猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS25

『機動戦士ガンダムSEED DESTINY――“Phantom pain”』

《Phase:08――part.Ⅱ ~蒼き飛竜が結んだ糸と、地獄の番犬が結び直した糸~》



 兵士達はそれどころではないのか、間を掻き分けて進む少女の事など気にも留めない。
(……逃げなきゃ)
 だが、一体どこへ?
 基地の中を出鱈目に走っている内に、いつしか少女は冷静さを取り戻しつつあった。
 早くここから逃げたい。しかし、どこに行けば良いのか分からない。ここに連れて来られて以来、医務室から1歩も出なかった少女である。
 続け様に轟く爆発音。
 怒声と悲鳴が波紋のように広がる。それらが少女の鼓膜に負の刺激を与え、心を乱す。
(逃げなきゃ!)
 ただひたすら走る。  
 脳裏に何度も再生される恐ろしい記憶。
 今にも自分の足元が吹き飛びそうな恐怖に駆られながら、それでも少女は走っていた。
 どれだけの距離と時間を費やしたのか。少女は立ち止まる。
 通路の壁が消えていた。
 外から衝撃で、破壊されていたのだ。
 肌を切り裂くような冷たい風が吹き込んでくる。一瞬、その冷たさに身を縮ませた少女だが、自由と生存への欲求に理性が支配され、足が自然と前に向いていた。
(ここから出られる!)
 抑え切れない解放感を携えて壁の破片を乗り越える。
「え……」
 ところが1歩外に出た途端、少女は唖然とした。
 燃え盛る炎。黒い煙と、何が燃えたのか分からないような異臭。そして度重なる爆発音と、遠くに見える鉄の巨人達。
 そこには、少女が求めていた希望は1つもなく、少女にとっての悪夢だけが拡がっていた。
「……もう、やだ……」
 足の力が抜け、その場に座り込んでしまう。
 涙が溢れてきた。
「もう……やだよぉ……」
 自分の大切な人間達が血と肉片に変わり果てた場所。
 大切な空間だったのに、一瞬で地獄へ変貌した場所。
 そんな忌まわしい場所に、自分はまた戻ってきてしまった。
「なんで……」
 どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。
 絶望が重く圧し掛かり、足が動かない。涙を拭う事も忘れ、少女は全ての気力を失っていた。
 そんな時、視界の隅に何かが映る。
 呆然としたままそちらに目をやると、それが空からこちらに飛んでくるのが分かった。
 ミサイルだった。
 少女を狙ったわけではない。
 進路を外れたミサイルが、流れ弾となって少女の所へやってきた。だが、少女にはそれがどこか別の世界の出来事のように見え、別段怖いとは思わなかった。
 ただ、噴射煙によって描かれる線が妙に綺麗だった。
 耳を貫くような銃撃音に少女の両手が反応して耳を塞ぎ、目をきつく閉じた。
「きゃ……!」
 何か重い物が地面に降り立ち、瞼越しに見える光が暗くなる。直後、爆発音と吹き荒れる突風が少女を襲った。
「ひ……!」
 体に痛みは無い。
 ミサイルの破片が少女の体を傷つける事はなく、音と光で鼓膜や網膜を傷める事もなかった。寸前の所でミサイルを破壊し、砕け散るミサイルと少女の間に割って入る者があったからだ。
 恐る恐る目を開ける。
 少女が最初に見たのは眼前に鎮座している鉄巨人の背中だった。
(青い……天使?)
 幻想的な感想を胸中で洩らす。
 だが、少女の感想は的外れではなく、鉄巨人はまさしくそのような姿をしていた。
 その巨人から誰かが降りてくる。
 少女の方へ駆け寄り、ヘルメットを脱ぎ捨てたその顔は――。
「大丈夫!?」
 あのフェンとかいう軍人だった。
「あ……」
 理解を超えた出来事が立て続けに起こり、思考が停止している少女。そんな少女に駆け寄って怪我の無い事を確認したフェンは、心底安心したような表情を浮かべた。
「良かった……本当に……」
 そう呟いて、有無も言わさずに抱き寄せられる。
「何で外に出てきたりしたの! 危ないでしょ! 今だって間に合わないかと思ったんだよ!?」
 怒っているのか、泣き言を言っているのか分からない口調だったが、この地獄のような光景の中にあって、奇妙に日常感を思い出す声でもあった。
「お願いだからこんな所で死なないで! 生きるんだよ! 分かった!?」
「だって……」
 そこに来てようやく少女は声を絞り出した。フェンの言い分は少女にとってはあまりに勝手な内容なのだ。
「……あたし、もうおとうさんも……おか、あさん、も……」
 後半は涙声になり、言葉にならない。
 フェンの腕に力が込められる。
「あたしが傍にいる! あなたの傍にいてあげる! あなたの事を守るから!」
 腕の力を少しだけ緩め、互いの息がかかるほどの距離で少女の顔を見つめる。
「あなたの大切な人を奪った責任はあたしが取る! 後でいくらでも責めてくれていいわ! あたしの事は殺したっていいから!」
 言っている事が無茶苦茶だと自覚したものの、それでもフェンは喋る事を止めない。悲しげな、それでいて決意の篭もった真っ直ぐな眼差しで少女を見据える。
「……だからお願い。今だけは、あなたの事を守らせて……」
 少女は自分が落ち着いている事に気付いた。
 さっきまであれほど錯乱していたのが嘘のように、心が平静なのが分かる。
 フェンの、みっともないまでに本音で構成された声と必死の抱擁が、少女の心を溶かした。
 
