猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS22

『機動戦士ガンダムSEED DESTINY―――“Phantom pain”』

《Phase:06 ~客人の来訪と住人達の確執及びすれ違い~》



 コックピット内の索敵機器が背後から危険を知らせてくる。
 目の前の敵をビームサーベルで一閃。肩から脇にかけて切断し、戦闘不能にさせる。
 振り向き様にライフルを構え、トリガーを引く。後ろから襲い掛かろうとしていた相手の中央部を撃ち抜いた。
「……いける!」
 フェンは勝利にほくそ笑む。
 操るダガーの反応が悪くて苛立つが、敵の動きがそれ以上に悪いので、楽だった。動きは全て読める。
 誰も自分に勝てる者はいない――そう確信したフェンの耳に、またしても煩わしい警告音。今度は足下からだった。
「甘い!」
 照準と同時に、つま先の対人機関砲を発射した。ほんの一瞬だけ遅れて、メインモニターが“敵”の姿を捉える。
「……え?」
 フェンの中で僅かの間、時が止まった。 
 そこにいたのは、手を繋いだ幼い姉妹。
 惚けたような表情でこちらを見上げている。
 弾丸が、姉妹の下半身を吹き飛ばした。
 飛び散る赤い肉片。その生々しい光景が、何故か鮮明なスローモーション映像となってフェンの網膜に焼きつく。
 転がった姉妹の上半身。その片方が首をもたげ、フェンを見上げた。
 少女と目が合った瞬間、フェンは瞳を見開く。 
「メ……メイ……」
 別人だったはずの少女の顔は、自分の最愛の妹だった。
 恐怖と憎しみと絶望に染まりきったその顔に、突然、笑みが広がる。地獄の底で魔女が丹念に作り上げた魔人形を思わせる笑み。正気な人間ならその場で狂ってしまいかねない、凄絶な笑顔だった。
 紅い液体を垂れ流す口がコマ送り映像のように動く。
 聞こえるはずのない声。激しい憎しみの篭もった、姉を罵る言葉。
 フェンは、形容し難い悲鳴を上げた。



 いつの間にか、シーツを自分で剥ぎ取っていたらしい。
 黒髪が汗で肌に張り付いている。
 背中も満遍なく湿っており、シャツと肌が一体化して気持ちが悪い。
「はは……」
 壊れたレコードから流れたような声。
 暗く、無機質な天井から殺された難民達が無数の手を伸ばしてくるように思えて、フェンは力なく挙げた腕で両目を覆う。
 瞳が熱いのは、腕から伝わる体温のせいなのか、あるいは目尻から流れ落ちる雫のせいなのか。
「……嫌な夢」
 妹を殺してしまい、その妹から憎悪される夢など、フェンにとって悪夢以外の何物でもない。
 だが、難民キャンプを壊滅させてから、眠れば同じ夢を見るようになっていた。それほどにショックが大きかったという事だろうか。
「馬鹿馬鹿しい……」
 思わず自分で自分を笑いそうになる。
 人が死ぬところを見たのがそれほどショックか。
 これまで、MSに乗って散々やってきた事ではないか。
 殺す相手が直接見えたか否か。違いはそれだけだ。
 MSの装甲越しならば、相手が苦痛の表情を浮かべようが、悲鳴を上げようが分からない。
(なのに……あれは何?)
 妹と見間違えるほどよく似た姉妹が、一瞬にして血飛沫と肉片へと変わる光景。それがフェンの意識の深層にまで入り込み、彼女の精神を蝕んでいた。フェン自身もそれは自覚していたが、どうにもならない。
 人間の死を直視する事がこれほど精神を侵食するものだとは思わなかった。
(人間……か)
 思考の迷路の中、ふと浮かんだ単語を反芻する。
 人間。
 今更のように再確認した。
 ナチュラルもコーディネーターも人間なのだ。
 ファントムペインの軍人達はコーディネーターを異星人、または害虫のように表現する事が多い。しかし、フェンに彼らと認識を共有する義務は無い。
 遺伝子レベルで身体的な能力や潜在能力が優れていると言われているコーディネーター。
 人類が外宇宙へ旅立つため、より広い世界を目指すために生み出された新人類。
 だが、彼らとて撃たれれば死ぬ。
 兵士になれない者もいるし、戦争に巻き込まれれば難民として彷徨わなくてはならなくなる。精神的に優れているわけでもないので、他者を完全に理解できるわけでもない。だからこそ、ナチュラルとコーディネーターの争いが終わらないのだ。どちらも互いを理解しようとせず、血を流し合うしかない醜い双生児。
「……考えても仕方ない、か」
 ナチュラルとコーディネーターの関係など、フェンにとってはどうでもよかった。
 ただ、自分達があの少女に対して償いようのない罪を犯してしまった事が悔やまれた。 
 旧人類と新人類の共存を模索するよりも、1人の少女の心を開かせる難しさに対し、フェンは己の無力さを痛感している。
「メイ……」
 弱気になった時、精神的な疲れが溜まっている時、何かに行き詰まって八方ふさがりになり、途方に暮れた時――フェンはいつも妹の名前を口にする。
 この基地に来て以来、ろくに手紙も出していないが、具合の方はどうだろうか。ユニウス・セブン落下事件の際、妹の病院は被災を免れたらしいが、そのせいで大量の重傷者が担ぎ込まれたらしい。
 環境の急激な変化が、妹の体調に悪い影響を与えていなければ良いのだが。
 そういえば、自分はいつも妹と居る時、何か困った事があると知恵を借りていた気がする。こんな時、妹なら何か助言をくれただろうか。
「メイ……あなたならどうする?」
 本人に聞こえるはずのない呟きを洩らし、フェンは口元に自嘲的な笑みを浮かべる。
(ごめんね、頼りにならないお姉ちゃんで……)
 再び眠りに就こうとしたフェンを、緊急招集のアラームが呼び起こした。
  


