猫々蹴球

ねこねこしゅーきゅー、と読むと大吉です。デレステブログになりつつありますが、アニメ感想と投稿SS、サッカーもありますヽ( ´▽`)ノ

蓮の花さんの投稿SS26

『機動戦士ガンダムSEED DESTINY――“Phantom pain”』

《Phase:09――part.Ⅰ ~束の間の休息と一抹の不安~》



 コックピットに耳障りな警告音が鳴り響く。
 敵の目からワイバーンを隠してくれていた建物が、リニアガンから発射された高速弾の直撃によってコンクリートの粉塵を撒き散らす。
「ち……!」
 舌打ちを挟み、フェンはワイバーンをその場から急速に移動させる。直後、光の矢が数射、ワイバーンが立っていた地面に突き刺さった。
 背部のウィングユニットを展開。
 接近してくる熱源反応に備えて、ディスプレイに照準システムを呼び出す。
 ジャングルのように林立するビル群の隙間から黒い影が踊り出た。
 ワイバーンが手にしたライフルから、先ほど降り注いだものより長さと太さの双方を凌駕する光が放たれた。だが、結果は先ほどを同様の光景を再現する。
 標的を捕えきれなかったビームは無傷のビルに穴を穿つ。
(速い……!)
 ブースターの出力を上げる。
 青い翼を広げて、飛竜の名を冠するMSは地上を見下ろす堕天使のようにビルの隙間を駆け抜けて行く。その軌道に線を引くのなら、真っ直ぐではなく激しい蛇行と螺旋の組み合わせだ。
 不規則な線を、しかし決して逃す事なく追い掛けてくる黒い天使。
 背後に迫るストライクノワールの存在を感じながら、フェンは計器に目を走らせる。
 ワイバーンの挙動が以前よりも素直になっているおかげで苦労は減ったものの、それでも楽に勝てる相手ではない。
 速度を上げて引き離しにかかった。純粋な出力でならワイバーンはノワールに勝る。だが、周囲の建物が行く手を阻み、思うように飛竜はその力を発揮できない。上空に抜けようにもノワールの巧みな射撃がそれを許さなかった。
「く……!」
 気付けば、ノワールの得意間合いまで接近されている。
「……こうなったら!」  
 左腕部に装着したシールドからグレネードを真後ろに発射。近接信管が作動して殺意の花を咲かせる。
 刹那、ワイバーンは機体を引っくり返して上下逆様になって背後を向く。慣性に身を任せて両肩のビームキャノン2門とビームライフルを、ノワールの予測回避位置へと一斉に放った。
「あ……!?」
 ところが、ノワールはグレネードが爆発するより一瞬速く、機体全体をコマのように回転させてそのまま全く別の位置に移動していた。黒い天使からは、明後日の方向へ火線を伸ばす無防備なワイバーンの姿が丸見えであった。
 視界が暗転し、赤い文字が表示された。ワイバーンが撃墜されたのだ。
「……ああ、また負けた」
 フェンは、苛立ち混じりに自慢の黒髪を掻き毟った。



