猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS23

『機動戦士ガンダムSEED DESTINY―――“Phantom pain”』

《Phase:07 ~現状における苛立ちと迷いと、妹からの便り~》



「イーフウ少尉、どうかしましたか? 肩など押さえて……」
 そう聞いてくる若い技術者の男に、フェンは痛みを堪えて愛想笑いを浮かべる。
「何でもない。最近、肩がこるなぁって思っただけ」
「そうなんですか? しっかりして下さいよ。これからお見せする機体は、そんな事では乗りこなせませんからね」
 軽く笑って、その技術者は案内を再開した。
 フェンが歩いているのは、ボナパルト内の通路である。今朝の1件以来、痛みの消えない肩の件は周囲には伏せてある。軍医やルミラス、少女に対しても厳重な口止めを行った。知られれば、少女は間違いなく他所の施設に移されるだろう。
「そんなにすごいの?」
 あまり興味は無かったが、余計な勘繰りをされる前に話に乗っておく。
「ええ」
 自信たっぷりに技術者は頷き、厳重にロックされた扉の前で立ち止まる。
 網膜、指紋、声紋、氏名所属、暗証番号、そして最後にカードキーをスリットに通す。1つでも登録されたデータと異なれば、2人が立っている床に高圧電流が流れる仕組みになっている。
 扉が重々しい音を立てて来訪者を迎え入れた。
 突然、戦艦の中とは思えないほど広大な空間がフェンの目前に拡がる。
「ここは……?」
「連合軍の命運を握る兵器が眠る場所です」
「ああ……」
 デストロイとかいう名前の兵器の事であろう。
 よく見れば、広い空間の中心部と思われる場所にシートの塊が置かれている。
「こちらですよ」
 案内に従い、歩を進める。
 シートの塊に近付くと、技術者が得意気な表情で振り返った。
「これが、我が軍の切り札。デストロイというコードネームで呼ばれています」
 シートで固められたその兵器をしばし眺め、フェンは呟く。
「……大きいわね」
 ただでさえ広い空間の中で、デストロイが鎮座している場所は複数のフロアをくり貫いて格納スペースを確保しているようだった。
「はい、単機でコーディネーターの大部隊に対して勝利を収めるための兵器ですからね。そのための特殊兵装が数多く搭載されています」
「MSじゃないのね?」
 見える範囲でフェンが抱いた印象は、円盤状の戦車だった。
 まるで昔のSF映画に出てくる未確認飛行物体を黒く塗りつぶし、4門の大砲を背負わせたような外見をしている。もっとも、下部が見えないので、フェンの表現が的確がどうかは分からない。
「MS形態にもなりますよ。格納中はMA形態にしているのです。この位置からでは見えませんが、この丸い胴体部の下に足が生えているんです」
「なるほど……」
「大きさや形状だけでなく、他の面でも新技術がふんだんに使用されていますが、今はこれ以上は……」
 技術者もデストロイのスペックについて熱弁を振るいたい様子だったが、詳しい事までは教えられないらしい。
「……それなら仕方ないわね」  
 別に興味など無かったが、話を振った責任として表面上は残念がって見せた。
(変な機体……)
 新技術か何だか知らないが、こんなに大きいものが通常のMSのように歩いたり跳んだりできるのだろうか。
 専用の格納庫が必要なほど巨大であれば、わざわざMS形態にする必要は無いように思える。
(……ま、あたしが乗るわけじゃないからいいか)
 冷めた頭でそのように締め括る。彼女が気になっているのは、昨日自殺未遂をした少女の事だった。
 今、自分の目の前にある巨大兵器がまた人を殺すために使われるところを、あの少女はどのような思いで見るのだろうか。
「少尉の機体はこちらの格納庫にあります」
 再び歩き出した技術者について行こうとして、フェンはふとデストロイに一瞥をくれたが、すぐ振り返ってその場を後にした。あの巨大な円盤の中央。おそらくメインカメラ用の、人間で言う“目”にあたる部位だと思われるが、その部分が一瞬、フェンの目からは笑ったように見えた。
(……くだらない)
 機械が笑うなどと、3流のホラー小説か子供向けのSFドラマの話だろう。
 しかし、どことなくうそ寒さを覚えたフェンは、足早に広い格納庫を去った。