   
 
「いい? しっかり掴まっててね?」
「うん……」
 フェンは少女と共にMSのコックピットに戻った。本来なら重大な違反行為だが、いつ破壊が及ぶか分からない基地内において不安を抱えるよりも、こうして目に見える所で、自分自身の手によって守る方が良いと思ったからだ。
 座席の後ろに僅かだけ空いている空間に押し込む形となったが、少女の小柄な体は問題無くその場所に収まった。
「これからあたしは戦う。かなり揺れるし、危ない事もあるけど、大丈夫」
 しっかりと少女の目を見て、屈託の無い笑顔を浮かべる。
「あたしがちゃんと、守ってあげるから」
 そう言って片手で少女の髪を撫でると、その手を操縦桿に戻す。
「じゃ、行くよ」
 固唾を飲んで見守る少女が、小さく頷く。
 フェンの操縦を受け、青いMSが動き出した。
 型式番号GAT-X105F。“ストライクワイバーン”というのがそのMSの名称である。
 かつてザフト軍が開発し、前大戦で最強の名を欲しいままにしたMS――ZGMF-X10A“フリーダム”。
 その圧倒的な力に魅せられた連合軍が、フリーダムを模倣して作ったのが、このストライクワイバーンである。
 ストライクが、背部から生える2枚の青いウィングユニットが特徴の『ワイバーンストライカー』を装着した姿だが、1部の人間は皮肉を込めて『フリーダムストライカー』と呼ぶ。無論、公然とでは無いが。
 実際、フリーダムの背部ウィングユニットを2枚だけにすればこのような姿になるかもしれない。
 センサーに反応。
 3機のバクゥが向かってくる。
 蒼き飛竜は立ち上がり、一対の翼を広げた。
 放たれるミサイル。飛翔してそれらを回避するワイバーン。
 右手に装備されたビームライフルを2連射し、1機を仕留める。
 命中したバクゥは頭部と右前足を失い、爆発の衝撃と共に派手に横転した。他の2機は味方機を避けるために体勢を崩し、その隙にワイバーンは再度ライフルを放ち、残った2機を仕留めようとしたものの、実際には1発も命中せずにバクゥを逃がしてしまう。
「ああもう! ちゃんと狙ったとこに撃ってよ!」
 実戦データの不足で射線の修正が間に合わない。
 周辺の安全を確認し、ワイバーンを地面に降り立たせる。
 先ほどから自分の思い通りに動かない事があり、その度に苛立ちを感じている。少女を助ける時は機体の反応が間に合ったが、それとて一時的なものだったようだ。
 まるで接着剤が乾ききっていないような不安定さが、今のワイバーンにはあった。本格的に動かすのはこれが初めてなのだから無理もないが、せめて妙なトラブルが起きない事を祈るのみだ。
 ワイバーンのセンサーが2機のザクを捉える。
 砲戦仕様の大型ビーム砲を装備しているが、グールを失ったようだ。こちらにはまだ気付いていない。
 あのタイプは当たらなければ良いが、掠っただけでも衝撃はある。少女を乗せている今は、出来るだけ安全確実に戦いたい。
 つまり、先制発見と先制攻撃である。
 ビームライフルの有効射程外だが、ワイバーンの武装はライフルだけではない。
 周囲に敵影が無いのを確認して脚部を固定する。
 背部の青い翼にそれぞれ装着されている物体が、その長い砲身でワイバーンの頭部を挟む形で肩口に展開し、銃口を前方に向けた。