 未だ朝陽の抱擁を受けられないファントムペインの基地に来客があった。
 その客人は、かつてないほどの巨体を誇り、間近で見れば城壁としか認識できない。実際、動く城が基地に横付けしているように見える。
 連合軍のハンニバル級地上戦艦『ボナパルト』というのが来訪者の正体である。
「……予定よりずいぶん早いじゃない」
 待機室にて、モニター越しにボナパルトの威容を冷ややかに眺めながら、欠伸を噛み殺してフェンはぼやいた。普通ならここでルミラスの注意が入るところだが、金髪の少女はフェンから少し離れた位置でモニターを眺めている。時折、寝不足気味なフェンの方に心配そうな視線を送るが、フェンはそれに気付かない。
 ザフト軍との決着を付ける戦略級兵器を搭載した地上戦艦がやってくるという話は聞いていたが、当初の予定よりも1週間は早い到着だ。
 ヨーロッパ方面の戦況が悪化しているからだというのが専らの噂である。末端の兵士達である彼らにそこまで伝えられているはずもないが、新兵器を慌てて実戦に投入するかのような今回の動きは、多少想像力の働く者ならば容易に推察できた。
 それよりも彼らにとって重要なのは――。
「ホントにこの中から新兵器のパイロットが選ばれるわけ?」
 夜中に起こされても、メイクを決して忘れないミューディーが、派手な相貌で待機室に集められたパイロット達を見回した。
 大物の来訪者を出迎えるため、彼らは就床から呼び起こされていた。
「……そうなの?」
 1人、事情を知らされていなかったフェンがミューディーの方を見る。
「ああ、フェンは知らないんだっけ?」
 新兵器とはモビルスーツらしい。対コーディネーター用の強力なものらしいが、扱える人間が限られているそうだ。従って、ファントムペインの中からパイロットを選別する……それが部隊内に流れている主な噂であった。
「なるほど……」
 自分以外のメンバーが、夜中に叩き起こされたにも関わらず、妙に浮ついて見えるのはそのせいか。フェンはようやく納得できた。
「まぁ、あたしには関係ないか……」
「おまえさんは乗りたくないのか? 新型」
 乗り気でない態度のフェンを見咎めたシャムスが問いかける。
「生憎、あたしはそういうの興味ないから」
 本当にどうでも良さそうに肩をすくめるフェン。それを遠目から見ていたルミラスが少し寂しそうに目を伏せる。以前までなら、常にフェンの傍らにいるはずだった。それが今、彼女の間には幾人もの兵士があり、更にフェン自身も周囲に分厚い壁を作ってしまった。
(どうしてこんな事に……)
 あの少女がこの基地に来て以来、自分はフェンにとって煙たい存在でしかなくなってしまったのか。そう考えると、胸の辺りが痛くなってきた。
「ルミィ、どうかした?」
 いつになく消沈している様子のルミラスに、ミューディーが話しかける。いつもなら表情を険しくする香水の臭いにも、彼女は反応を示さない。
「元気無いのねぇ。アンタの事だから、もっと気を張ってると思ったけど?」
「気を張る?」
「いつものルミィなら、新型のパイロットは自分こそ相応しいって感じで肩に力入れてるわ」
「そうでしょうか」
「そうよ。今のルミィってば、信管の無い爆弾ね」
「……そうでしょうか」
 その証拠に、ミューディーにからかわれているというのに、ルミラスの反応は鈍かった。
「本当にどうしたの? この前の任務、成功したんでしょ?」
 その成功した任務がフェンを変えてしまったのだと言いたかったが、ミューディーに縋るようで嫌だった。
 フェンとの距離感に戸惑う心とは別に、ルミラスには疑問が生じていた。出来れば作戦を命じたホアキン中佐に直接問い質したかったが、自分のような下士官などに会ってくれるかどうか自信が無いので、そのまま疑問を胸中に抱えていた。
(中佐は知っていたのかしら……) 
 難民達の中にナチュラルがいた事。そして、彼らは本当にテロリストだったのか。
『――昔から無抵抗の人を一方的に殺すような人間に、騎士道なんて言葉は当てはまらないわ』
 胸に突き刺さった彼女の言葉。
 今まで崇高な使命だと思っていたコーディネーターとの戦い。だが、フェンの言葉によってルミラスの思考のレンズに曇りが生じ、彼女はそれに戸惑い、同時に恐れを感じていた。
 自分達のやっている事は本当に正しいのか。
 あの作戦に参加したスウェンを初めとする他のパイロットはと言えば『命令に従っただけ』『コーディネーターは死んで当然』『ナチュラルは運が悪かった』と返してくるばかりである。
 あるいは間違っているのは今の自分の方なのではないか。フェンの影響を受け、本来正しかったはずの自分達のやり方が歪んで見えてしまっているだけなのかもしれない。そんな風にも考えるが、一体どちらが正しいのか。ルミラスには分からなかった。