「これで7連敗。結構いい線行ってたと思うよ?」
 シミュレーターから這い出たフェンにミューディーが話しかけてくる。
 先刻、彼女と組んでノワールに2人がかりで挑んだものの、結果は散々たるものであった。
 スウェン・カル・バヤンとは本当に人間なのか、フェンには疑わしい。あのフリーダムのパイロットはそれ以上という事ならば、この世にはフェンの理解の及ばないものがまだ多いのだろう。
「でも、今のはちょっと無謀過ぎたかも。疲れてきた?」
「……さすがにね」
 溜息をつきながら答えるフェンに、なら休憩にしようとミューディーが提案し、2人は機械臭漂う部屋から足早に出て行く。その後姿を、スウェン・カル・バヤン中尉はシミュレーターの席上から見送っていた。
「それにしても、1回の実戦データであそこまで精密なシミュレーターが作れるなんて……すごいね、ここの設備」
「データがもっと揃ってれば、スウェンにも勝てただろうけど、今の状態だとね」
 ザフト部隊に襲撃されながらも、基地施設の大半は地下にあり、ボナパルトを含めて被害は深刻というレベルには達していない。
 ボナパルトは破損箇所の修復を行った後にデストロイの輸送を再開する手筈だが、また襲撃を受けないという保障は無い。そこで当初の予定よりも護衛部隊の人数を増やす事となった。
 メンバーの中にはスウェン、ミューディー、シャムスを筆頭にルミラスやフェンの名前も含まれている。
「まるで、ファントムペインの引越しね」 
 ミューディーは端的に今回の部隊規模を表現する。
「そんなに大事なのかしらね? デストロイとかいう奴が」
「地球連合軍最後の切り札。その護衛といえば、軍全体の命運を握るも同然……」
 長々と横槍を入れてきたのは、やや不機嫌そうに目を細めた金髪の少女。
「何よルミィ。私がフェンと仲良くしてるのが気に入らない?」
「整備班長がお呼びです。先日の戦闘で無茶をし過ぎたのでは?」
 視線の温度を下げ、ルミラスは派手なメイクの上官を見返す。
「自分の機体を部品取り専用機にした奴に言われたくないっての」
 やれやれという呈で格納庫へ立ち去る背中を見送りつつ、フェンに向き直る。
「……フェン、どういう事ですか?」
「な、何が?」
 ルミラスの眼光に寒気を感じるフェン。
「あの少女の事です! あなたの部屋に留め置いているそうですが!?」
 ミューディーの時とは打って変わった彼女の迫力に圧され、フェンはたじろぐ。更には眼前にまで詰め寄られ、後退したフェンはベンチの背もたれに背骨を預ける事になった。
「あ……ああ、その事。いや、もう具合も良いみたいだし、いつまでも医務室にいされるわけにもいかないでしょう?」
 ザフトによる基地への襲撃。
 その際に生じた多数の負傷者で、医療系の施設は対応に手一杯の状態だ。手首の躊躇い傷を除けば目立った外傷も無いハルカが、そこに居られるはずはなかった。
「だからと言って! どうしてあなたの部屋なんですか!?」
 鬼気迫るルミラスに、フェンの口調が言い訳がましくなる。
「だってあの子、まだこの基地に慣れないみたいだし……」
「仮にもあなたに危害を加えているんですよ!? 大体、民間人を同室にするなど……」
「……あれは事故でしょう? 部屋の件に関しても、中佐に許可は貰ってるわよ」
「な……!」
 ルミラスが息を詰まらせる。そのまま固まれば“驚愕”とか“信じられない”と言ったタイトルの彫像になるかもしれない。
「そんな馬鹿な!」
「本当だって。確かに言われてみれば不思議だけど、あたしとしては満足すべきかな。でも……」
 少し考え込んでから、フェンは言葉を繋ぐ。
「あたしがボナパルトに乗っちゃったら、あの子はどうなるかな」
 心配の成分が多く含まれている彼女の物言いに、心底面白くなさそうな態度でルミラスが答える。
「当然、どこかの施設に預けられる事になるでしょう。もしくは養成施設か……」
「養成施設?」
「あ……」
 うっかり秘密をばらしてしまった子供の表情になり、ルミラスは慌てふためく。
「と、とにかく! これ以上、軍の機密に触れるような場所にあんな子供は置いておけません」
 自分の年齢を棚に上げる金髪の少女に、苦笑を浮かべるフェン。
「ルミラスって本当に真面目だね。もうちょっと肩の力抜いたら? 折角可愛い顔してるのに、いつもムスっとしてるじゃない」
「な……!」
 耳まで真っ赤になり、ルミラスはたじろぐ。
「ちゃ! 茶化さないで下さい! 私は真面目な話をしているんです!」
「そんな顔で怒ったって怖くないよーだ!」
 からかい口調でフェンは立ち上がり、火山噴火のように怒りを露わにするルミラスに手を振って歩み去った。
 背中から可愛い罵声が聞こえるが気にしない。
   
   
    