 

 すっかり見慣れてしまった天井を、少女はベッドに横たわりながらぼんやりと眺めていた。
 脳裏に浮かぶのは必死に自分へ訴えかける黒い瞳。
 フォークを刺した時は、いい気味だと思った。
『……お願い。あなたの事、守らせて』
 だが、そのひと言が少女の心に波紋を拡げていた。
 思えば、あのフェンとかいう軍人は最初に会った時もあんな目をしていたはずだ。
 捨てられる寸前の犬を思わせる、最後の希望に無様に縋りつくような瞳。あれではどっちがどっちを救ったのか分からない。
(どうして……?)
 左手を目の前に掲げる。
 フォークを刺した瞬間の感触が未だ残っているその白い手首には、包帯が不恰好に巻かれていた。
「2度とやっちゃ駄目よ?」
 そう言いながら、フェンが不器用に巻いたのだ。肩に怪我をしているとはいえ、少々酷すぎるのではと思う。
 それにしても、どうして自分を怪我させた相手にそこまでするのだろう。
 少女にはフェンの行動が理解できない。いや、実際にフェンの行動に理解を示している人間など、おそらくこの基地にはいないだろうが。
(……分からない)
 生きる事が大事だというなら、どうして人を殺す仕事なんかしているのだろう。
 フェンに怪我をさせた時、それを怒ったルミラスから庇う役を、どうしてフェンがやるのだろう。
 頭の中で思考を転がしていると、ドアの開閉音が聞こえたので、シーツを頭から被った。
「起きてるのでしょう? 食事、持ってきましたよ?」
 だが、聞こえてきたのはいつもと違うぶっきらぼうな声。
 シーツを剥がして頭を出すと、そこにいたのは見慣れた黒髪ではなく、金髪の少女だった。
 眼鏡越しに見える瞳が不機嫌そうにこちらを見据えている。
「フェンは機種転換訓練のため、今日は来れません」
 だから代理で来たと、食器を乗せたトレイを置く。
 こちらを窺うような上目遣いで、少女はルミラスを窺う。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。またあのような事をしない限り、あなたには触れません。それに今回は食器を変えましたから」
 冷めた口調で椅子に腰を下ろし、口調よりも更に冷めた視線を向けてきた。
 訝しく思いながらトレイに目をやると、いつもより食器の見栄えが悪い。
 紙製の器に、柔らかいプラスチック素材のスプーンとフォーク。
 フォークの先端は丸く削り取られ、食べ物に刺さるかどうかも怪しかった。また傷害行為に及ばれてはたまらないので、このような処置を取ったのだろうが、やり口が露骨過ぎる。
「さ、早く食べてもらえますか? 後20分もしたら、私は仕事に行かなくてはなりません」
 なので、20分間はここで待つ。それを過ぎたら、食事に手を付けていようがいまいが関係なく、トレイを片付けると言う。
 1分ほど黙っていた少女だが、自分の事を穴が空くほど見ているルミラスに鬱陶しげな視線を向けた後、渋々という呈で食器に手を付け始めた。
 しかし、相変わらず頬の辺りに感じる視線は外れない。
 落ち着きを失くす少女に、ルミラスは口を開いた。
「フェンから言われたのです。あなたから決して目を離すな、とね」
 あてつけがましい言い方に、むっとする少女。
「見られるのが嫌なら、早く食べる事です。あなたの食事が終った時点で私はいなくなりますので」 
 それを聞いて、少女の手の動きが速まる。これまで食事にほとんど手を付けなかった事を考えると、フェンが見れば喜ぶかもしれない。
「私が持ってきた物は食べるのに、フェンが持ってくる物は食べられないというわけですか」
 少女の手が止まった。険悪な視線を向けるが、ルミラスはまるで動じていない。
 事有る毎に嫌味を言ってくる輩は無視し、手と口の動きを早める。食欲など無きに等しかった今までと違い、実際に食べ物を胃に流し込んでみれば、自分がいかに空腹だったかを実感した。
 パンを頬張って喉に詰まらせ、咳き込みながら慌てて水で流し込む少女を見ながら、生真面目なルミラスは整った眉をしかめた。行儀が悪いと注意したくなるが、そこまでする義務は無いはずだとだんまりを決め込む。
「どうしてフェンは……あなたなんかに……」 
 押し殺したはずの声は、しかし静かな医務室の中でよく響いた。
「……そんなの、あたしにも分からないよ」 
 食事の手を止め、手元に視線を落としたまま少女が呟く。
 この時、反発し合っていた2人ではあったが、不思議な事に思考ベクトルは同調していた。ルミラスも少女も、特定の人物に対する納得し難い気持ちがある。
 何故だという問いは、彼女らが胸中で同時に発した言葉であろう。
 だからと言って両者共、互いに良好な関係を築けるとは思わなかった。
(どうしてこんな事に……)
 やりきれない気持ちを持て余しながら、ルミラスはフェンとの間が冷え切ってしまう切っ掛けを作った出来事を思い出す。
 コーディネーターの難民キャンプ。
 その実態はテロリストの訓練施設だという話だが、今となっては定かではない。
 スウェンの命令に従って攻撃準備に入ったダガー部隊の中で、たった1人命令を聞かなかったフェン。
 無抵抗の人間を一方的に虐殺する者を騎士とは言わない、と彼女は言った。
 弱きを助け、強きを挫くのが騎士ならば、壊滅したキャンプに単身で乗り込み、目の前の少女を見つけ出したフェンの行いこそ、そのように表現できるだろう。
(じゃあ、私は……?)
 コーディネーターを排除する事が当然の正義と信じ、躊躇い無く攻撃を実行した。ところが、そこにナチュラルが混じっており、それが原因でフェンから糾弾され、彼女との距離が開いてしまった。
 騎士たるフェンから否定されたなら、自分は間違った存在なのか。
(……だとしたら……私が今までやってきた事は……)
 幼い頃からコーディネーターがいかに危険な存在かを教えられ、コーディネーターを倒すために訓練を受けて育った彼女にとって、フェンの言葉は今までの短い人生を全否定されてしまうほど受け入れ難いものだった。
(でも、だからって……)
 仮にも、フェンが第81独立機動群に来てからずっと付き添ってきたのだ。なのに、昨日今日やってきた少女には優しく、相対するように自分に冷たくするフェン。事情の理解は出来ても、納得は出来ない。
 やがて少女の食事は終わり、睨みつけるように少女を見据えながら食器を片付けると、ルミラスは医務室を後にした。