 稼動範囲の広い背中のジョイント部に、翼と共に装着されている高出力のビーム砲である。エネルギーはMS本体ではなく、腰部に装着されたエネルギーパックから供給される。武装のエネルギーが稼働時間に影響を与えないようにという配慮だが、その分、機体の重量が増してしまった。
 照準はロングレンジモード。
 2つの砲身はそれぞれ別の敵機を狙えるという話なので、2機のザクにそれぞれ照準を定める。
 ロックオン完了を示すアラームを耳にして、フェンはトリガースイッチを押した。
 光量が抑えられたモニターにビームの光が溢れ返る。思わず目を閉じる少女。
「……外した!?」
 1機には命中したものの、もう1機は狙いが逸れてしまった。
 残ったザクは長距離射撃に驚いたようだが、すぐにこちらの位置を割り出して大型ビーム砲を構える。
「く……!」
 すぐに砲身を仕舞い、離脱するワイバーン。直後、不吉な光の奔流が足元を通り過ぎた。
 狙いを付けさせないように不規則な軌道を描きながら、何とか反撃しようと機会を窺う。少女が座席に必死でしがみ付いているのが見える。
「舌を噛まないでね!」
 何とかしてやりたいが、ここで動きを緩めて直撃をもらっては元も子もない。
 都合の悪い事は重なるもので、急なエラー警告と共にエンジンの出力が低下。失速状態になる。
「嘘でしょ!?」
 高度が下がる。
 両翼を展開。脚部のスラスターを最大にして速度を緩め、どうにか着地した。
「敵は……!」
 隙だらけになってしまったワイバーンを狙うザクの姿は……どこにもなかった。その代わり、胴体を両断されたザフト製MSの残骸を見出す事はできた。そして急速に遠くなっていくストライクノワールの後姿。
(助けられた……?)
 エラー解除を告げる表示を確認しながら、フェンは漆黒のMSの姿を探すが、ザフトのMSが密集している地点に移動したようだ。
 気に入らない相手に助けられた事を悔しがるのは後回しにして、座席の横を見た。
「大丈夫?」
 無事に降り立っても、少女はまだシートにしがみ付いている。その手は震えていた。
 視線で、フェンに不安を訴えてくる。 
「心配無いよ。あたしがちゃんと守ってあげる。それとも、そんなに不安ならここに来る?」
 冗談交じりに言って自分の膝上を叩くフェンに、少女は壊れた人形のような動きで首を左右に振った。
「大丈夫だよ。シートベルトを緩めれば、あなたも入れるから」
「……い、いいよ」
「そう?」
 少女とひと言ふた言の会話をしながら、機体の状態をチェックする。 
 エラーは既に自動的に解除されており、とりあえずは元通りには動けそうだった。
「あ……」
 ただ1点、異常を示す赤ランプが点灯している箇所がある。
 そのランプの意味するところは、背中のビームキャノンが使用不可能になっているという事だ。
(まいったなぁ)
 本当に悪い事とは重なるものだ。
 ふと視線を感じると、少女も一緒になってランプの表示を見ていた。
 不安げにこちらを見てくる少女に、フェンは笑いかける。
「エンジンが動かなくても墜落しないし、本当に大した新型だよ。このMSは」
 呆気らかんとした物言いに戸惑う少女だが、妙な安心感も覚えた。
 