 
 
 はしゃぎ回る子供達の声は、それだけで周囲を明るくする。
 自分は最初の内、それを遠巻きに見ているだけだった。一緒に遊びたいとは思っても、見知らぬ子供達を前に、つい尻込みしてしまう。
 不意に、子供達が投げ合って遊んでいたボールが、足下まで転がってきた。
「ボール取ってよー」
 手を振る子供に、ボールを拾って渡そうとする。
「良かったら、君も一緒にやる?」 
 屈託の無い笑顔に、救われた気持ちになって思わず微笑んだ。
 子供達の輪に入って一緒にはしゃぎ回る。周囲の雰囲気は、それだけで明るくなる。
 ボールが、またあらぬ方向へと飛んでいく。
「何やってるんだよー」
 子供の1人が、駆け足でボールを取り行こうとした。
 ――行っちゃダメ。
 理由は分からない。何故かそう思った。
 だが、それを口に出そうとしたのに、声が出ない。
 ――そっちに行っちゃダメ。早く……早く皆、ここを逃げないと――
 口を開き、喉に力を入れているのに、声が出ない。
 次第に焦っているのが実感できた。
 早く言わなくては。
 早く皆で逃げなくては。
 さもないと――。
(何? 何があるの?)
 自分でもその先が分からない。ただ、何か恐ろしい事が待っているような気がして――。
「……!」
 耳をつんざくような、凄まじい轟音。
 ボールを取りに行こうとした子供が消えた。
 正確に言えば、消し飛んだ。血と肉の塊になって。
 声にならない悲鳴を上げ、そこで気が付いた。
 ついさっきまで傍にいた子供達も皆、血と肉の塊になって地面に散乱していた。それだけではない。その周囲にいた大人達まで。
「う……あぁ!」
 絞り出された声は、自分のものではない。
 地面に横たわる女性が、呻き声を上げながらこちらに手を伸ばす。夥しい出血は、女性の下半身があったはずの場所から流れていた。
 再び轟音。
 上半身だけの女性が、一瞬にして砕け散った。