「どう? 新型機の印象は?」
 ボナパルトから基地の通路へ戻ってきたフェンに、ミューディーが興味津々といった風体で話しかけてきた。
「見栄えはいいんじゃないかな? 詳しい事は言えないけど……」
 素っ気無い態度で答えたのは、実際に口止めされていたわけではなく、睡眠不足と肩の痛みでまともに受け答えするのが億劫な上、ミューディーの香水の匂いを嗅いで忌避する気持ちが強まったからである。
「……ふーん。まぁいいけど」
 意外に呆気なく、ミューディーは引き下がった。代わりに別の、フェンにとって更に煩わしい話題を提供してくる。
「それより、最近ルミィに冷たいみたいじゃない? いくらあの娘を振ったからって喧嘩別れしたわけじゃないでしょ? あの娘ってば、ここのところ浮かない顔ばっかり……」
「ミューディー・ホルクロフト少尉」
 多少強めの口調で振り返る。黒い瞳にも、拒絶の光が灯っていた。
「そんな悪ふざけを言うために声を掛けたの?」
「まさか、冗談よ。ルミィがちょっと心配なのは本当だけど……本題はこっち」 
 整えた眉をひそめ、ミューディーは右手を差し出す。その華奢な指には1通の封筒が挟まれている。
「アンタ宛ての手紙、預かってるのよ。差出人が“イーフウ”って姓だから、あなたの身内でしょ?」
 ミューディーの言葉が終わらない内に、彼女の指から封筒が奪われた。
「ありがと。じゃあね」
 礼もそこそこに、足早にその場を去ろうとするフェンを呼び止める。
「こんな事言っても無駄かもしれないけど……ホアキン中佐が民間人の保護を許可するなんて珍しいのよ?」
 足を止め、派手なメイクの同僚に振り返るフェン。無視されなかった事を幸いに思いつつ、ミューディーは続ける。
「普通ならあの女の子、とっくにどこかの施設に放り込まれてたはずよ。でも、ルミィの口添えでそれは免れた」
「……何が言いたいの?」
「そんな鬱陶しそうな顔しないでよ。だからルミィと仲良くしろとか言わないから。ただ、個人的にあのルミィがどうやって中佐を言い包めたのか、気になってね。それがうまい手だったら教えて欲しいのよ。今度使ってみたいから」
 だから、ルミラスからそれとなく聞き出して欲しいと言って話を終らせるミューディー。形ばかりの返答をして立ち去る黒髪を見送りながら、ミューディーは呆れたように肩をすくめた。
「仲裁はこれが精一杯、か。やれやれ……なんか色々大変そうね」
 しかし、こうなるとルミラスはもっと大変なのではないか。柄ではないと自覚しながら、ふとそんな心配をするミューディーだった。
「……どうかしたのか」
 声に振り返ると、銀色の前髪から冷たい瞳を覗かせたスウェンが立っていた。
「別に。そういえば、ルミィって昔から人と接するのが苦手だったっけなって」
「……そうだったか?」
「アンタは他人に興味無いものね。ルミィが他人の事をあんなに気にかけるなんて珍しいのよ。だから余計に、上手く行かなかった時のダメージが心配なんだけど……」
「さっきから何の話をしている?」
「ただの愚痴よ。聞き流して」
 ルミラス以上に、他人と親しくしているところを見た事が無いスウェンに対し、ミューディーは話を続ける事を諦め、話題を転じた。
「そういえば、さっきそこで聞いたわよ。フェンの訓練が一段落したら、例の新型とアンタのノワールで模擬戦やるんですって?」
「……ああ、そのように聞いている。少尉にも後ほど伝達されるそうだ」
 ちらりとフェンが去った通路を見やるが、足早に行ってしまったので、既に影も形もなかった。