「ただいま」
「あ、フェンお姉ちゃん。おかえり」 
 自室に戻ると、出迎えたのは暖かい声。
「ハルカちゃん、ごめんね。遅くなっちゃった」
 キャンプ地でフェンが助けた少女。
 名をハルカと言い、ここに来た当初はフェンを含む基地の人間を憎み、心を開こうとしなかった。
「あれ? 部屋片付けてくれたんだ?」
「うん、だっていくらなんでも汚過ぎだもん。女の子は部屋をキレイに使いなさいってお母さんが言ってたよ」
「うーん、あたしとしてはちょっと散らかってた方が落ち着くんだけどなぁ」
「えー? あれは“ちょっと”とは言わないと思うよー?」
 心底疑問だと眉をひそめる。
 先日の襲撃事件以来、人が変わったようなハルカ。
 特にフェンへの懐きぶりは周囲を唖然とさせ、ミューディーの苦笑を誘い、ルミラスの神経を逆撫でた。
「何か、メイみたいな事言うのね」
 多少憮然とした面持ちのフェン。医務室でも耳にした事のある固有名詞に、ハルカが反応する。
「メイって妹さん?」
「そう、メイファっていうの。今度紹介するね。すっごく可愛いの。もう何て言うか……」
 機関銃のように語り始めるフェンに、ハルカは思わず耳を塞いだ。
「そ、それよりさ。早く、アレしちゃおうよ」
「あ、うん」
 頷きつつ、フェンはハルカにゆっくりと近付いていく。



「フェン、入りますよ?」  
 返事も待たずにドアを開け放ったルミラスは、数瞬ほど固まった。
 フェンがハルカの前で、軍服をはだけている光景は、彼女には色々な意味で刺激が強過ぎたようだ。
「な、な、ななな……!」
 金髪を生やした完熟トマト。一瞬の空白の中、フェンはふとそんな連想をした。
「ふ……」
「ふ?」
 肩をわなわなと震わせ、ルミラスは肺が空になるほど叫んだ。
「不潔です!! 私室とはいえ、基地の中で……しかも結婚前にそんな……!」
「あ、あのねルミラス、出来ればドアを閉めてから叫んでほしいんだけど」
 フェンの指摘により、自分の声が盛大に外へ漏れていたのに気付き、熟れ過ぎたトマトは慌ててドアを閉めた。
 咳払いを1つ挟んで気を取り直しているルミラスに、フェンは先に口を開いた。
「あ~、とりあえず誤解の無いように言っておくけど、あたしはこの子に包帯を替えてもらってただけだから」
「……包帯?」
 見れば、ハルカの手に白い布の束が握られていた。
「そ、そうなんですか。まぁ、傷口は清潔さを保たないと」
 平静さを取り繕うものの、直前までの醜態によって説得力は失われている。
 それから眉端の角度を上げてハルカの方を見た。
 ハルカは気を取り直し、作業を再開する。
「はい、はい、はいっと。終わったよ。お姉ちゃん」
 フェンの肩に手際良く包帯を巻き終え、白い布に覆われた肌を軍服の内に隠した。
「ありがとう。上手なんだね、ハルカちゃん」
 確かめるように肩を動かし、フェンは感心する。
「じゃあ、そっちの方もやってあげる」
 ハルカの手首に巻かれた包帯に手を伸ばしたフェンの手が空を切った。ハルカが腕を引っ込めたからである。
「いいよ。自分でやるから」
「え、でも……」
「お姉ちゃんってば乱暴なんだもん。こういうのはもっと優しくやらないと」
「そうかなー?」
 首を傾げるフェンの横で、ルミラスが頷く。フェンの不器用さは彼女も充分に知っている。MSの操縦は上手いくせに、こういった細かい作業は苦手なのだ。 
 片手とは思えない流れるような手捌きで包帯を替えるハルカ。
「どこかで習ったの?」
「習ったっていうか……」
 何やら言いよどむハルカに、訝しげに眉をひそめるルミラス。フェンには思い当たる節があった。
「周りの人に教えてもらったんだよ、やってる内に覚えちゃって……」
 無邪気に微笑んでいた少女の顔に翳りが差す。
 “周りの人”というのが、ハルカのいたキャンプ地の人々だという事。ルミラスもそれを察し、口の中で何か呟いた後、押し黙った。
「ご、ごめんね! 変な事聞いて……」
 フェンが頭を下げようとし、ハルカはそれを制した。
「いいよ、知ってる。あの時、お姉ちゃんは反対してたって聞いたし……1人だけ撃たなかったんでしょ?」
「え、誰がそんな……」
 その疑問に答えるように、ハルカはフェンの肩越しを見つめる。
「ルミラス?」
 金髪の少女は、驚いたように振り返るフェンから顔を背けた。照れ隠しのようにも、何かの感情を押し殺したようにも見える。
「……私は事実を報告したまでです。任務の範疇を逸脱した行動はできませんから」
 ルミラスは表情を隠すように眼鏡を直す。
 そういえば、とフェンは思い至った。出だしの騒ぎで忘れていたが、ルミラスが来室した目的を聞いていない。
 その事を訊ねると、彼女は封筒を取り出した。
「これを渡すように頼まれました。用はそれだけです」
「ああ、ありがとう。あれ、これは……」
 渡された封筒には見覚えのある名前が記されていた。
「これ以上はお邪魔のようですから。失礼します」
 拗ねたような視線を2人に向け、ルミラスは退出した。呼び止める暇もない。