 自分の悲鳴で目が醒めた。
「大丈夫!?」
 暗闇の中で覗き込んでくるのは、フェンとかいう女。
 窓から差し込む月の光が、その青白い顔を浮き立たせる。黒い瞳には心配そうな光が宿っていた。
「……怖い夢見てたの? すごくうなされてたけど……」
 気遣う声を、シーツを頭から被り直して遮る。
 騙されて溜まるか。この女は、自分をこんな目に遭わせた張本人の1人。看病とか言って、本当は自分を監視しているに違いない。
 フェンはシーツを被ったまま動かない少女をしばし見つめていたが、やがて諦めたように椅子に腰を下ろした。
「……ねぇ」
 答えが返ってこない事を承知の上で話しかける。
「まだ、名前教えてくれないの?」
 身元を証明する物を持っておらず、少女自身が固く口を閉ざしているため、何も分からない。
「ひょっとして半日も顔出さなかったの怒ってる? ごめんね。何か基地に変な戦艦が来てさ。その出迎えとか物資の搬入とかしてたから」
 昨夜からやっていたので寝不足なのだと、苦笑いしながらフェン。当然、少女は何も答えない。
「具合はどう? 先生はもう大丈夫って言ってたけど……」
 ちらりと、フェンはベッド脇のトレイに目をやる。
 相変わらず、ほとんど手を付けられていない食事。
 汚れのないフォークとスプーンが、寂しそうに月の光を反射していた。 
「……少しでも食べなよ。体に悪いよ?」
「……るさい」
「え?」
 不意に聞こえた微かなひと言。
 突然過ぎて聞き逃してしまい、フェンは首を傾げる。
「……うるさい! 出てって!」
 シーツをぶつける勢いで跳ね起き、少女が怒鳴った。敵意と憎悪しかない表情。
 聞こえない程度の溜息を1つ挟む。
「そうだね。ごめん……」   
 目を伏せて、退室するフェン。だが、その瞳には僅かながら微笑みがあった。
 少女に拒絶されたというのに、こんな感情を抱くのはおかしいとは思うが、それでもフェンは嬉しかった。
(初めて……言葉を返してくれたね)
 それも、きちんと感情の篭もった言葉を、だ。
「食事、ちゃんと食べてね。スープは冷めちゃったけど、パンとデザートのプリンなら食べられるから」
 明日の朝にまた来ると、少女と軍医にそれぞれ声を掛け、フェンは医務室を後にした。 
 フェンの背中を見送る事なく、少女はシーツを被る。
(何よ……何よ何よ何よ!)
 自分をこんな目に遭わせ、こんな所に連れ込み、大切な人達を奪い去った敵。そんな連中から優しくされても、不快さばかりが募っていく。
 どうしてこんな事になったのだろう。自分は何も悪い事はしていないのに。
 もしかすると、嫌いな野菜をいつも残していたから天罰が下ったのか。それにしたって、あんまりな仕打ちではないか。
『ちゃんと食べないと、大きくなれないわよ?』
 決まり文句を並べる母親の面影が、脳裏に浮かんだ。
「……お母さん」
 喉から絞り出したのは涙声。
 眼球を覆う熱い液体が、暗い視界を歪める。
 しっかり者で暖かい母。頼りないが優しい父。そしてキャンプ地に来てから出来た多くの友人達。少女の胸を温める人々の顔が浮かんでは消え、最後に出てきたのは――。
(どうして……)
 どうしてあの顔なのだ。
 少女の胸中の熱は、温かいものから憎しみによる熱さへと変わる。
 ボロボロの自分を見つけ、惚けたような顔をし、縋るように抱きしめてきたあの憎むべき“敵”。
(なのに……)
 あの時、抱きしめられた際にあの黒髪から漂ってきた匂いが、一瞬だけ母親に似ていると思ってしまった。
 納得できない。あんなに憎い相手なのに、不意に安心して泣きじゃくってしまった自分。
 あんな輩から母親を連想するなど……。
(お母さん……)
 胸中で呟くと、胸が締め付けられるような痛みに襲われる。
 悲しみ、絶望、憎しみ、そして孤独が少女の中で回っていた。
「うぅ……」
 寝返りを打って枕に顔を埋める。
 涙が枕に染み込み、湿った感触が顔面を覆った。それが気持ち悪くなり、顔を上げた少女の視線の先には食器が載せられたトレイが置かれている。
 
    
   