 

 自室に戻ったフェンは焦れるような手付きで封を開ける。
 差出人の“メイファ・イーフウ”という名前が書かれた封筒から良質な便箋を、封を開けた時とは打って変わって丁寧に取り出して拡げた。
『親愛なるお姉ちゃんへ』
 フェンの、書き殴ったような文字とは対照的な整った字体。それは彼女の妹が記したものだった。
 あの子は自分と違って出来の良い子だ、とフェンは時たまルミラスなどに自慢していた。姉馬鹿だと冷やかされたが、構うものか。
『お姉ちゃんの“スペシャルエリートな部隊”での生活はどうですか?』 
 このような基地や組織の中から出す手紙であるから、当然検閲される。なので、妹に対しての手紙には第81独立機動群に関する具体的な内容は書かず、『すごいエリートが集まる特別な部隊』という表現で一括りにした。
 もっとも、例え検閲が無くともフェンは“コーディネーターを抹殺するための部隊に放り込まれた”などと妹に説明する気は毛頭無かった。
『お姉ちゃんが戦地で救助した女の子。深刻な怪我をしているそうですが、早く良くなるといいですね』 
 フェンが基地に連れてきた少女の事も手紙に綴った。深刻な怪我とは、フェン達が少女の心に負わせてしまった傷の事だが、そこまで詳しくは書けなかったので、妹にも勘違いさせてしまったようだ。
『しかも、その子の件で仲間の人と喧嘩したとか。軍隊の事は分かりませんけど、友達や仲間は大事にした方が良いっていつも私に言っていたお姉ちゃんらしく無いと思います。私も、入院したばかりの時は他人を避けていましたが、今は少ないけど、友達が出来たので毎日を楽しく過ごせています』
 それは、お姉ちゃんのおかげなんですよと手紙で語る妹。
『金髪の女性兵士さんでしたっけ? お姉ちゃんの事だから、1つの事に集中して周りが見えなくなっているのではないかと心配しています』
「……大きなお世話」
 正確に痛いところを突かれ、物言わぬ文面に思わず呟いた。
 1秒後、自分の行為に苦笑いを浮かべ、ふと既視感を覚える。
 そう言えば最近、同じ台詞を口にしたような――。
「ああ、ルミラスに言ったんだっけ」
 心配そうに話しかけてくるルミラスを疎しく思い、突き放したのだ。
 フェンの思考を見透かしたかのように、文章は続いた。
『優しいお姉ちゃんは、その子の事を何より心配しているんでしょうね。でも、同じようにお姉ちゃんの事を心配している人がいるはずです。その人が何かを言っても、お姉ちゃんは煩わしいと感じるだけかもしれません』
 しかし、そうやって自分を気遣ってくれる人間の存在が、すごく貴重なのだという事を忘れないで欲しい。手紙にはそのように綴られていた。
(やっぱり大人だな、あの子は……)  
 自分と同じ血が流れているとは思えないくらい、良く出来た妹だと思う。整った文体といい、フェンの気持ちや性格を配慮した言い回しといい、これほど姉を理解している妹など、世の中にそうはいないだろう。
(あたしを気遣ってくれる人……か)
 フェンは手紙から視線を上げ、室内を見渡す。
 デスクの上に散乱しているのは、第81独立機動群についての教書やMS操縦や訓練に関するマニュアル。真新しい物ではなく、本の端がくたびれている。フェンの持ち物ではなく、ルミラスが自分の教科書を持ち込んで、毎晩付きっ切りでフェンに教えていたのだ。