「なんだか……」
 閉じたドアを見つめたまま、ハルカは呟く。  
「ちょっと寂しそうだったな。あの人……」
「寂しそうって、ルミラスが?」
 首を傾げながら尋ねるフェンに、頷くハルカ。
「うん……」
「あたしにはよく分かんないなぁ。此処に来てからずっと一緒なのに」
「一緒だからかもしれないよ。1番近くにいる人にだけは知られたくない事もあると思う」
 妙に大人びた台詞を言うハルカに、何となく妹を思い出す。
(メイもこういう所あるのよねぇ)
 普段は子犬のように甘えてくる癖に、時折見せる勘の鋭さや観察力に驚かされる。
「お茶、淹れるね」
 携帯用電気コンロのスイッチを入れ、プレートが熱を帯びるのを待つ。 
「やっぱり……あたしのせいかな」
「どうしてハルカちゃんのせいなの?」 
「だって……」
 自分がフェンに怪我をさせたせいで2人の間に険悪な雰囲気を作り出してしまったのではないか。
 俯き加減になるハルカに、しかしフェンは手を振ってそれを否定した。
「そうじゃないよ。ハルカちゃんは勘違いしてるかもしんないけど、あの娘とギクシャクし始めたのって……」
 キャンプ地の襲撃があってからだ、と言おうとして、その被害者が目の前にいたのを思い出し、慌てて誤魔化す。
「と、とにかく、ハルカちゃんが直接原因を作ったわけじゃないから。気にしないでいいんだよ」
 納得し難い表情のハルカ。
 フェンは彼女の頭をそっと撫でた。
「ルミラスの事、心配?」
「うん、ちょっと……前も友達にああいう子がいたの」
「そうなんだ。優しいね、ハルカちゃんは」
 仮にも自分に銃口を向けた相手である。そんな相手を心配するなど普通はできないだろう。
「そうかな?」
「そうだよ。おっと、そろそろいいかな」
 そろそろプレートも温まっただろうと、ポットと茶筒を用意するフェンだが。
「あれ?」
 愛用の茶筒には緑の葉がほとんど残っていない。
「ごめん、こっちでいいかな?」
 小型冷蔵庫からミルクの入った瓶を取り出す。折角コンロを温めたのだから、どうせならホットミルクを、というわけだ。
「大丈夫。ルミラスともちゃんと話して仲直りするから」
 ポットにミルクを注ぎ、プレートに乗せる。
「本当?」
「うん、だってあの娘にもメイの友達になってもらいたいから。あ、そうだ手紙……」
 思い出したように封筒を開けるフェンを見て、ほんの少しだけ彼女の妹に嫉妬するハルカ。同時に、そこまでフェンを動かす妹とは一体どういう人間なのか会ってみたいという気持ちも生まれる。
「ねぇ、お姉ちゃん……」
 口を開きかけたハルカは、黙り込んだフェンの横顔を見て首を傾げた。
 文面に目を通していた彼女の表情が神妙なものに変わっていく。
「……どう、したの?」
 戸惑いつつも訊ねてみる。
 フェンは“何でもない”と言いかけて止め、しばし黙考した後、躊躇いがちに話し始めた。何となくハルカに対して隠し事をするのが後ろめたかった。
「えっと……この手紙はね、メイを診てくれてるお医者さんからなんだけど……」
 表情を曇らせるフェンを、ハルカは急かす事無くじっと見つめている。
「……容態が思わしくないって」
「妹さんの……?」
「……うん」
 読み終えた紙片をハルカの方に差し出す。
「いいの?」
 言葉ではなく、視線でそのように問いかけると、浮かない顔のままフェンは頷いた。
 フェンの表情をそんな風に変えた紙切れには次のような内容が綴られている。
 まず自分達の病院がユニウスセブンの落下やその後の紛争から逃れられた事。その代わり、負傷者や傷病兵が大量に担ぎこまれている事。