 医務室を出ると、そこに見知った顔が立っていた。
「……何?」
 冷めた口調のフェンに、外で待っていたルミラスは話しかける。
「ホアキン中佐がお呼びです」
「今すぐ?」
「はい」
 腕時計を見て時刻を確認する。
「あたし、今日はもう寝たいんだけど……」
「緊急の用件だそうです。すぐに終わるとの事なので……」
 食い下がるルミラスに鬱陶しげな視線を投げた後、渋々という呈でフェンは歩こうとしていた方向を変えた。
「何だってのよ。まさか、勤務態度が悪いからクビとか?」
「そんな事は無いでしょう……」
 一瞬、クビならそれでも良いと思ったが、そうなるとあの少女を放っておく事になると思い直す。
(少なくとも、今辞めるわけにはいかないか……)
 だが、ルミラスの言うとおり、それはフェンの勝手な思い違いでしかなかった。
 中佐のオフィスに出頭すると、冷徹で厳しい人物はフェンを一瞥したが、すぐに手元の資料に視線を戻す。
「少尉か。遅かったな」
「は、申し訳ありません」
 心の篭もらぬ謝罪の言葉と上辺だけの敬礼を、ホアキンは無視した。
「遅れたのは、例の保護した少女の世話かね? 聞いたぞ。熱心にコミュニケーションを図っているそうだな。ナイチンゲール君?」
 歴史に名を残した看護婦に例えられたが、フェンは喜んだりはしなかった。むしろ不愉快そうに眉をひそめ、それを隠そうともしない。
 冗談を口にしている割には、ホアキンの口調は平時と全く変わらないのも気に喰わない。
「コーディネーターに掴まっていた不幸な少女だ。今はまだ混乱しているので、君も苦労するだろうが、彼女の傷心を癒せるように尽力してくれたまえ」  
 後半はともかく、前半の部分は嘘だろうと鼻で笑いたい衝動に駆られたが。
「はい。微力を尽くします」
 そこだけは真面目に答えた。
 とりあえず、ホアキンに少女の身柄を今すぐどうこうしようという意思は無いようだ。彼の事だから、さっさとどこかの施設に送ってしまうのでは、と内心で危惧していたフェンはとりあえず安心している。あのような状態の少女を放り出すのはあんまりだ。
「中佐、用件というのはその少女に関する事ですか?」
「いや、今のは単なる世間話だ」
 あっさり返すホアキンに噛み付きそうになったが、そこは堪える。
「今回、当基地に到着したボナパルト――あの地上戦艦だが、あれが我が軍の命運を左右する新兵器を輸送しているという話は知っているな?」
「……はい」
「君をそのパイロットに任命する」
 ろくに間を置かずに言われたので、最初はその意味が分からなかった。ただ、奇妙な既視感を覚えた。
(あ、そうだ。確か……)
 初めてこの基地にやってきた時と同じ状況だ。
 あの時も中佐の発言は脈絡が無く、突然ファントムペインに編入させられた。そこまで考えたフェンは、ようやく言われた言葉の意味を理解する。
「……パイロット? 自分が?」
 今回は身を乗り出して騒いだりしなかった。あまりに突飛過ぎて、現実味が無いからだ。
 ホアキンは手元の資料からファイルを拾い上げ、フェンの前へ放る。表紙にある兵器の名称が、彼女の瞳に映った。
「それがマニュアルだ。明日からすぐに転換訓練を行うので、目を通しておくように」
 表紙を捲り、数ページほど流し読みをしてみる。
「中佐、質問があるのですが……」
「何だ? 機体の事に関してはマニュアルを読むか技術者連中に聞け」
「いえ……どうして自分なのですか? 他にも優秀なパイロットはいるでしょう」
 スウェン・カル・バヤン中尉やミューディー・ホルクロフト少尉、シャムス・コーザ中尉など、優秀なパイロットには事欠かないのがファントムペインだろうがとフェンは思った。別に遠慮や謙遜をしたわけではなく、ようやくスローターダガーに慣れたところへ、更に別の機体を押し付けられるのが面倒なのである。
「今回、君に与えられるのは彼らが使用しているMSとは多少扱いが異なるのでな」
 3人の搭乗機――ストライクノワール、ブルデュエル、ヴェルデバスター。この3機は単独で戦闘するのではなく、相互連携を前提としている。3人のパイロットに限らず、ファントムペインの基本戦術は集団戦にあるのだが、フェンに任される機体はその戦術構想と合致しない。そのため、この部隊にやってきて日の浅い彼女がパイロットとして選ばれたわけだ。
「単独で戦闘可能な性能という事だ。要するに、他の部隊と連携するには向いていない」
 フェンは胸中で苦笑いする。
 つまり自分は問題児を押し付けられた教師というわけだ。あるいは問題児が自分で教師はその新型の方かもしれない。
「それにな。整備班から苦情が来ているのだよ」
「……苦情?」
「君のダガーは数えるほどしか出撃していないというのに、損耗が激しいのだそうだ」
 乱暴な扱いで傷む機体をいちいち整備する人間の身にもなれ、というのが彼らの主張らしい。
「加えて、私も君の戦闘記録を見させてもらった。実に独特な戦い方をするな。確か、雑技団というのが君の祖先の国にあったと思うが、アレを彷彿とさせる」
「それはどうも……」
 真面目なのか冗談なのか、はたまた皮肉なのか判断しかねる中佐の言い方に、フェンはとりあえず皮肉な口調で切り返す事にした。 
「おそらく、君独特の操縦スタイルがダガーに酷な負担をかけていたのだろうが、その新型なら君の腕を存分に振るう事ができる」
 頑張ってくれたまえ、と白々しさを交える言い方の中佐に、フェンは今更腹を立てたりはしない。ホアキン中佐の言った事を要約すれば、自分はあまり物を押し付けられた事になる。元々、ファントムペインの空気に馴染めないフェンであるから、別に構わないのだが。
(それにしても……)
 マニュアルに書かれている機体概要に目を通す。
 所謂“カタログスペック”としては見栄えがする内容だとは思うが、こういう見栄を張るような兵器を戦場に投入する時点で、負けが確定したようなものだと、昔どこかの本に書いてあったような気がする。 