  
 
 基地を襲ったザフトの部隊は途中参戦したストライクノワールと、ブルデュエル、ヴェルデバスター。スローターダガー部隊。そしてボナパルトから出撃したウィンダム部隊の奮戦によって、徐々にその勢いを弱めていった。
 そんな中にあって、ルミラスは未だ激戦の只中にある。 
『往生際が悪いわね!』 
『しぶとい部隊がいるな。空の人間もどきも無能揃いじゃないって事か』
 ミューディーとシャムスの悪態を耳に、ルミラスは自機と周囲の状況を把握する。
 彼女のスローターダガーには左腕が無い。背部パックのブースターも1基が沈黙。頭部バルカンの残弾数も僅か。4本のビームサーベルは3本が失われ、スウェン達の援護が精一杯の状態だった。今はブルデュエルと共に敵の火線の死角になる場所に身を潜めている。
 頭上を複数の光条が通り過ぎる。ヴェルデバスターの援護射撃だ。
 ビームの尖兵が敵を怯ませ、その中をノワールが飛び去っていく。
 黒き天使を歓迎するかのように、ザフト部隊からノワールへ向けて火線が伸びる。
『いくわよ、ルミィ』
「……了解!」
 ブルデュエルが飛び出し、数瞬遅れてルミラスはダガーを立ち上がらせる。
(やっぱり、反応が鈍い……)
 それでもどうにか自分の操縦に応えてくれている愛機に感謝しながら、焦燥を感じずにはいられない。
 ブルデュエルとの距離が離れてしまった。 
 慌てて援護射撃を行おうとしてライフルを構える。
(……照準が安定しない!) 
 右腕の駆動系にもかなり負担がかかっているようだ。
 不意に照準用モニターが暗転する。
「……!?」
 接近警報。
 機体を後退させようとするが、間に合わない。
 躍り出た影がルミラスのダガーに襲い掛かる。
「きゃあ……!」
 可愛らしい声と共に、ダガーが地面に倒れ伏した。斬り飛ばされた右腕がライフルごと離れた位置に落ちる。
「……あ」
 傾いたモニターには見慣れない機影が映っていた。
 全体のシルエットはバクゥに近い4脚型。しかし、背部に頭部と同じ形状のパーツが2つ見受けられる。それはまるで3つの頭を持つ地獄の番犬を彷彿とさせた。
 ルミラスが知るはずもないが、その機体はバクゥの改良型で『ケルベロス』という名が付いている。
 そのケルベロスが、倒したばかりのダガーを見下ろす。獣で言う口の部分から牙のような形状のビームサーベルが出現する。
(……やられる!)
 瞬間的に訪れた絶望。視界が真っ暗になり、その闇の中で見えた面影。
 黒い髪に黒い瞳。闊達そうな表情は、いつも真っ直ぐに前を見据えていて――。
「フェン……」
 モニターに満ちる光。しかし、ルミラスの機体には何の影響もない。 
 回復した視界の中、頭上から飛来したビームにケルベロスがたじろぎ、その場を離脱していた。
「え……」
 唖然とするルミラスの前に降り立った見慣れない青いMS。
 背中に見える2枚の可動翼を折り畳み、ストライク型の頭部がこちらを見据えた。
『ルミラス! 大丈夫!?』
 鼓膜をくすぐる声は一瞬、都合の良い幻聴に思えた。
 まるで何年も聞いていなかったような懐かしさと、心が融けるような喜びが込み上げる。
「フェン……なのですか?」
『そうだよ。新型、カッコイイでしょ。ワイバーンって言うんだって』
 冗談混じり言ってから、ワイバーンという機体がモニターの中で背を向ける。
『それより気をつけて。さっきの3つ頭、まだ仕掛けてくるよ』
「でも、私の機体は……」
『分かってる。降りて避難……は、今からじゃ逆に危ないか。じっとしてて。多分、あたしの方を狙うと思うから』
「大丈夫なのですか? いきなりの実戦投入でしょう?」
 ルミラスの疑問に関して、通信機の向こうからは“うーん”と何やら考えるような声が聞こえてくる。
『何とかなるって。というより、何とかする。あなたの事も守るから安心して』
「フェン……どうしてあなたは」
『へ?』
 思わず呟きかけた言葉を、ルミラスは懸命に飲み込んだ。
「……何でもありません。ご武運を」
『了解』
 翼を広げ、飛竜の名を冠するMSは飛び立った。その直後、例の新型バクゥが姿を現す。背中の2つの首が動き、口のようなパーツが開くと中の銃口からビームを放つ。
 連続的に発射される光を、ワイバーンは竜というよりは蝶に近い動きで避け、手にしたライフルで反撃する。
 獣と蝶の戦いを間近で見上げながら、ルミラスはフェンの言葉を思い出した。
「守る……」
 つい最近、感情で衝突した相手に対する態度とは思えない。自分との間にできた垣根など一切無視したかのようなフェンの行動。
 先ほど言いかけたフェンに言葉を、胸中で反芻する。
(フェン……どうしてあなたは、そんなにも真っ直ぐでいられるんですか)
 思えば、いつだって彼女はそうだった。
 初めて会った時も。哨戒中に敵と遭遇した時も。キャンプを襲撃した時も。そして少女を保護した時も。
 自分の行動に何の疑問も迷い差し挟まないフェンが、今のルミラスにとっては眩しかった。
 