 眠気に襲われると決まって、ルミラスの叱責と1杯のコーヒーが差し出される。
 徹夜続きで疲れはしたが、決して嫌な時間では無かった。
 まるで年上のように振舞う金髪の少女を、フェンは笑いを堪えながら見守ったものだ。
『ちゃんと復習してくださいね。後、机の上も整頓しておくように』
 そう言ってフェンの部屋に分厚い本の山を置いていった。
「……大きなお世話よ」
 今度は口元を緩めたまま呟く。
 基地にやってきたフェンを様々な所へ連れ回して案内し、スローターダガーの操縦に関するレクチャーも必要以上と言えるほど熱心に行ったルミラス。
「そういえば……」
 初めて逢った時、浮かれるミューディーやシャムスに代わってフェンと、一方的にせよ会話をしてくれたのがルミラスだった。
 直後には忘れていたが、医務室の出来事でのルミラスを鮮明に思い出す事ができる。
 いつもは背伸びをしている金髪の少女が、取り残された子供のような不安げな顔をしていた。あの感情は自分に向けられていたのだろうか。
『ホアキン中佐が民間人の保護を許可するなんて珍しいのよ?』
 つい先刻のミューディーの言葉が脳裏に蘇る。
 確かにあの中佐の人柄から言えば、保護するよりもどこかの施設に放り込んでしまいそうだ。それが今まで何も言ってこないというのは、ルミラスが上手く説得してくれたからなのだろうか。
(お礼くらい……言った方がいいのかな)
 頬を叩いてしまった事を思い起こし、バツが悪そうに頭をかく。これまで色々と世話を焼いてくれたルミラスに対し、些か恩知らずな振る舞いをしてしまったと認めざるを得ない。ただ、忌避していた第81独立機動群の中にあって、ルミラスと親しくなれたのはフェンにとって意外な救いであり、だからこそ彼女がキャンプ場で生身の人間に何の躊躇いもなく引き金を引いた事がショックだった。
 ベッドに腰を下ろして、再び手紙の文面に視線を落とす。“軍隊”という単語が視界の中央に止まった。
「軍隊……か。上官の命令は絶対、なんだよね」
 ルミラスの行為を全て許そうとは思わない。だが、同時に彼女の生真面目な性格と育った環境を考えれば、あの状況での行動は仕方が無いとも言える。あれだけの事をしておいて“仕方ない”で済ませるかどうかは別として、彼女1人を悪者にするのは筋が違うというものだろう。
「でもなぁ……」
 途方に暮れたように、ベッドに上半身を投げ出して天井を見上げる。
 ルミラスに対してあのような態度を取ってしまった手前、今更どのように接すれば良いか困る。彼女が一方的な虐殺行為に加担したのは事実だし、それを許そうとは思っていない。とはいえ、あの少女の前で険悪な雰囲気を見せるわけにもいかない。
「……あ、ルミラスにあの子を見るように頼んであったっけ」
 ならば、様子を聞きに行くついでにルミラスと話す機会を設けようか。
 そこまで考えてフェンが体を起こした時だった。
『フェン・イーフウ少尉。至急、ホアキン中佐の執務室までお願いします』 
 枕を掴むと、壁に叩きつける。
「人が折角、仲直りの方法を模索してるって時に……!」
 苛立たしげに床を踏み鳴らし、部屋を後にするフェン。それでも手紙の方は丁寧に折り畳んで机の上に置いていった。
 