    
「おやおや、そいつはめでたい。一体どんな手を使ったんだ?」
 翌朝。
 眠気の残る頭を抱えてて食堂に赴くと、シャムスとミューディーに捕まった。 
 新型兵器のパイロットに選ばれた話をすると、シャムスがそのように言ってきたのだ。
「知らないわよ、そんなの」
 不機嫌そうに答えながら、食欲の湧かないフェンはフォークの先でハムを突いていた。
「コーディネーターを抹殺するための最終兵器ですって? 羨ましいわね。あたしも乗ってみたいわ」 
 皮肉と冗談が入り混じった物言いで、肩をすくめるミューディー。
 その横で、シャムスが身を乗り出す。
「さっき聞いたぞ。新兵器とやらの名前をさ」
 自信たっぷりにその名を口にするシャムスに、フェンは訂正を入れる。
「……デストロイ? 違うよ」
「は? 違うのか? でも、確かその名前だったが……」
 やる気の感じられない手捌きでフォークを回しながら、フェンはファイルに書かれた名前を思い出した。
「あたしが乗れって言われてるのは、あの戦艦が一緒に運んできたおまけなんだってさ」
「……おまけ? 何よそれ」
 朝から派手なメイクで彩った眉をひそめるミューディーに、ホアキン中佐から聞いた話とファイルに書かれていた事をまとめ、順を追って説明する。
 ボナパルトが運んでいる新兵器の名は、確かにシャムスが聞いた『破壊』の名を冠している。だが、それとは別に試験運用を目的とした新型MSも搭載していたのだ。
「じゃあ、フェンが乗るのって……」
「デストロイとかいう妙ちくりんな兵器じゃなくて、おまけのMSよ」 
「おまけ、ねぇ……」
 2人が拍子抜けする様子を冷めた眼差しで一瞥した後、機械的な動作で朝食を平らげたフェンは、一転して静から動へ。ネジを巻いたばかりの人形よろしく立ち上がり、トレイを片付けると新しいトレイに食事を乗せ始めた。
「フェン、まだ食べる気?」
 げんなりしたように問いかけるミューディーに、フェンは振り返る事も無く簡潔に答える。
「あたしの分じゃない」
 そのひと言で、ミューディーとシャムスは合点のいった表情に変わる。
「ああ。隠し子のところへ行くのか」
「そうだっけ? ルミィからあの子に乗り換えたって聞いたけど?」
 背後から聞こえる冷やかしを、フェンは無視した。
 
  