 
 
(バクゥにしては速い……!)
 どこまでも追い縋って来るケルベロスに、フェンは溜まらずに距離を取る。少女を乗せたままなので、あまり無茶な真似はしなくないが、闇雲に撃って当たる相手でもない。
(何とか、他の味方機のところへ誘導しないと……)
 友軍機の位置を確認しようと、ほんの一瞬だけモニターから目を離した。
「きゃ……!」
 ケルベロスのビームがすぐ脇を通過し、驚いたフェンが機体を真横に滑らせる。その振動で少女がシートに倒れ込んだ。
「ぐ……だ、大丈夫?」
 少女の体がフェンの肩に当たり、傷が痛む。
 悲鳴を堪え、苦痛に歪みかけた表情を懸命に引き締める。戦闘に集中しなくてはならないのと、少女に負傷を気付かせないためだったが、一瞥した視線の先で、少女が今にも泣き崩れそうな表情をしていた。
「い、痛む……の……?」
「何でもないよ! ちょっと舌を噛んじゃっただけ」
 馬鹿みたいだねと笑うフェン。しかし、嘘をつくのが苦手な自分を再発見しただけだった。 
 少女は悲しげに目を伏せる。
「……ごめん、なさい」
 涙で掠れそうな声。
「謝る事なんてないよ。あたしが勝手に舌を噛んだんだから。しばらくご飯がおいしく食べられないね」
 モニターがビームの光で満たされる寸前、盾を構えて殺意の粒子を防いだ。
 やはり従来のバクゥタイプに比べて明らかに性能が良い。その上、ビーム兵器まで装備している。正直な所、この不完全なMSで少女や自分の肩を庇いながら戦えるか自信は無い。
 ライフルで牽制しながら、束の間の飛翔を終えたワイバーンが降り立つ。現段階では長時間の滞空は難しい。先ほどのような突発的なエラーが起きれば、今度こそやられてしまう。
「あなたは舌、噛まないでね」
 脚部のスラスターを併用しながら、巨体に似合わない速度で雪上を駆け抜ける。
 ケルベロスも背部のビーム砲を再度展開し、追尾してきた。
「く……!」
 少女との接触で、引いていたはずの痛みがフェンの肩に留まっている。それが機体操作に若干の遅れを生み出し、ケルベロスのビームが足元に着弾。バランスを崩す。
 体勢を立て直している間に、ケルベロスは間合いを詰めてきた。獣頭の口元から短いビームサーベルを2本生み出す。その姿はまさに牙を剥いた地獄の番犬そのものだった。
 ワイバーンも腰にマウントされているビームサーベルを抜き放つ。
 簡単に近づけさせまいと動き回りながら、頭部バルカン砲を連射するものの、俊敏な動きで弾丸の雨を掻い潜り、ケルベロスは執拗に喰らいついてくる。
(もう切れた……!)
 頭部の銃口から弾丸の奔流が止まる。原因は糾弾不良だった。
「この不良品……!」
 少女を不安にさせまいと、機体性能に関して不平不満を言うまいと決めていたフェンだが、ここまで酷いと本音を発散させてしまいたくなる。
 目の前にはビームの牙を突き立てようとしてくるケルベロス。その背中の、ビーム砲の役割をしていた獣の顔からも同じく牙が生える。
 3つの頭全てから牙を生やし、それぞれを個々に動かしてケルベロスはワイバーンに襲い掛かる。
「この……!」
 負けじとサーベルを振るうフェン。