  
 
「イーフウ少尉、君が受領した新型MSだが、整備と機種転換訓練が一段落したら模擬戦を行う」
「模擬戦ですか?」
 執務室にやってきたフェンに、ホアキンは単刀直入に切り出した。
「相手はスウェン・カル・バヤン中尉のストライクノワールだ。頑張ってくれたまえ」
 それだけで話は終わったとばかりに、退室を促す仕草をする。
「中佐、私は昔から理解力というものに恵まれていませんでした。なので、もう少し詳しく説明願います」 2人の間では恒例となった会話。要点だけを話すホアキンに、細部の説明を求めるフェン。
 新型の性能を知るために模擬戦を行うのは当然だが、その相手がどうしてスウェンとノワールなのかというのがフェンの疑問であった。
「簡単に言えば、デモンストレーションだ」
 手元の書類を指で弾き、ホアキンは机上に肘を突いて組んだ指先の腕に太い顎を乗せた。
「今回の主役はデストロイだ。君が乗る機体はおまけに過ぎん。本来はな」
 パイロット本人の前で、そこまで歯に衣着せない言い方をするものだろうか。フェンにとっては今更、腹を立てるほどの事ではないが、あるいは本当に他人に対する意識というものが無いのか。
「だが、開発に携わった連中はそう思っていないようでな。デストロイと同等の戦力に成りえるというのが奴らの言い分だ」
 実際にデストロイを目にしたフェンは、それは無いだろうと胸中で呟いた。あの異形の物体は、MSとか性能とか戦力とかいった単語で片付けられない、一種の化け物だ。バイクと戦車はどっちが強いか、などと比べるのに似ている。
「そこでそれを証明するため、私が管轄する部隊で最も腕が立ち、かつ高性能な機体に搭乗している者と模擬戦を行うというわけだ」
 つまりそれがスウェンであり、ストライクノワールが選ばれた理由である。
 フェンは内心で辟易した。この場合、自分は完全なとばっちりではないか。
「彼らは自前でパイロットを用意しなかったのですか?」
「するにはしたが、腕が劣悪でな。仕方なく実戦部隊から選定する事にしたようだ」
 そこで、以前に中佐が説明した理由でもって、フェン・イーフウ少尉が新型機のパイロットに選ばれる“栄誉”を勝ち取ったわけだ。
「……なるほど、感涙の極みです。しかし中佐がその件を私にお話したところを見ると、私はわざと負けた方が良いのですか?」
「おまえが尋ねたから答えたに過ぎん。好きなようにしろ。勝てる自信があるのならそれでも構わん」
 中佐の言い様は挑発の文言というより、模擬戦への関心が薄いだけのように思える。結果などどうでも良いといった風だ。
「了解しました。善処致します」
 全力を尽くしますとは言わなかった辺りに、フェンなりの反抗精神が顕れている。  
「ところで……」
 退室しようとしたフェンを、何気なく呼び止める中佐。その声に従ったというよりは、珍しい出来事に対する反応としてフェンは立ち止まった。
「君が保護した少女の様子はどうかね?」
「?……別に変わりありません」
 内心で首を傾げつつ、迂闊な発言をしないよう言葉を選ぶ。
「体力の方も順調に回復しているようです。ただ、まだここの環境には慣れないようで」
「そうか、引き止めて悪かったな。退室してよろしい」
「……はい、失礼致しました」 
 通路に出て、閉じたドアに振り返り、フェンは違和感を覚えた。
 中佐が、ほんの一瞬だけ満足気な表情をしたように見えたのは自分の見間違いだろうか。