 医務室の前にやってくると、見知った金髪の少女が待っていた。
「フェン……昨晩は寝ていないのでは?」
「何よルミラス。言ったでしょう? 口出し無用よ」
「新型のパイロットに選ばれたのでしょう? 機種転換の訓練も始まるというのに……」
 心配そうに食い下がるルミラスを差し置いて、フェンは嗅ぎ慣れた薬品臭の部屋へ足を踏み入れる。
「待って下さい! まだ話は……」
「失礼します」
 背中から聞こえる言葉を遮ってドアを開ける。振り向いて“静かにしてよね”という意思を視線に乗せると、金髪の少女が押し黙った。
 年老いた軍医に会釈し、カーテンで仕切られた奥のベッドへ向かう。
 いつも思うのだが、この軍医はきちんと仕事をしているのだろうか。いつ来てもデスクで本を読んでいるか、不在の状態である。よくこんな人間がクビにならないものだと感心するほどだ。
 ルミラスも一緒に入室してきたようが、入り口付近に立ったまま途方にくれたようにこちらを見ているだけなので、無視してカーテン越しに少女へ呼びかける。
「おはよう。朝食持ってきたよ」
 返事が無いのは寂しいが、いつもの事だ。めげずにカーテンを分け、その聖域へとフェンは足を踏み入れ――。
「……え?」
 そして数瞬の間、その場で固まる。
 フェンの視界の中で、ベッドから半身を起こした少女が、何かにとり憑かれたような虚ろな表情で自分の左手首を見つめている。右手にはフォークを握りしめていた。
 医務室の白い壁とベッドシーツの白い生地の中で紅い花が咲いている。
 少女の左手首に真紅の花弁が見えた。
 右手に持っているフォークの先端に、僅かながら紅い蜜が付着している。
 手首から零れたのか、真下のシーツにも花が咲いていた。 
「……何してるの!?」
 足が床に磔にされたような錯覚を味わっていたフェンは、喉が張り裂けんばかりの声を出して自らを呪縛から解き放った。
 トレイを投げ出し、少女の両手を押さえつける。非音楽的な旋律と共に、食器の破片が飛び散って、白い床をスープが汚した。
「いやぁ……!」
 フェンの手を振り払おうとする少女。だが体格も違い、訓練を受けた相手の前では無意味だった。
 手首から滲み出る花がその面積を広げる。それを見たフェンは対照的に表情を蒼褪めた。
「やめて! ダメよ、こんな事!」
 暴れる少女を必死で押さえつけるフェン。予想以上の抵抗に驚きながら、少女の手からフォークを奪い取ろうとする。
「フェン!?」
 ルミラスと軍医が駆け込んできた。今頃来るなと忌々しげに睨み付けたが、あるいは少女と格闘していた時間が意外に短かったのかもしれない。
 フェンと少女を引き離そうと、ルミラスが近付く。
「い……」
 少女の手から力が抜ける。
 ようやく諦めてくれたのかと、フェンも掴んでいた腕の力を緩めた。
「いやぁ!」
 絶叫と共に再び少女の腕に力が宿る。完全な不意打ちに、フェンは反応できない。
 出鱈目に振るわれる少女の腕。ただ目の前の障害を排除しようとする純粋な意思と力。だが、ただ1つの例外は、その手にしっかりと握られていた金属の西洋食器であった。
「……!」
 右肩に走る強烈な痛みに、フェンは表情をしかめたものの、悲鳴だけは堪える。
「フェン!!」
 代わりに、ルミラスが叫んだ。
 その悲鳴に近い声を鬱陶しく感じて、
 ――刺されたのはあなたじゃないのに、何でそんな大声出すかな――
 と迷惑そうに睨むフェン。ルミラスにはそれが苦痛で表情を歪めているように見え、心胆が凍り付く。
 フェンが押さえている右肩に本来はサラダやハムを口に運ぶために使うフォークが、深々と突き刺さっていたのだ。
「……あ」
 フェンの姿を見て、少女も動きを止めた。呆然と目の前の光景を眺めている。
 ルミラスは床に片膝を付いたフェンに駆け寄り、傷の状態を確かめる。刺さったフォークが栓の役割をしており、出血は思ったほどではなかった。
「何してるんですか!? 早く治療を!」
 形の良い眉を吊り上げ、ただ立ち尽すだけの軍医に怒鳴りつけると、彼は体を小刻みに震わせながら、転がるように薬品や器具が並んだ棚へ向かっていく。
 苛立ち混じりにそれを見た後、ルミラスは刃物のような視線をベッドの上の少女へ向けた。
「ひ……!」
 眼鏡のレンズ越しに見える瞳が、一切の妥協を許さない輝きを宿している。少女は悲鳴を上げかけて喉を詰まらせる。
 金髪を乱暴に揺らし、少女に詰め寄った。直後に、乾いた音が医務室に響く。
 少女は片頬を押さえる。平手打ちを喰らった頬は痛みと熱を持っていた。
 ルミラスの方は、叩いた姿勢のまま怒りで肩を震わせている。
「フェンが……」
 絞り出した声も、同様に震えていた。
「フェンが、どれほどあなたの事を気にかけているか分かりますか!? 毎日毎日訓練の合間、休む時間も惜しんでここに来て……夜だってろく寝ずにあなたに付いているのですよ!? なのに……」
 その先の台詞が、更なる平手打ちで遮られる。だが、頬を押さえているのはルミラスの方だった。
 驚愕の表情を浮かべたまま、ルミラスはたった今、自分の事を叩いた人物を見つめる。
「フェン……」
 ルミラスの視線の先で、彼女は怒っていた。しかもその矛先は加害者であるはずの少女ではなく、フェンの味方をしたはずの自分である。
「止めなさいよ」
 痛みのせいで多少の翳りが見える黒い瞳には、ルミラス以上の意思の輝きがあった。
「ごめんね。怖がらせたりして」
 怒りの表情から一転して、フェンはベッドの上で怯えている少女に柔らかい視線を向ける。
「フェン、どうして……」
 どうして名前も知らない少女に、自分を傷付けた少女に、そんな優しい顔が出来るのだ。
 驚きと失望、そして何よりルミラスは悲しくなった。
「お願いだから、こんな事しないで。辛いのは分かるけど……」
 そんなルミラスの気持ちなど知らず、血が滲んでいる少女の手首を痛ましげに見つめるフェン。
 下手な自殺未遂のせいで、少女の肌は悲惨な有様になっていた。深手ではないにしても、傷跡は容易に消えないだろう。
「折角生きてるんじゃない。なのに、勿体無いよ……」
 我ながら、あまり上等ではない言い回しだと自覚する。第一、自分にはそのような説得をする資格すら無い事も承知はしていた。だが、それでもフェンは少女を真っ直ぐに見つめる。
「生きてさえいれば、楽しいって思える時があるよ。今はまだ無理かもしれないけど……」
 ルミラスを叩いた左手で、今度は少女の頬に触れる。ルミラスに叩かれた部分は朱色に染まっていた。
「でも、大丈夫だから。あたしが守ってあげる」
 手を繋いだ姉妹の体が砕ける光景が蘇る。