 金属と非金属が派手に音を立てた。
 コックピットに走る衝撃に、フェンは肩の痛みを堪えて少女の身を案じる。少女はシートにしがみ付き、今度は転倒を免れた。
 地面にはケルベロスの首が1つだけ転がっていた。ワイバーンは右腕の装甲が深く抉れ、危険と判断したコンピューターが右腕への電力供給をカット。可動不可の状態に陥る。
 首を1つ失ったケルベロスと、片腕が使えないワイバーンが正面から無言の内に視線を交わし、再び互いの距離を離した。
(まずい、肩が……)
 痛みを通り越し、痺れて感覚が無い。本当に操縦桿が握れているかどうかも定かではない。
 ケルベロスが大地を蹴った。
 フェンも対応しようとするが、腕が上手く動かせない。
 番犬の首が動き、口を開けて復讐の雷光を放とうとした時だった。
 黒い妨害者が、横合いから番犬を突き飛ばした。
「え……」
 満身創痍のスローターダガーが、背部のブースターを全開にして突っ込んできたのだ。
 金属同士がぶつかり、嫌な音を立てて2つの影が地面に倒れ込む。
「ルミラス!」
 呼びかけたが、倒れ伏したダガーから返答は無い。代わりに立ち上がったケルベロスが、ビームの牙をダガーに突き立てようとする。
 一瞬、無残に体を引き裂かれる金髪の少女を想像し、無意識の内に痺れた腕が動いた。 
 ワイバーンの接近に気付いたケルベロスが、攻撃の矛先をそちらに向ける。
「きゃあ!」
『フェ、フェン……』
 少女の悲鳴とルミラスの呻き声に近い呼び声。それ以外に派手な音がしたように思えたが、フェンの耳には届かなかった。
 獣と飛竜が互いを支え合うような姿勢で静止している。
 ケルベロスの牙がワイバーンの脇腹に突き立てられ、ワイバーンのビームサーベルがケルベロスの頭部から胴体を貫いている。
  
 
  
「フェン!」
 砂嵐の激しいモニターに映るのは、フェンの乗る機体に獣の牙が深々と刺さっている。ストライクのような外見から考えて、おそらくコックピットの位置だ。
「……フェン」
 胴体に光の剣を突き立てられた獣も動く気配が無いが、ルミラスの視界には入らない。ただ、自分の声帯がヒステリックに震えているのが分かる。喉が張り裂けんばかりの勢いで、ただ1つの名前を繰り返す。
『……そんなに呼んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと落ち着いてくれない? 耳鳴りが酷くてさ……』
「そんな事言われたって……え?」
 雑音の激しいスピーカーから聞こえてきた呑気な声は、か細いながらも彼女の声に間違いなかった。
『ああ、もう何がなんだか……世界が回ってるわ』  
「フェン……」
『そんな情けない声出さないでよ。こっちは2人とも無事だから。あなたは?』
 思わず熱くなった目頭を押さえるルミラスだったが、フェンの台詞に違和感を感じて視線を上げる。
「2人? フェン、どういう事ですか?」
『ん? ああ、こっちの話……ねぇ、大丈夫?』
 その気遣いの言葉が自分に対してではない事を、ほどなくルミラスは知る。
『う、うん……大丈夫、だけど……』
 それは、医務室で散々聞かされた声だった。
  