 運び込まれた彼らを見て、メイファは事ある毎に姉の身を案じる言葉を呟いていたという。
 自分の姉も軍人ならば、いつこのような姿になるか分からない。いや、紛争が激化すればある日突然、姉の死を告げる手紙が舞い込んで来てもおかしくない状況。おそらくそれが過度のストレスとなって彼女に負担を掛けているのだろういう推測。
「ここに来てからさ。メイにはまだ1回しか手紙出してないの」
 フェンの言葉を聞き、ハルカは顔を上げる。暗雲立ち込める彼女の顔を一抹の不安を感じながらも、再び文字列を追った。
 手元の紙片によれば、その手紙を受け取った際のメイファの喜び様と来たら、興奮の余り熱を出してしまったほどらしい。
「……なのに、あの子の手紙にはそんな事、少しも書いてなかった。いつも通りだと思ってあたしは安心してたんだけど」
 姉に心配を掛けまいと、返事の内容はあくまで手紙の文面に関する事だけを綴った妹。
 フェンは笑った。
 妹の気遣いにまるで気が付かなかった自分を嘲笑しているかのような、暗い笑みだった。
(ああ、そっか……)
 ふとハルカを一瞥する。
 あの時はこの少女の事で頭が一杯で、とても他の事が考えられなかった。手紙を読む事で多少周囲を見る余裕が出来たわけだが。
『お姉ちゃんの事を心配している人がいるはずです』
 どうして当たり前の事に気付かなかったのか。
 そのように綴った本人こそが、1番に姉の身を案じていたのだというのに。
「お姉ちゃんは……どうしてこのお仕事してるの?」
 そんなに妹が心配なら傍に居てあげればいいのにという素直な疑問を、ハルカが呟く。
 フェンは自虐的に笑ったまますぐに答えず、やがてハルカから目を反らし、降り始めの雨のようにぽつりぽつりと言葉を零し始めた。
「最初はあたしも、出来る事ならあの子の傍に居てあげたいんだけど……」
 医者になって、自分の手で妹の病気を治したかった。
 3年前に両親が戦争で死ななければ、今頃は医療系の学校にでも通っていただろうか。
「でも、父さんも母さんもいなくなって、親戚からも見放されちゃってさ」
 結果、フェンは早急に働き口を探さなくてはならなくなった。
 妹の入院費も考えるとアルバイトで間に合うはずもない。戦時中だった事もあって軍への志願者へは特別な準備金が送られていた。
「だから後先考えずに飛びついちゃってさ。結果は見ての通りよ」
 やれやれという風に肩をすくめる。 
 ここ最近は特に自分の性格的欠陥が現れる出来事が多い。
 キャンプ地でハルカを助けたり、心配してくれているルミラスに辛く当たったり、そうかと思えば戦闘中にはそんな事を忘れていたり。
 メイファはそんな自分と違い、年齢不相応に聡明で賢い。フェンの自慢の妹だが、病弱なのがとても惜しまれる。
 妹を守ろうと誓って今に至るのに、体の弱い妹に心配をかけ、体調を崩させてしまうとは……。
「つくづくダメな姉よね。あたし……」
「そんな事ない!」
 沈痛な面持ちのフェンに、思わず声を荒げてしまう。
「え……?」
 驚いてハルカに視線を向けるフェン。だが、言われた側よりも言った側の方が驚いていた。
「ご、ごめん……」 
 根拠があって言ったわけではない。ただ、自分を貶めるような事ばかり口にするフェンの姿が、彼女には我慢できなかった。
 何となく気まずい空気に捕われたハルカは視線を泳がせる。と、付けっぱなしの電気コンロが視界に入った。
 フェンの脇をすり抜け、慌ててスイッチを切る。ポットがかなり熱せられてしまい、中身をしばらく冷ます必要がありそうだ。
「どうして謝るの? あたしこそごめんね。こんな辛気臭い話しちゃって……」