 ――もうあんなモノは見たくないから。

 その姉妹が、自分の妹の姿に変わる。

 ――繰り返される悪夢に耐えられないから。 

 それらの本音は胸に仕舞い込み、フェンは笑みを浮かべた。心と体の痛みを押し殺した、悲しくて痛ましい笑み。
 左腕だけで少女を抱きしめた。
 甚だしい偽善だという事は分かっている。少女をここまで追い詰めた原因の一端を自分が握っている事も分かっている。
「ううん、むしろお願い。あなたの事……守らせて」 
 だが、それでもフェンは、自分の心に嘘はつきなくなかった。
「フェン……」
 ただ1人、蚊帳の外に置かれたルミラスだけが、打たれた頬を押さえたまま悲しげに目を伏せる。こんなにも近くにいるというのに、今はフェンの存在があまりに遠かった。
 自分は彼女の眼中どころか、心のレンズにすら映らないのか。そう思うと、ルミラスの心に闇が舞い降りる。闇の中に1人取り残されたルミラスは、どうする事もできず、立ち尽していた。ただ、フェンに叩かれた頬の熱さだけが、今のルミラスの全てであった。
 


―――――to be continue

 SS(投稿作品) 管理用2

2 Comments

玉井よしあき  

Phase:06感想

Phase06読みました。フェン、ルミラス、少女が交流の序章と来たところか。

今までMS戦をしてきた人間にとって直接人を手にかける現実はトラウマになるか。


その最中に新型機支給が追い討ちを掛けます。デストロイガンダムだったら当然、いやでしょうが、余り物だったがせめてもの救いでしょうか。

ミューディーのルミラスから少女に乗り換えたと二次創作ではかませ犬扱いされていますが、相も変わらずこの作品では奇妙な言い回しをしています。

次も楽しく拝読させていただきます。
では。

2008/04/15 (Tue) 11:02 | EDIT | REPLY |   

蓮の花  

お返事遅れました(汗)

 感想書いてもらったのに、長期に渡り返事をしないという不届きっぷりな蓮の花です。
 ……ホントすいません。罰としてガンダムvsガンダムにて、ラスボスのデビルガンダムにザク改で特攻して来ます(どうでもいい)

 自分として『三角関係』をやってみたかったのです。そして1人でニンマリしておりました。

>相も変わらずこの作品では奇妙な言い回しをしています

 ヒント:百合(ヒントになってないし……)


 毎度毎度、感想ありがとうございます。
 私の方に送っていただいた作品にも、またいずれお返事させていただきます。出来るだけ早く……なるといいな(ぉ
 

2008/05/01 (Thu) 20:38 | EDIT | REPLY |   

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