 ここ数日間ですっかり嗅ぎ慣れた薬品臭の漂う医務室に足を踏み入れる。
(またいない……)
 主が不在のデスクに一瞥をくれ、カーテンで仕切られた奥へ足を踏み入れる。 
 窓から差し入む光は、暖かく淡い陽光から冷たく鋭い月光へと変わっていた。
「いつの間に……」
 ボナパルトから戻ってから、時間を気に掛ける余裕も無く基地内を動き回っていたフェンは、軽い驚きと共に出した声が意外に大きくて、思わず口を閉ざす。 
 ベッドの膨らみが反応を示さないのを確認し、胸を撫で下ろした。傍で座ってしばらく様子を見ていたかったが、また妙な音を立てて起こしてしまうのは悪い。かといって立ったままだと、蓄積した疲労で足元がおぼつかなくなる。慎重な足取りで離れた位置にある椅子へ向かった。
 シャムス経由で聞いた話では、今回はきちんと食事を取ったはずだ。
 安堵する反面、自分では駄目なのかと残念に思う気持ちもある。ルミラスはどうやってこの少女に食事をさせたのか。
「……明日からも、ちゃんと食べてよね。でも、あたしが持ってくる物はやっぱり嫌かな?」
 抑えた声量で、思わず弱音が零れる。
「……ごめんね。怖い目に遭わせたりして……」
 何度目かになる謝罪の言葉。だが、今までで1番弱々しい声。
 そんなフェンの声を、少女はベッドの中で聞いていた。実は数日ぶりのまともな食事を終えた直後に眠ってしまい、つい先刻に目が覚めてしまったところだ。フェンが入ってきたのが分かり、何となく気まずいものを感じてそのまま寝た振りをしている。
 少女が寝返りを打てば、伏し目がちにこちらを見るフェンの姿を見出せただろう。
 ある日突然、空から黒い巨人達が降ってきて大切な人間を奪い、自分も死にかけるような目に遭ったとする。その後、巨人を操っていた人間に連れ去られ、見知らぬ天井の下に閉じ込められる。
「許せないよね、あたし達の事。当たり前だよ」
 自分が同じ立場だったら比喩ではなく、本当に相手に噛み付くくらいはするはずだ。所詮、加害者の無償の施しなど偽善以外の何物でもない。
 それは分かっている。分かっているのだが、だから何もしないというのではフェンの気が済まない。
 妹の手紙の内容を思い出す。
 考えてみれば、気が済まないというだけで周りをずいぶんと振り回している気がする。ベッドの上の少女しかり、この場にいない金髪の少女しかり。だからといって今更無かった事に出来るはずもなく……。 
「……メイ。あたし、どうすればいいの?」 
 知らない名前を呟くフェン。この場には自分達しかいないはずなのに、一体何を言い出すのだろうと少女は訝しく思う。
 名前の呟き方が、どこか寂しげだった。
 フェンとかいう軍人の事が益々分からなくなる。
 手首に巻かれた包帯の感触に意識を向けた。あの時はあれほど強い口調だったのに、まるで母親に見捨てられた子供だ。
 椅子から立ち上がる音。慎重な足取り。カーテンが動く衣擦れの音。
「守る……か」
 妹以外にこんな事言うなんて思わなかったなとぼやき、フェンはドアの前に立つ。
「でも、1度言った事だから。あなたが嫌って言っても守るから。覚悟してね」
 少女は体を起こし、ドアのある方向を見つめる。カーテンで仕切られた向こう側では、機械的な開閉音が響いた。
 はっとして、少女はベッドの上に再び体を横たえる。
 カーテン越しに、もう1度こちらを見てくれるだろうか。そんな事を僅かでも期待してしまった自分に腹が立った。
 余談だが、その後の少女は態度こそ変わらないものの、きちんと食事を取るようになったという。