 
『フェン!! どういう事ですか!? 何故、あの少女がそこに……!』
 台風一過のような惨状のコックピットの中で、急激に音階を上げたルミラスの声に顔をしかめながら、フェンは少女に目を向ける。
 少女の顔も酷いものだった。戦場の中を駆けずり回って汚れてしまった幼い姿が、狭いシートの隙間から覗いている。
「戻ったら、とりあえずシャワーでも浴びようか。嫌だって言ってもあたしが引き摺ってくからね」
 肩の感覚は無い。
 腕が付いているのは間違いないのだが、大怪我でもしていたらと思うととてもそちらに視線を向ける気にはなれない。
「……どうして」
 不安と猜疑と罪悪感が入り混じった表情で、少女はこちらを見ていた。
「どうしてって、何が?」
 少しばかり痛む首を傾げて聞き返すと、しばし間を置いてから弱々しい声が返ってくる。
「……あんなに……あんなに酷い事したのに、どうして守ってくれたの?」
「酷いなんて……このくらいの怪我なんか……」
「どうして?」
 真摯な瞳で見つめ返す少女に、しかしフェンは動じる事なく答えた。
「それは、やっぱりあれかな? 下心があるから」
 痛みなど微塵も感じさせない、眩しい笑みを浮かべてフェン。   
 奇妙な言い回しを、少女は理解できずに目を丸くする。 
「あたしね。妹がいるんだけど、小さい頃から病気がちでずっと入院してるのよ」
 だから、あなたには無事に生きてもらって妹の友達になって欲しい。
 そのように語るフェンの表情に、嘘や偽りを言っている雰囲気は見られなかった。
「……それだけ?」
 呆気に取られ、フェンを見返す。
 たったそれだけのために、MSから戦場の中へ生身で飛び出したというのか。
 たったそれだけのために、自分の事を助けたというのか。
 たったそれだけのために――。
「……怪我までしたのに」
 ――加害者である自分を許し、挙句に傷を押して戦ったというのか。
 少女の言いたい事を理解したように、フェンは迷いの無い口調で答えた。
「あたしにとっては、大事な事なの」    
 そんなフェンを見ながら、少女の胸中に疑問符が浮かぶ。
(どうして、この人……)
 こんなにも真っ直ぐな瞳をしていられるというのだろう。これまで周囲と衝突し、自分に怪我まで負わされているというのに。
「そういえば、聞きたい事があったわ」
 少女が疑問符を胸に仕舞い込むのと引き換えに、フェンが尋ねてくる。
 不意打ち気味の問いかけに、少女は一瞬だけ肩を震わせる。
「あなたの名前」
「……え?」  
「まだ聞いてなかったから」
 言葉の意味を咀嚼し、ようやく理解した時、少女は何となく気恥ずかしくなった。
 とても素朴で簡単な質問を、このような形でされるとはよもや思わなかったし、すぐに理解できなかった自分の鈍さも恥ずかしい。
「……名前、教えてくれないかな? あたしは……」
「知ってるよ。フェンでしょ?」
 医務室でルミラスとの話を聞いていたので、当然知っていた。
「……ハルカ」
 大切な宝物を明かすような表情で、少女の口からそれは零れ落ちた。
 通信機からは歓声のようなものが聞こえてくる。敵が撤退し、基地が無事な事を喜んでいるのだろう。
 フェンも嬉しさで胸が躍っていた。ただ、彼女の場合は周囲のそれとは別の理由がある。
「うん」
 力強く頷く。
 少女を守れた事。
 少女の名前が分かった事。
 少女のあどけない顔に、蕾が咲き零れるような笑顔をもたらせた事。
 それだけが、今のフェンにとって喜びだった。
「よろしくね、ハルカちゃん」
 力強い、それでいて優しい握手を交わした。
 



―――――to be continue

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