないかとも思った。
(そうでなきゃ、あんなにお喋りになるのも変よね)
 だとすれば、やはり鈴は神経まで鈍感にできているようだ。
 相棒の変人ぶりを改めて認識し、何となく疲れを感じる聖を他所に、ヘルメットバイザーで覆われた彼女の視界は加速していった。
 メイガスが風に乗って地面を蹴る瞬間、朝霧鈴はキャノピー越しに見える風景に大きな瞳を向ける。
 昨夜も雪が降り、除雪作業が終わったばかりの滑走路に残っていた白い粉が舞い上がった。
「キレイ……」
 インカムにも届かない声で呟く。
 冬の妖精が振りまいた粉は、魔術師が起こした風によって光を反射し、刹那の宝石を数多く生み出す。ただ、視界の中に見える無骨なモーターグレーダーが、鈴には邪魔に思えて仕方がなかった。
 



 ―――――to be continue

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2 Comments

RX-00  

感想

素晴らしい外伝小説ですね。一気に読み尽くしてしまいました。

まず本編で深く掘り下げていない戦闘描写を多くすることで本編とは違った雰囲気作りに成功している点、まさに秀逸でした。また専門用語を出来うる限り省略し、省略しきれない点は用語解説を使って補填する努力をしている点も高評価しました。

そしてキャラクターも良い。特に聖は良いですね! ただ「ヒジリ」より「セイ」の方が「レイ=鈴、零」と響きが似るし呼びやすいから良いのでは、と思いました。

ちなみに本編の雰囲気を壊さない書き方もグッドでしたね。


続きを期待しています。ではグッドラック!

2008/12/24 (Wed) 00:44 | EDIT | REPLY |   

蓮の花  

はじめまして&ありがとうございます

>RX―00さん

 初めまして!
 そして感想、まことにありがとうございますm(_ _)m

 何気に、雪風SSで感想をもらうのも初めてなので余計に嬉しいです(^^


>聖について

 零や鈴とは差別化をしたかったという理由もあり、名前の響きを違うものにしました。
 さらにワタクシの場合、人の名前で『聖』は『ひじり』と読むのが普通だったというのもあります。


>本編とは違った雰囲気作り&本編の雰囲気を壊さない

 この上ない褒め言葉で、嬉しさのあまり脳細胞が沸騰しそうであります!

 
>専門用語
 ワタクシ自身が専門用語に弱い人間なので、可能な限り使わないようにしたかったのです(^^;

2008/12/25 (Thu) 00:02 | EDIT | REPLY |   

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