 
 フェンの機種転換訓練と同時に、ボナパルトによるデストロイ輸送任務を護衛する部隊のメンバーが選出されているらしい。
 スウェン、シャムス、ミューディーの3名は確定だろういうのが専らの噂である。問題はデストロイのパイロット候補だった。
 ホアキン中佐はその件に関して全くコメントしないため、フェンには詳しい事は分からないが、どうやらあの化け物兵器を操るためには特殊な能力、もしくは特別な相性のようなものが必要らしい。
「ま、あたしには関係ないか」 
 待機室にて飲みかけのコーヒーを片手に、溜息混じりに呟く。
 1人、別の新型パイロットに選ばれているフェンにとって、基地の人間達が噂で一喜一憂する様子は中々に失笑を誘うものがあった。元々、ルミラス以外の基地関係者に対してあまり良い感情を抱いていなかった彼女である。
「砂糖に群がる蟻じゃあるまいし……」
 ルミラスとの間を面白半分に冷やかされたお返しとばかりにフェン。
 そんな彼女や周囲を他所に、転換訓練と模擬戦の準備は滞りなく進んでいた。
 “大事の前の茶番劇”とはホアキン中佐の表現によるものだが、フェンも含めて他の人間達も似たような感想を抱いている。今回重要なのはデストロイの存在であって、それ以外の兵器は文字通りのおまけでしかない。
「張り切ってるのは、開発した連中だけじゃないのか?」
 肩をすくめながらシャムス。意地の悪い言い様だが、それほど的を外れた意見でも無い。
「ノワールを倒すって? 大した自信だこと……」
 手鏡を相手に目元の手入れをしながらミューディー。彩られた流し目を、こちらへと向ける。
「で? 決闘者本人はどうなの? スウェンに勝つ自信のほどは……」
 コーヒーをひと口啜る。砂糖もミルクも入れていない豆の味が口の中に拡がった。
「別に……あくまで模擬戦でしょ? ただのパフォーマンスだって中佐も言ってたし」
「だからこそ、アンタが乗る新型の性能に興味があるんじゃない」
「皆が興味を持ってるのは新型じゃなくて、ノワールとの取っ組み合いでしょうが」
「まぁ、そうとも言うわね」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ミューディーは手鏡から顔を上げた。
「うーん……」
 首を捻りながら、視線はフェンに固定されている。
「……何?」
「ここ何日かね。ちょっと違和感があったんだけど、理由が分かったの」
「何の話?」
「景色が落ち着かないって事。あなたの黒髪とルミィの金髪が並んでるのに慣れちゃったもんだから」
 何やら含みのある言い方に、フェンはコーヒーを飲んだ姿勢のまま不愉快そうに眉をしかめる。
「フェンが来てからさ。あの娘ってば、ずっとあなたにベッタリだったじゃない」
「ベッタリって……」
 ミューディーの表現にげんなりしながら、件の少女を思い出す。
 ルミラスはこの場にいない。スローターダガーの大掛かりな整備があり、格納庫に缶詰状態となっているのだ。おかげで、彼女がどうやってあの少女に食事を取らせたのか、聞きそびれてしまった。
「前にも言ったけど、良かれ悪しかれ、フェンが来てからルミィは変わったわ。でも、何か最近のアンタ達ってぎくしゃくしてるわねぇ。この前の任務以来かしら?」
「あなたには関係無いでしょう? ホルクロフト少尉」
 土足で踏み込んでくるようなミューディーの言い方に、フェンは不快さを隠そうともしない。
「……確かにそうね。失礼したわ」
 不可視の壁から後ずさるように、ミューディーはあっさり引き下がった。  
 残ったコーヒーを一気に飲み干す。冷えてしまった黒い液体は苦く、今の自分の心を投影しているようで不愉快だった。



―――――to be continue

 SS(投稿作品) 管理用2

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