「ううん、それより……お姉ちゃん」
 ミルクの具合を確かめながら、ハルカは迷いつつも口を開いた。
「えっとね……」
「何?」
 ハルカが言い辛そうだったので、フェンは優しい口調で話を促す。
 思い浮かんだ言葉を少しずつ繋いでいく。
「あのね、あたしが妹さんだったら……」
 そんな例え方をしてフェンが怒らないか、あるいは笑われないか一瞬心配になったが、窺う表情にハルカが懸念しているような感情は読み取れない。ただ純粋に、話を聞こうとしている顔だ。
「確かに、お姉ちゃんが辛い目に遭ってないかとか心配になるけど」
 それでも戦地で自分のような子供を助けたという報せを受ければ、それはそれですごく誇らしい。
「多分、その時のあたしは『すごくお姉ちゃんらしいな』って嬉しくなると思うの。きっと妹さんもそうだよ」
「……そうなのかな?」
「うん、だって……」
 基地が襲撃された時、実際に助けられた事を思い出す。
『あたしにとっては大事な事なの』
 助けた理由を尋ねられ、妹の友達になってほしいというただそれだけだったというフェンは、真っ直ぐな瞳でそう言ったのだ。
 あの時、ハルカは死の恐怖やフェンに対するわだかまりを全て忘れ去り、彼女の姿に一瞬だけ見惚れ、思わず格好良いと思ってしまった。
「……カッコイイ? あたしが?」
 信じられないという顔をするフェンに、ハルカは力強く頷く。
「自慢のお姉ちゃんだよ。だから、ダメだなんて言わないで」
 カップの注がれたミルクを差し出される。
 ハルカは優しげな、それでいて真剣な表情でフェンを真っ直ぐに見た。
「妹さんはお姉ちゃんの事、大好きなんでしょ? なのに自分をそんな風に言っちゃダメだよ」
「ハルカちゃん……」
 自分が好きになった姿のままであって欲しい。自身も同じ気持ちだとハルカ。
 子供らしい身勝手な考え方である。しかし、フェンにはそれが嬉しかった。 
 カップを受け取ろうとして、ふと手を止める。
「……?」
 疑問符を浮かべるハルカの滑らかな頬をつねり、そのまま外側に拡げた。
 嬉しさのあまり力が入ってしまった。
「い、いはいよおへえひゃん(い、痛いよお姉ちゃん)!」
「あはは!」 
 笑いながら手を離す。
「もう、お姉ちゃんたら……」
 抓られた頬を擦り、拗ねたようにふくれるハルカ。だが、本気で怒っているわけではないようだ。 
「ごめんごめん。でも本当、ハルカちゃんって良い子だね。やっぱり是非ともメイの友達になってもらわないと」
「じゃあ戦争が終わったら、皆で一緒に暮らせたらいいよね」
 そうすれば、自分もフェンにとってもっと大切な存在になれるだろうか。
「……いいかもね」
 一瞬、そんな風景を夢想しながらミルクを飲むフェン。
 その脳裏には自分と妹、ハルカ、そして何故かルミラスの姿もあった。
「あの子だって……」
 銃を取って戦場に出たり、MSを動かして戦うよりも、自分達と笑い合っている時の方が似合うはずだ。
 神妙な顔つきになったフェンの耳に、間の抜けた音が届いた。
 音源の方向に視線を向けると、ハルカが恥ずかしそうに俯いている。音は彼女のお腹から聞こえた。
 表情を崩し、話題変更とばかりに指を鳴らす。
「はい! 真面目な話は終了。お腹空いたでしょ。何か食べに行こう?」
 今頃、必死で病気と戦っているであろう妹のためにも、今はきちんと体調を整えておくとしよう。
 
 



―――――to be continue 

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